財政再建とは、中央政府や地方公共団体の財政政策の形態の1つである。緊縮財政とも言われる。緊縮財政の反対語は積極財政である。
本記事では中央政府の財政再建や緊縮財政について述べる。
概要
財政再建の定義
財政再建の定義は次のようになる。
政府累積債務を削減する程度までプライマリーバランスを黒字化することを財政再建という。
財政再建という言葉からは「負債を減らす」というイメージが湧きやすいので、財政再建の定義は上記の定義が最もふさわしい。
緊縮財政の定義
緊縮財政の定義は次の3つが考えられる。
- 政府累積債務を削減する程度までプライマリーバランスを黒字化することを緊縮財政という。
- 政府累積債務を維持する程度までプライマリーバランスを黒字化することを緊縮財政という。
- 政府累積債務の増加を抑制する程度までプライマリーバランスを黒字化または均衡化したりプライマリーバランスの赤字額を減らしたりすることを緊縮財政という。
緊縮財政という言葉からは「プライマリーバランスを黒字の方向に変更する」というイメージが湧きやすいので、緊縮財政の定義は1.や2.や3.のすべてを想起しやすい。
定義1.の緊縮財政は「財政再建が成った」などと表現されがちであり、定義2.や定義3.の緊縮財政は「財政再建は道半ば」などと表現されがちである。
緊縮財政の性質
定義1.の緊縮財政を行って政府累積債務を削減する程度までプライマリーバランスを黒字化すると、租税で得たお金で国債を償還することになる。そうなると消費が減って国民貯蓄が増える。閉鎖経済の国なら投資が増えて実質利子率が下がり、大国開放経済の国なら投資と純輸出が増えて実質利子率が下がって実質為替レートが上がり、小国開放経済の国なら純輸出が増えて実質為替レートが上がる。閉鎖経済の国や大国開放経済の国なら「クラウディングアウトの逆」というべき状態になる。
プライマリーバランスが均衡していて限界消費性向MPCが0.7で限界貯蓄性向MPSが0.3の国があり、過去に発行した1兆円の国債の償還をすることになった。その国家が1兆円の増税をしてプライマリーバランスの黒字を1兆円だけ発生させて1兆円の国債の償還をすると、消費を7000億円減らし、国民貯蓄を7000億円増やす。閉鎖経済の国なら投資が7000億円増え、大国開放経済の国なら「投資と純輸出の合計額」が7000億円増え、小国開放経済の国なら純輸出が7000億円増える。詳しくはクラウディングアウトの記事の『国債償還の2形態の比較』の項目を参照のこと。
定義3.の緊縮財政を行って政府累積債務の増加を抑制する程度までプライマリーバランスの赤字を減らすと、国民貯蓄の減少を抑制する状態になり、政府購入や消費が増えて国民貯蓄が減ることを抑制できる。閉鎖経済の国なら投資の減少と実質利子率の上昇を抑制し、大国開放経済の国なら投資の減少と純輸出の減少と実質利子率の上昇と実質為替レートの下落を抑制し、小国開放経済の国なら純輸出の減少と実質為替レートの下落を抑制する。閉鎖経済の国や大国開放経済の国ならクラウディングアウトを抑制する。
プライマリーバランスが均衡していて限界消費性向MPCが0.7で限界貯蓄性向MPSが0.3の国があるとする。1兆円の国債を発行して1兆円の政府購入をすると国民貯蓄が1兆円減るし、1兆円の国債を発行して1兆円の減税をすると消費が7000億円増えて国民貯蓄が7000億円減るのであり、プライマリーバランスを赤字にするこれらの政策は国民貯蓄の減少の効果が大きい。しかし1兆円の増税をして1兆円の政府購入をすると消費が7000億円減ってくれるので国民貯蓄が3000億円減るだけで済むし、1兆円の増税をして1兆円の減税をすると国民貯蓄が全く減らずに済むのであり、プライマリーバランスの均衡を保つこれらの政策は国民貯蓄を減らす効果が小さくて済む。詳しくはクラウディングアウトの記事の『財政政策の4形態の比較』の項目を参照のこと。
以上のことをまとめると次のようになる。緊縮財政と呼ばれる財政政策は、国民貯蓄を増やしたり国民貯蓄の減少を抑制したりする効果がある。日本のような大国開放経済の国で「財政再建が成った」と呼ばれるほどに大規模な緊縮財政を行うと、投資と純輸出を増やす効果があり、実質利子率の下落と実質為替レートの上昇を作り出す効果がある。日本のような大国開放経済の国で「財政再建は道半ば」といった程度に小規模な緊縮財政を行うと、投資の減少や純輸出の減少を抑制する効果があり、実質利子率の上昇の抑制と実質為替レートの下落の抑制を作り出す効果がある。
大国開放経済の体制でありつつ緊縮財政を行っている国の代表例
大国開放経済の体制でありつつ緊縮財政を行っている国の代表例は、日本である。
特に2020年代以降の日本は、緊縮財政の結果として実質利子率が非常に低い国になっている。そして実質利子率が低いので日本発のキャリートレードが発生しやすく、円売りが行われやすく、円安が恒常化している。2022年に勃発したウクライナ戦争のあとは円安が大幅に進み、自国通貨安(名目為替レートの上昇)と輸入の困難化(実質為替レートの上昇)が常態化している。
日本は「強い円は国益にかなう」という考えがなかなか台頭しない国であり、「弱い円は輸出企業が儲かるので国益となる」という考えが根強く、実質利子率の低さと自国通貨安(名目為替レートの上昇)と輸入の困難化(実質為替レートの上昇)を歓迎する勢力が一定の力を持ち続けている国である。このことから「日本は緊縮財政を支持する勢力が強い国だ」ということができる。
閉鎖経済の国や大国開放経済の国において緊縮財政がふさわしいとき
閉鎖経済の国や大国開放経済の国において緊縮財政を必要とするときとは、資本量が減少して発展途上国に転落して投資を増やす必要に迫られたときである。
日本は1960年代半ば頃まで発展途上国であり、生産設備が少なくて資本量が少なく、投資を増やす必要に迫られた国だった。日本において1964年までプライマリーバランスが均衡状態で緊縮財政といえるものだったが、これは投資を増やすための財政政策だった。
閉鎖経済の国や大国開放経済の国において緊縮財政を採用しやすいときとは、資本量が減少して発展途上国に転落して産業の規模が小さくなったときである。そういう状況なら純輸出を増やしたときに他国の産業を潰す可能性が低いので他国から「あの国は近隣窮乏化政策を実行していて他国の産業を潰している」と批判されにくい。
日本は1960年代半ば頃まで発展途上国であって産業の規模が小さかったが、その時代では純輸出を増やしても他国から「日本は近隣窮乏化政策を実行している」と批判されにくかった。
閉鎖経済の国や大国開放経済の国において緊縮財政がふさわしくないとき
閉鎖経済の国や大国開放経済の国において緊縮財政を必要としないときとは、資本量が増加して先進国の仲間入りを果たして投資を増やす必要に迫られなくなったときである。
日本は1960年代後半には先進国の仲間入りを果たし、生産設備が多くなって資本量が多くなり、投資を増やす必要に迫られなくなった。1968年に日本は国民総生産(GNP)が世界2位になっているので、この年以降の日本は先進国であるといえる。日本において1965年以降はプライマリーバランスが赤字状態で積極財政といえるものになったが、これは投資を増やす必要に迫られなくなったことを受けての財政政策だった。
また、閉鎖経済の国や大国開放経済の国において資本量の多い先進国になったにもかかわらず緊縮財政を実行すると、需要も無いのに需要が有るかのように見せかけて投資家から融資を騙し取る投資詐欺を行う知能犯罪者が増え、過剰投資が増えてバブル景気とバブル崩壊が発生し、大量の不良債権が発生し、長期の不況に突入する危険性が高まる。
1987年頃の日本は資本量が多い先進国であり、投資を増やす必要に迫られない国になっていた。しかし日本政府は1987年以降に特例国債の発行を減らし始め、1991年から1993年までになると特例国債の発行をゼロにまで抑制していた。こうした緊縮財政は理論どおりの結果となった。過剰投資が発生して地価や株価が上昇してバブル景気となり、1990年から株価が暴落して1991年から地価が暴落し、バブル崩壊となり、銀行が大量の不良債権を抱える状態となって長期の不況に突入した。
閉鎖経済の国や大国開放経済の国において緊縮財政を採用しにくいときとは、資本量が増加して先進国の仲間入りをして産業の規模が大きくなったときである。そういう状況なら純輸出を増やしたときに他国の産業を潰す可能性が高いので他国から「あの国は近隣窮乏化政策を実行していて他国の産業を潰している」と批判されやすい。
日本は1970年代以降から先進国であって産業の規模が大きくなったが、その時代では純輸出を増やすと他国から「日本は近隣窮乏化政策を実行している」と批判されるようになった。特にアメリカ合衆国からの批判が厳しく、繊維や鉄鋼や自動車や半導体などの分野における日米貿易摩擦がたびたび外交の話題となった。
緊縮財政の支持者
実質利子率が低い状態を望む株主資本主義者
株主資本主義の支持者にとって、大国開放経済の国である日本の政府が緊縮財政を採用することは望ましいことである。そうするとクラウディングアウトが抑制されたり「クラウディングアウトの逆」が発生したりして、実質利子率の上昇が抑制されたり実質利子率が下がったりする。
企業というのは社債や銀行融資でお金を借りて事業を行う立場であり、お金の借り手である。実質利子率が下がると、お金の借り手の費用の実質値が減り、お金の借り手が得をする。ゆえに実質利子率が下がると企業の利払い費用の実質値が減り、税引後当期純利益が増える。このことは株主資本主義者が心から望むことである。
日本の財務省主計局
日本には財務省がある。その財務省のなかで支配的な権力を持っているのは主計局である。
財務省主計局というのは財政再建が大好きであり、財政再建を国是(国の大方針)ならぬ「局是(局の大方針)」としている。財政再建を旗印に掲げていると財務省主計局としては権力も増えるし、とても仕事をしやすくなるのである。
財務省主計局は財務省のなかで支配的な存在なので、主計局の局是がそのまま財務省全体の「省是(省の大方針)」となる。
霞ヶ関の各省庁というのは外から見るとどれも同じように見えるが、はっきりと2種類に分けることができる。財務省と、財務省以外の省庁である。
財務省主計局は財務省以外の各省庁に対して絶大な権力を持っている。財務省以外の各省庁が「予算を付けてください」とお願いしてくるのに対し、財務省主計局は凄まじい勢いで勉強して理論武装し、そのお願いに対して理屈でもって欠点を指摘して、お願いを撤回させるのである。
財務省主計局においては「他省庁のお願いを叩き潰して予算を減らすほど出世できる」と言われるが、その噂もあながち間違っていない。
財務省主計局というのはお財布の紐を引き締める係の役所で、財務省以外の各省庁はお財布の紐を必死こいて緩めようとする係の役所である。お財布の紐をきっちり引き締める立場の人がいないと放漫財政になってしまうから、財務省主計局のやりかたも間違っていないと言える。
財務省主計局が他省庁のお願いを却下するときは、そのお願いに関して猛勉強を重ね(難しい国家試験を通ってきた人たちなのだから勉強は得意である)、「その計画では人的資源や日時の無駄であります。お国のためになりません」と言うのがお決まりのパターンなのだが、そういう猛勉強をサボる方法がある。それが財政再建である。
「財政再建のため予算を付けられません。歳出削減が必要なのであります」と一言言うだけで他省庁のお願いを却下することができる。お勉強をする労力を省くことができ、財務省主計局にとってまったくもって好ましい状況になる。
財政再建という魔法の一言で他省庁の予算を削減することができ、財務省主計局の権力が一気に増大する。このため財政再建は財務省主計局の局益となり財務省の省益となる。
財務省主計局が勉強して「この事業がここがムダだ」と指摘し、財務省以外の各省庁が勉強して「この事業のここが必要だ」と反論する。このような勉強合戦により、事業に関する知見が深められ、国家の発展が促されていく。しかし、そうした好循環を断ち切ってしまうのが財務省主計局の「財政再建が必要ですので」の一言である。
財務省と税務署におびえる民間企業経営者
民間企業の経営者たちは財政再建を主張する傾向が強い。
経団連、日本商工会議所、経済同友会の3団体を経済三団体と言い、民間企業の社長・会長が多く集まっている。その経済三団体は常に財政再建を主張していて、しかも財務省の主張と全く同じ論調になっている。
これはなぜかというと、民間企業は財務省に頭が上がらないからである。民間企業が財務省を批判したり財務省の省益を損ねたりすると、税務調査で報復される。財務省とその傘下の国税庁・税務署を恐れるため、財務省の財政再建論に全面的な賛同をしている。
民間企業の経営者にとって税務調査ほど恐ろしいものはない。「税務署の調査で家に入られ、家中をひっくり返されてすべてをことごとく調べられた」という話はよく聞かれることである。
「税務署を怒らせないために東証一部上場の超一流企業の社長・会長が直々に税務署の署長へ挨拶にうかがう」という話もよく聞かれる。
このあたりの事情を証言した文章があるので引用しておきたい。
数年前までは、中小企業の経営者の集まりで私が大蔵省の批判をしますと、皆さん目を伏せられたものでした。官僚のトラブルがマスコミで伝えられるようになって、このごろは安らかに聴いていますが、以前は本当に怯えていました。国税庁にも税務署に対しても怯えている。講演の主催者から予め、官僚批判だけはやめてくれという申し入れがあることも珍しくなかった。どうも谷沢は公然と大蔵批判をやっているらしい、危ない男であるらしいと。そういうことを自分たちが聞いたという実績を残したくない。聞くだけでも怖い。谷沢と同類と思われると税金で報復される、と心配されていた。
-『拝啓 韓国、中国、ロシア、アメリカ合衆国殿―日本に「戦争責任」なし(光文社)』
256ページより引用 発言者は谷沢永一-
民間企業の社長というのは従業員を養っていかねばならない立場であり、冒険をすることができない。財務省の言いなりになってひたすら安泰を願うというのは、無理もないことである。
緊縮財政の支持者の言論
商品貨幣論から発生する兌換銀行券幻想を故意に流布する
日本国債はすべて自国不換銀行券建て国債であり、「日銀法第4条によって日本政府の強い影響を受ける日本銀行が発行する不換銀行券を支払う」と日本政府が約束するものである。自国不換銀行券建て国債は、政府の影響力を受ける中央銀行が無限の通貨発行権を行使して返済することができるので、政府が支払い不可能になる可能性が全く存在しない[1]。政府にとって自国不換銀行券建て国債は極めて軽い負債である。
しかし、日本国債がすべて自国不換銀行券建て国債であることを認めると、積極財政の支持者の勢いが強くなって緊縮財政の支持者の勢いが弱まってしまう。
このため緊縮財政の支持者は、「日本円は兌換銀行券である」とか「日本国債はすべて自国兌換銀行券建て国債である」という感覚で物事を話し、商品貨幣論から発生する兌換銀行券幻想を故意に流布することがある。
たとえば、緊縮財政の支持者は、「日本政府の円建て国債が増えて円建て財政赤字が増えることは財政の深刻な悪化である」「日本政府の円建て国債は子孫が税金で返済するしかないので子孫にツケを回すことになり子孫を苦しめる」「日本政府が円建て国債を発行するとその国債を税金で返済するしかないので民衆が将来の増税を予感するようになって貯蓄に励んで消費が落ち込む、つまりリカードの等価定理のとおりになる」「政府の財政は一般家庭の家計簿と同じである」といった言い回しを好む。それらの言い回しはすべて日本円を兌換銀行券と見なす感覚で語られる。
商品貨幣論はある程度の説得力がある理論であり、それから発生する兌換銀行券幻想もある程度の説得力がある。そのため緊縮財政の支持者にとって兌換銀行券幻想は強力な味方となり援軍となっている。
罪悪感を刺激する
緊縮財政の支持者は、「日本円は兌換銀行券である」という感覚で物事を話し、兌換銀行券幻想を故意に流布して、人々が緊縮財政を支持するように誘導している。
そして緊縮財政の支持者は、そうした心理操作をさらに拡大し、人々の罪悪感を刺激するという手法を使って、人々が緊縮財政を支持するように誘導している。「国債発行は、将来の子孫に負担を押しつけて迷惑を掛ける行いであり、とても罪深くて悪い行いだ」という言い回しで国債発行を罪悪視し、国債発行を主張する者を犯罪者扱いする。
1936年の二・二六事件における軍部は反乱将兵に向けて「下士官兵ニ告グ」から始まるビラを撒いて投降を促したのだが、そのとき「オ前達ノ父母兄弟ハ國賊トナルノデ皆泣イテオルゾ」という一文を書き、「君の行動で君の身内に迷惑がかかる」と告げて、反乱将兵の罪悪感を刺激した。
21世紀の日本における緊縮財政の支持者も積極財政の支持者に対して「積極財政者ニ告グ」から始まるビラを撒いて「国債を発行すればお前たちの子々孫々は借金持ちとなるので皆泣くことになるぞ」と告げることを得意中の得意としており、「君の行動で君の身内に迷惑がかかる」と告げて、積極財政の支持者の罪悪感を刺激している。
大平正芳は1975年の予算編成の際に大蔵大臣を務めていた。税収が不足したので10年ぶりに特例国債法を制定して特例国債を発行することになった。このとき大平正芳大臣は「万死に値する。一生かけて償う」と発言したと伝えられている(記事)。もう、まるっきり、国債発行を犯罪と扱っている。
余談ながら、道徳・倫理の点で責め立て、「あなたは罪を犯した悪い人だ」と糾弾し、「自分は迷惑を掛けた、申し訳ない」という自責の念を持たせ、罪悪感で金縛りにする、というのは、人を支配する上でとても有効な技法である。
人というのは、やはり良心的な存在であり、道徳や倫理をかなり気にする種類の生命体である。「お前は悪いことをした犯罪者だ」と直言されると、誰しも顔色を失い、弱気になり、ひどい場合は脚が震えて涙を流すことになる。人はそれだけ道徳を気にする生物である。もちろん、ごく少数の例外がいて、そういう例外はサイコパスと呼ばれるのだが、やはり道徳を気にする良心的な人の方が圧倒的に多い。
だから、人のそういう性質を利用しようとする者も現れる。信者に対して「君は悪いことをした」と吹き込む宗教がしばしば見受けられるが、信者の罪悪感を刺激して弱気にさせて支配しやすいようにしているわけである。
平成時代以降の日本の財政
プライマリーバランスの赤字が続く
平成時代以降の日本政府のプライマリーバランスは赤字の状態がずっと続いている。1991年から1993年まで特例国債をゼロにまで抑制したが建設国債を相変わらず発行していてプライマリーバランスの赤字を維持していた。
プライマリーバランスの赤字額と満期国債の元本返済と国債利払いは、公債金でまかなっている。公債金は日本政府が国債を金融市場に売って得たお金であり、日本政府が金融市場参加者から借り入れたお金である。
一般会計の歳入の全体額に対して公債金がどれだけの割合を示すかの数値を公債依存度という。日本は公債依存度がだいたい3割程度の国である。
日本政府の一般会計の歳入は公債依存度が3割程度の状態がずっと続いている。そして政府累積債務が2018年には874兆円に到達した。
緊縮財政派と積極財政派の対立
このため日本の政界や官界において緊縮財政派が平成の30年間で台頭することになった。
財政再建のために政府購入の削減をしたり増税して消費を削減したりするのだが、日本のような大国開放経済の国でそうすると、投資が増えすぎてしまい、過剰投資が発生する危険が高まる。また実質利子率が下がり、日本発のキャリートレードが増えて円安が進み、実質為替レートが上昇して輸入しにくい状態になる。
このため「財政再建に反対だ」という声も発生し、日本の政界や官界の一角で積極財政派として台頭することになる。また「自国不換銀行券建て国債は、日銀法第4条に基づいて政府の影響を強く受ける中央銀行がまったくの負担無しで通貨発行権を行使して資金供給オペレーションをすることで簡単に返済できる。ゆえに自国不換銀行券建て国債は政府にとって極めて軽い負債だ。財政再建は不要である」という意見も頻発する。
財政再建論者と財政再建不要論者の論争は、令和時代になってもなお続いている。両者の特徴はまさに対照的であり、表にしてまとめると次のようになる。
財政再建派 | 積極財政派 |
国債は悪 | 自国不換銀行券建て国債は悪ではない |
プライマリーバランスを黒字化しよう | プライマリーバランスは赤字でよい |
増税を志向 | 減税を志向 |
政府購入の削減を志向 | 政府購入の増加を志向 |
政府財政を支える安定的な財源
政府の財政を支える安定的な財源というと、消費税と、自国不換銀行券建て国債である。
この2つとも安定的であり、安定財源界の東西横綱といえる。消費税はどれだけ不景気になろうが一定の税収をもたらすし、自国不換銀行券建て国債は日銀法第4条に基づいた日銀の献身的な支援をいつでも得られるので必ず金融市場に売却できる。
政府の一般会計の歳入の中で、消費税は「租税及び印紙収入(租税収入)」に属し、自国不換銀行券建て国債は公債金に属する。
消費税の支持者と自国不換銀行券建て国債の支持者は正反対である。緊縮財政の支持者は消費税を非常に好み、積極財政の支持者は自国不換銀行券建て国債を強く推す。平成時代以降の日本でもそのようになっている。
消費税と自国不換銀行券建て国債は投資や純輸出に与える影響という点で性質が大きく異なる。
プライマリーバランスが均衡していて限界消費性向MPCが0.7で限界貯蓄性向MPSが0.3の国があるとする。1兆円の増税をして1兆円の政府購入をすると消費が7000億円減ってくれるので国民貯蓄が3000億円減るだけで済み、閉鎖経済の国なら投資が3000億円減るだけで済み、大国開放経済の国なら「投資と純輸出の合計額」が3000億円減るだけで済み、小国開放経済の国なら純輸出が3000億円減るだけで済む。しかし1兆円の自国不換銀行券建て国債を発行して1兆円の政府購入をすると国民貯蓄が1兆円減り、閉鎖経済の国なら投資が1兆円減り、大国開放経済の国なら「投資と純輸出の合計額」が1兆円減り、小国開放経済の国なら純輸出が1兆円減る。詳しくはクラウディングアウトの記事の『財政政策の4形態の比較』の項目を参照のこと。
2つを比較すると次のようになる。
消費税で徴収した1兆円で政府購入をする | 自国不換銀行券建て国債で借りた1兆円で政府購入をする | |
財源としての安定性 | 高い | 高い |
一般会計の歳入のどこに属するか | 租税及び印紙収入 | 公債金 |
支持者 | 緊縮財政支持者 | 積極財政支持者 |
限界消費性向MPCが0.7の国における国民貯蓄を減らす効果 | 国民貯蓄を3000億円減らす | 国民貯蓄を1兆円減らす |
その国が閉鎖経済の国である場合 | 投資を3000億円減らす | 投資を1兆円減らす |
その国が大国開放経済の国である場合 | 投資と純輸出の合計額を3000億円減らす | 投資と純輸出の合計額を1兆円減らす |
その国が小国開放経済の国である場合 | 純輸出を3000億円減らす | 純輸出を1兆円減らす |
財政政策にかかわる法律と憲法
財政法第4条
緊縮財政を政府や国会に対して要求する法律というと財政法第4条である。
財政法第4条
国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない。但し、公共事業費、出資金及び貸付金の財源については、国会の議決を経た金額の範囲内で、公債を発行し又は借入金をなすことができる。
「橋や道路の建設といった公共事業に関するものの財源には国債を使ってよい」と定めている。この国債を4条国債とか建設国債という。
「企業に対する出資金や貸付金の財源には国債を使ってよい」と定めている。この国債も4条国債という。
政府が公共事業を行って橋や道路のような固定資産を作ったり、政府が企業に対して出資や貸し付けをして株式や長期金銭債権のような固定資産を作ったりして、政府の貸借対照表の資産の部の数字を増やすときは、国債を発行して政府の貸借対照表の負債の部の数字を増やしてもよい。これが財政法第4条の内容である。
言い換えると財政法第4条は「政府の貸借対照表の資産の部の数字を増やさない政府購入の財源は国債でまかなってはならない」と定めている。
1年以内の短期で使い潰す消耗品を政府が購入するときは、「消耗品は固定資産ではない」と判断され、政府の貸借対照表の資産の部の数字が増えない。ゆえに1年以内の短期で使い潰す消耗品を政府が購入する財源として国債を発行できない。
政府購入の一環として政府が公務員に賃金を支払うときは、政府が人から労務(サービス)を購入しているのだが、「労務は固定資産ではない」と判断され、政府の貸借対照表の資産の部の数字が増えない。ゆえに政府購入の一環として政府が公務員に賃金を支払うことの財源として国債を発行できない。
特例国債法
財政法第4条を守っていては積極財政の政府予算が組めないので、積極財政をするときは特例国債法という時限を限った法律[2]を国会で成立させ、政府の貸借対照表の資産の部の数字を増やさない政府購入にあてるための国債を発行している。これを特例国債という。
要するに財政法第4条は骨抜きにされているのである。
財政法第4条を骨抜きにする国会議員たちにも言い分があり、「財政法の上位にあたる憲法第83条や第85条では『どれだけ国債を発行するかは国会が自由に決めてよい』と解釈できる条文になっている」というものである。
日本国憲法第83条と第85条は次のようになっている。
日本国憲法第83条
国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。
日本国憲法第85条国費を支出し、又は国が債務を負担するには、国会の議決に基くことを必要とする。
これらの条文から導かれるのは財政民主主義という思想であり、「国民の代表者である国会には国の財政を決める権限が与えられている」という解釈である。そして「国会が政府の貸借対照表の資産の部の数字を増やさない政府購入にあてるための国債を発行することを決議したら、その意向が通るのは当然だ」という解釈が成り立ち、財政法第4条もあっさりと無視される。
ちなみに日本国憲法にはこういう条文もある。
財政法第4条というのは法律なのだが日本国憲法にはとても勝てない。第41条と第83条と第85条の3つに逆らうことは不可能である。こうして財政法第4条は毎年のように完全無視されている。
平和主義者が財政法第4条を立案した
財政法が制定されたのは1947年(昭和22年)である。この法律の立案に関わったのが平井平治で、大蔵省主計局法規課長の地位にあった人物である。
この人は反戦平和の思想を胸に秘めていた人で、「戦争は政府の貸借対照表の資産の部の数字を増やさない政府購入だが、それを遂行するには国債の発行が不可欠である。ならば政府の貸借対照表の資産の部の数字を増やさない政府購入のための国債を発行不可能にしてしまえば戦争をすることができなくなる」という発想のもとに財政法第4条を立案したという。そのことは1947年出版の『財政法逐条解説』という本に記されている。
日本の左派政党というと反戦平和をとても熱心に主張する。その左派政党の1つである日本社会党は1965年に初めて特例国債法が可決されたときに「特例国債は戦争につながる」と猛反対していた。また21世紀現在において、日本共産党は特例国債法を常に批判するし、立憲民主党も特例国債法に対して批判的な態度を取りがちである。反戦平和と緊縮財政は相性がいい。
※この項の資料・・・『平和主義は貧困への道 または対米従属の爽快な末路(ベストセラーズ)佐藤健志』40~50ページ、しんぶん赤旗2008年4月24日版
債務超過を禁止する条文が日本国憲法に存在しない
日本国憲法には「政府の貸借対照表が債務超過になることは許されない」という考えを示す文章が出てこない。前文にも出てこないし、そういう内容の条文も存在しない。
何故そうなのかというと「国家の存亡を左右するような重大事態が発生したら、政府は国債を大量に発行してでも政府購入を拡大して対応すべきである」という思想があるからである。
国家の存亡を左右するような重大事態というのは他国軍隊の侵略とか反政府武装勢力との内戦のことである。そういう事態に追いこまれたとき「債務超過になってはいけないから国債を発行せずに済ませよう」などと寝ぼけたことを言っていると、あっという間に首都を占領され、国家が滅亡してしまう。
アメリカ合衆国の歴史を振り返っても、南北戦争という内戦で国債を大量発行したし、対外戦争でも国債を大量発行した。国家の危機を乗り切るためには国債発行が必須である。
「国債を大量発行して政府購入を増やして国家の主権を維持する」という選択肢を政府に与えるため、日本国憲法には「政府の債務超過を許さない」という条文が入っていない。
財政政策における情報戦
財政政策というのは緊縮財政の支持者と積極財政の支持者が激しく対立する分野である。
両者はあまりにも激しく対立しており、その抗争の模様は情報戦といってよいレベルに達している。お互いが情報戦で優位に立つべく高度で巧みな技術を駆使し、知恵をひねり出している。
高度で巧みな技術を用いた情報戦というが、要するに蔑称を与え合っているのであり、いわば悪口合戦であり、レッテル張り合戦である。相手を悪いイメージの付いた名で呼んで相手のイメージを悪化させ、イメージの世界で勝利しようと頑張っている。
緊縮財政の支持者が積極財政の支持者に与える蔑称は以下のようなものである。
これに対し、積極財政の支持者が緊縮財政の支持者に与える蔑称は以下のようなものである。
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関連Wikipedia記事
関連コトバンク記事
その他
関連項目
脚注
- *2002年にアメリカ合衆国の民間格付け会社が「デフォルトの危険性あり」として日本国債の格付けを引き下げた。それに対し、日本の財務省の黒田東彦財務官(2021年現在、日銀総裁の座にある人物)が質問書を送っている。その中には「日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない。デフォルトとして如何なる事態を想定しているのか」という文章が入っている(資料
)
- *特例国債法は1965年度(昭和40年度)の初制定から2011年度(平成23年度)の制定まで1年かぎりの時限立法とするのが恒例だった。しかし2012年度(平成23年度)からは複数年限りの時限立法で制定されるようになった。
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