諸葛亮単語

ショカツリョウ
  • 10
  • 0pt
掲示板へ


 

 

 

しょかつりょう
諸葛亮   いわく、

ほかに することは ないのですか?

 

わたしは ちゅうごく さんごくじだいにて しょくかんに つかえた せいじかです。 あざなは こうめい。

くわしくは グーグルか ウィキで おしらべなさい。

 

まて あわてるな これは こうめいの わなだ?

だ ま ら っ し ゃ い !

なんでも わたしのせいに すればいいという ものでは ありません。

概要

中国時代にてに仕えた政治家。字は孔明

外見は多くの場合、着物に先端がくるくるっとした帽子を被り、羽扇を持っており、たまに車椅子に座っている(彼の発明品「四輪」の想像図にちなむ)。

劉備三顧の礼で迎えられ配下となる。劉備の死後は劉禅に仕えた。
その後、丞相として内政に励みながらも自ら軍を率いてを攻める北伐を行った。5度の北伐の最中、五丈原の戦いの中にて病没。北伐の際に奏上した出師の表、後出師の表は名文として有名。[1]

一族にも有名な武将が多くいる。例えば諸葛瑾にて政治軍事の両方で活躍していた。

演義の活躍のため、妖術使いだとか謀の策士とされることが多いが(実際、コーエー三國志でもそういう扱いを受けている)、正史では内政に特に優れていたようである。
戦争揮や戦術眼に関しては孔明と並び称されたこと龐統や、劉璋を裏切り劉備らを迎えた法正らの方がすぐれていたと評されることが多い。(共にの建以前に死亡し、北伐には参加できなかった)

正史での彼は戦争に関して慎重で、むしろ奇策を好まなかった。ほぼ確実に勝てると踏んだ時にしか攻めなかったため、よく魏延と対立した。有名な話としては、北伐の際に魏延が敵の後ろからの奇襲を提案したものの、成功するかどうかは半々だったために孔明が退けたというものがある。このことについて、に劣るが致命的な大敗を免れてきた孔明の戦略眼と見るか、奇襲での勝利以外に逆転のがないにも関わらず奇策を用いれなかった孔明失策と見るかでその手腕の評価は異なる。

陳寿は評において「臨機応変の軍略は得意でなかったのではないか」と疑問を投げかける。ただし、諸葛亮が数で勝る軍を相手に、さしたる損もなく「勝てずとも負けない戦い」を数年に渡って展開し [2]、退却時にも王双や対戦線のナンバーツーの名将・張郃を討っている。電光石火の急襲を得意とする司馬懿ですら、打ち破られて堅固に守り続けるしかない状態に追い込まれたことは紛れもない事実である。(敵の司馬懿からも「下の奇才」と最大限に評価されている)

諸葛亮に関する成句

諸葛亮をもとにしたキャラクター

策士・諸葛亮孔明 ジャイアントロボ THE ANIMATION~地球が静止する日~
「だまらっしゃい!」
書籍『世界征服は可か?』において「寒さで部下が次々と凍え死んでいるのに何が『策士孔明プランどおり』か」とダメ出しを喰らっている。
諸葛亮(恋姫†無双
はわわ、ご人様、敵が来ちゃいました!」
時々テンパって舌をかむが、軍師としての判断折り紙つき。「」では同僚に「あわわ」ことホウ統が加わる。
諸葛亮孔明(一騎当千
諸葛亮孔明(鋼三国志
孔明リ・ガズィBB戦士
諸葛孔明(Fate/Grand Order
正確には、現代人の依り代によって存在を保つ「疑似サーヴァント」としての登場。 → ロード・エルメロイⅡ世

余談・その他

  • である劉備のいなくなった後は、の全務を自分で決裁していた。それに加えほとんど睡眠をとらず、食事は数しか食べない状況が続いていたとか。 [3]

関連動画

以下は孔明の個人研究動画

関連商品

関連コミュニティ

関連項目

脚注

  1. *なお、後出師の表は演義のみの登場であるため、後世の創作である可性もある。
  2. *北伐最大の損馬謖の出した三千前後の損であり、大将級が討ち取られたこともない。
  3. *三国志の英雄たちは実は「ダメ上司」だった 曹操・諸葛亮は「リーダーの反面教師」だ (東洋経済オンライン 2017/12/12 8:00)exit

【スポンサーリンク】

  • 10
  • 0pt
スマホ版URL:
https://dic.nicovideo.jp/t/a/%E8%AB%B8%E8%91%9B%E4%BA%AE

この記事の掲示板に最近描かれたお絵カキコ

この記事の掲示板に最近投稿されたピコカキコ

ピコカキコがありません

諸葛亮

595 ななしのよっしん
2019/12/20(金) 17:52:30 ID: rzdmI1dhAC
正史disってるのは作者陳寿だけという
陳寿諸葛亮disってるって、絶対三国志読んでないだろ
諸葛亮を非難したりこき下ろしてるのは後代の習や崔浩だ
596 ななしのよっしん
2019/12/20(金) 23:02:48 ID: RlNi28Vbu3
なわきゃない。

魏延「臆病者で、を使いこなせない(志11:魏延伝)」
李バク「呂や霍禹のようなでした(裴注:志)」
曹叡「建前は劉禅の保護者面だが、実際は専横者だ」
曹叡「小人(いずれも裴注:略)」
司馬懿「志は大きいが、臨機応変の才に欠ける」
司馬懿作戦は達者だが、決断がない」
司馬懿「戦術も見事だが、正攻法ばかりで奇手がない(いずれも書:宣紀)」
ゲン「大な軍費を投じてなんら得るところなく、意味にを消耗させた(裴注:黙記)」
袁準「軍事の基本はできたが、応用は得意ではなかった(裴注:袁子)」

(省略しています。全て読むにはこのリンクをクリック!)
597 ななしのよっしん
2019/12/23(月) 17:28:02 ID: A9/mCQM6vE
いうて政敵罵るのは基本中の基本やろ
書とか唐代の史料だからあまりアテにならんし
魏延曹叡くらいか
曹叡亭の采配見てると戦争面でるものはあったのは確か
政治は・・・・うん・・・・陳羣批判されてる時点で察して
598 ななしのよっしん
2020/01/05(日) 04:57:23 ID: p83bF71Tox
正史って正史三国志のことなのでは
裴松之の注釈と書は違うだろう
599 ななしのよっしん
2020/01/16(木) 18:25:32 ID: hWFwFtiUa/
横山三国志しか読んだことないけど、デザインはどこ由来なんだろうか
横山三国志に似たのが多いから元かと思ってるけど古い作品でもああなのか気になる
600 ななしのよっしん
2020/01/19(日) 18:59:01 ID: RlNi28Vbu3
>>596
正史」というのは「(三国志)演義」と区別するための言い方だから、特筆がない限り裴注も含むのが普通だと思ったんだが(一応念のために出典も書いたけど)。
そもそも陳寿の本文だと内容があまりにも薄すぎて、他人の評価とか自体がほとんどないし・・・

>>597
その中で一番信頼がおける、というか「生の言葉」に近いのはゲンの言だと思うよ。彼は諸葛亮と同時代のの高官で、しかも黙記は彼自身の著書。
ただし「同世代の資料だから信頼性が高い、後世の資料だから逆」、なんて見方はあまりにも一面的。
例えば「正史」、つまり陳寿志に書いてある高伝の内容(つまり司馬昭の上奏文)なんか、その内容を信じてる人なんか一人いない。
どう考えても裴注に引用されてる他書の記述の方が正しい。
601 ななしのよっしん
2020/01/25(土) 12:47:00 ID: PxAS3KqjZ7
正史」は倒した王が正当に作られる一面もあるからね(から生した王だから司馬氏が贔屓にみられるのも当然)
魏延に関してもよくよく考えたらよく処罰されなかったなと(軍のNO.2が事もあろうに総帥に対して不足と言するのは、軍の綱紀どころか揮系統さえ混乱させかねないのに)
>>597 の後継としてする一面も制度も踏襲してるからなぁ。九品官人法発布した陳羣からしたらそう見えるんだろうけども。
602 ななしのよっしん
2020/01/25(土) 17:10:23 ID: 0fR310UzWQ
最近パリピになった人。
603 ななしのよっしん
2020/02/04(火) 19:45:32 ID: /FkzuZrxHE
演義にしろ正史にしろ
この人仕事しすぎ仕事を背負いこみすぎ仕事を独り占めしすぎ
過労死しても自業自得
そりゃ顒に窘められるわw

昔の光栄本では「過労死した偉人」なんて書かれてたけど
見方を変えればワンマンで自滅したアホ
604 ななしのよっしん
2020/03/21(土) 19:57:58 ID: tW3cVjsD2g
劉備関羽のやらかしで衰退しまくったを数年で回復させる政治的手腕、差が有り不利な戦いでも大敗をすることがない軍事など、優秀なのはもが認めるところだろうが、人材を発掘したり育てるがないんじゃないかなって気もする。人を育てて適切に仕事を割り振れればもう少し長生きできただろうに…。

おすすめトレンド