連山単語

レンザン
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連山(れんざん)とは、大東亜戦争中に大日本帝國海軍が試作した陸上攻撃機である。

概要

全長22.94m、全幅32.54m、総重量2万6800kg、最高速593キロ。武装として20mm機6基と13mm機4基を装備し、2000kg爆弾2発か60kg爆弾18発を搭載する。機体設計については鹵獲したB-17を参考にしており、機配置もB-17に則ったものとなっている。

1942年後半、帝國海軍一式陸攻に代わる次世代の長距離爆撃機を欲した。既に開発が始まっている双発爆撃機銀河」を駕する高性機をめて、新たな開発計画が始動した。仮称として十八試陸攻と命名された。

1943年、深山の開発で4発機の製造経験がある中島飛行機と協同で技術会議を実施。設計やスペックの打ち合わせを行った。十八試陸攻は量産性を重視し、部品数や工程を出来る限り減少させた。特殊な部品や加工を必要とする部品を極使用しない事で単純化に注した。そして9月4日、正式に発注中島飛行機が誇る最高の人材と技術のを結集し、大機としては異例の速さで製造。1944年10月には試作一号機が完成し、同23日に初飛行を行った。当初は軍のみで研究開発を進めていたが、途中から陸軍も関与し陸軍協同となる。

ところが戦況は悪化の一途を辿り、ついに本土襲が始まる。迎撃のための局地戦闘機の開発・製造に人手を取られ、連山の製造は遅延した。連山1機に零戦10機分のアルミニウムを使用する点も遅延に拍を掛けている。対策として鋼製機体の連山が設計された。四苦八苦の末、1945年1月4号機が納品された。

1945年6月、4機製造したところで全ての開発計画が中止となった。既に完成していた1号機と2号機は軍に引き渡され、襲を避けるため青森県三沢基地に移送。試験飛行を実施していたようだが、米軍爆撃により破壊される。3号機は小泉飛行場で駐機していたところを爆撃に遭い、破壊。4号機のみが被害を免れ、終戦まで残った。それでも襲の影で、連山の一部が破損させられた。

終戦後、4号機はアメリカ軍に接収される。大破した1号機と2号機の部品を集めて修理し、小泉飛行場から横須賀まで飛行。そこで空母に積載され、アメリカ本土に移送された。1946年6月テスト飛行を行ったが、これが最後の飛行となった。朝鮮戦争中に棄処分となり、解体。全ての連山が消滅した。

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