通貨危機(currency crisis)とは、経済学の言葉である。
概要
定義
国家において投資需要が減少し、物価が硬直的な短期において名目為替レートが上昇して自国通貨安・外国通貨高になって実質為替レートが上昇して輸入が減少し、物価が伸縮的な長期において実質為替レートが上昇して輸入が減少し、「資本量が減る不利な供給ショック」が発生して激しいインフレーションになることを通貨危機という。
原因
A国において暴動やテロが発生して治安が悪化すると、国際的投資家が「A国の企業にお金を貸して投資させて資本財を増やさせても、暴徒によって資本財が破壊されるかもしれない」と不安に思ってA国の企業にお金を貸さなくなり、A国の投資需要が減ってA国で通貨危機が発生する。
A国において企業の粉飾決算や銀行の放漫経営が発覚してある意味で治安が悪い国であることが明らかになると、国際的投資家が「A国の企業は詐欺師のような存在である。A国の企業にお金を貸して投資させて資本財を増やさせても、詐欺師の言いなりになって作られた資本財であるために価値を急激に減らすかもしれない」と不安に思ってA国の企業にお金を貸さなくなり、A国の投資需要が減ってA国で通貨危機が発生する。
アメリカ合衆国のように世界経済に大きな影響を及ぼすX国において積極財政が行われて実質利子率が上昇すると、国際的投資家がX国の企業にお金を貸すようになり、国際的投資家がA国の企業にお金を貸さなくなり、A国の投資需要が減ってA国で通貨危機が発生する。
A国において正の需要ショックや不利な供給ショックが発生して物価が上がってインフレーションになることが予想されるようになると、国際的投資家がA国をキャリー元にするキャリートレードを行うようになってA国の企業にお金を貸さなくなったり、国際的投資家がA国をキャリー先にするキャリートレードを中止する巻戻しを行うようになってA国の企業にお金を貸さなくなったりして、A国の投資需要が減ってA国で通貨危機が発生する。
例
通貨危機の例として様々なものが挙げられる。
モデルによる分析
通貨危機はマンデル=フレミングモデルなどの様々なモデルで分析できる。
通貨危機の例
1994年メキシコ通貨危機
1994年1月1月からNAFTAという自由貿易協定が発効するので、それに備えて1993年のメキシコでは投資需要が拡大していた。
しかし、1994年1月1日にメキシコのチアパス州ラカンドンで先住民が結成したサパティスタ民族解放軍がNAFTAに反発してサパティスタの反乱と呼ばれる暴動を起こした。また、同年3月23日にメキシコのバハ・カリフォルニア州ティファナで有力な大統領候補だったルイス・ドナルド・コロシオが暗殺された。
こうした暴動やテロにより、メキシコに投資していた国際的投資家たちが「メキシコに投資して資本を建設しても暴徒によって資本財が破壊されるかもしれない」と不安に思ってメキシコでの投資を減らすようになった。外国為替市場でメキシコ・ペソが売られて米ドルが買われ、1994年8月に1米ドルが3.33メキシコ・ペソだったのに1995年8月には1米ドルが6.25メキシコ・ペソになり、大幅なペソ安になった[1]。1995年と1996年にはメキシコのインフレ率が30%にも達した(記事)。
この1994年メキシコ通貨危機をテキーラ・ショック(Tequila shok)ともいう。テキーラはメキシコの蒸留酒である。
1997年アジア通貨危機
1997年にアジア諸国で通貨危機が起こり、韓国・インドネシア・タイなどで投資の大幅な減少が起こった。
こうした諸国では、政治的な権力を多く持っているのに能力が低い人々がおり、そういう人々に融資をするように政府が銀行へ圧力を掛けることが多く、クローニー資本主義(crony capitalism)とか縁故資本主義と呼ばれる状態になっていて、銀行の放漫経営が常態化していた。
1997年になってアジア諸国における銀行の放漫経営の存在があきらかになり、アジア諸国に投資していた国際的投資家たちが「アジア諸国の企業にお金を貸し付けて投資させてもその企業の能力が低くてすぐに壊れるような資本財を購入するかもしれない」と不安に思ってアジア諸国での投資を減らすようになった。外国為替市場でアジア諸国の通貨が売られて米ドルが買われ、韓国・ウォンやインドネシア・ルピアやタイ・バーツが大幅な安価になった[2]。インドネシアでは1998年に58%のインフレ率となった(記事)。
1980年代中南米のハイパーインフレ
1981年になってアメリカ合衆国大統領にロナルド・レーガンが就任した。レーガン大統領は減税と軍備拡張を行い、政府購入と消費を拡大する積極財政を行ってアメリカ合衆国の実質利子率を上げた。実質利子率を上げることで物価が硬直的な短期において米ドル高になったが、「強いドルは国益にかなう(A strong dollar is in the national interest.)」という言い回しのもとにそうした積極財政が容認された。
それに影響され、中南米での投資需要が減り、通貨危機が起こり、インフレ率が上昇した。アメリカ合衆国の実質利子率が上昇すれば、国際的投資家たちがアメリカ合衆国での投資を優先するようになり、中南米での投資需要を減らすからである。
1980年代の中南米のなかでアルゼンチンとブラジルとボリビアとメキシコがハイパーインフレになった。
モデルによる分析
固定相場制を採用する小国開放経済の国の短期における通貨危機
固定相場制を採用する小国開放経済の国において投資需要が減少すると、短期において外貨準備高と実質GDPが下がる。
タテ軸名目為替レート・ヨコ軸実質GDPのマンデル=フレミングモデルで次のような変化が起こる。投資需要が減少するのでIS*曲線(右肩上がり)が左に平行移動し、均衡点がLM*曲線(垂直)に沿って上に移動し、名目為替レートが上昇する。固定相場制を維持することを使命とする中央銀行が自国通貨買い・外国通貨売りを行い、マネーサプライMと外貨準備高を減らしつつ名目為替レートを下げて元の水準に戻すが、その結果としてLM*曲線が左に平行移動し、実質GDPが下がる[3]。
ちなみに、中央銀行の外貨準備高には限りがあるので、そのうちに固定相場制を維持できなくなり、「変動相場制を採用する小国開放経済の国」に変貌することが非常に多い。
変動相場制を採用する小国開放経済の国の短期における通貨危機
変動相場制を採用する小国開放経済の国において投資需要が減少すると、短期において名目為替レートと実質為替レートが上昇する。
タテ軸名目為替レート・ヨコ軸実質GDPのマンデル=フレミングモデルで次のような変化が起こる。投資需要が減少するのでIS*曲線(右肩上がり)が左に平行移動し、均衡点がLM*曲線(垂直)に沿って上に移動し、名目為替レートが上昇する。短期で物価が一定なので実質為替レートも上昇する[4]。
小国開放経済の国の長期における通貨危機
小国開放経済の国において投資需要が減少すると、長期において実質為替レートが上昇する。
タテ軸実質利子率・ヨコ軸国民貯蓄のモデルで次のような変化が起こる。投資需要が減少するので国民貯蓄需要曲線(右肩下がり)が左に平行移動し、世界共通実質利子率を表す水平線との交点Xが左に移動し、交点Xを通る投資供給曲線(垂直)も左に平行移動し、投資が減少する。財政政策は一定なので国民貯蓄供給曲線(垂直)は固定されたままである。国民貯蓄供給曲線と投資供給曲線の距離が広がり、純資本流出と純輸出が増える[5]。
そして、タテ軸実質為替レート・ヨコ軸純輸出のモデルで次のような変化が起こる。純輸出供給曲線(垂直)が右に平行移動し、均衡点が純輸出需要曲線(右肩上がり)に沿って右上に移動し、実質為替レートが上昇する[6]。
大国開放経済の国の長期における通貨危機
大国開放経済の国において投資需要が減少すると、長期において実質為替レートが上昇する。
タテ軸実質利子率・ヨコ軸国民貯蓄のモデルにおいて、国民貯蓄需要曲線(右肩下がり)が左に移動し、国民貯蓄供給曲線(垂直)との交点Xが下に移動し、実質利子率が下がる。
タテ軸実質利子率・ヨコ軸純資本流出のモデルにおいて、実質利子率線(水平)が下に移動し、純資本流出需要曲線(右肩下がり)との交点Yが右下に移動し、交点Yを通る純資本流出供給曲線(垂直)が右に移動し、純資本流出が増える。
タテ軸実質為替レート・ヨコ軸純輸出のモデルにおいて、純資本流出が増えたので純輸出も増え、純輸出供給曲線(垂直)も右に平行移動する。均衡点が純輸出需要曲線(右肩上がり)に沿って右上に移動し、実質為替レートが上がる[7]。
関連項目
脚注
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』385ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』387ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』380~384ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』370~373ページ、384ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』178ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』191ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』214ページ
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