遊星歯車(英:planetary gear)とは、機械要素で動力伝達機構の一種である。非常にバリエーション豊富。
概要
遊星歯車機構とは、中心にある1個の歯車≡太陽歯車と、太陽歯車を中心として公転する歯車≡遊星歯車と噛み合い、動力伝達を行う機構。機械工学における専門分野は機構学で、機構学における学術的な呼び方は「歯車列」ともいう。通常、遊星歯車機構における遊星歯車は同サイズ複数を使用、だいたい3個が標準である。特殊なバリエーションでは遊星歯車が1個という場合もある。純粋な歯車比の理論上は遊星歯車自体の数は減速比には影響しないが、実際に設計製作する際には歯車の干渉や耐久トルクの都合などに影響を与えるので軽視すべきではない。
基本型
最も標準的な遊星歯車機構は、太陽歯車:s・遊星歯車:p・内歯車:rの3要素で構成される。遊星歯車pは太陽歯車sと同心で公転する軸に接続され、この軸と遊星歯車pを繋ぐ部位を腕と呼ぶ。実際には腕はシンプルな柱状であることは少なく、複数の遊星歯車pを纏めて繋ぐのでキャリアcと呼ばれる方が多い。遊星歯車機構として外部とのやり取りが発生するのは、太陽歯車sとキャリアcと内歯車rの3要素で、遊星歯車pはそれらの間を伝達する要素なので直接外部とのやり取りは無い。太陽歯車sの回転数:ωs、歯数:zs、キャリアcの回転数:ωc、遊星歯車pの歯数:zp、内歯車rの回転数:ωr、歯数:zrとおくと、それぞれの回転数と歯数は
(zs+zr)・ωc=zs・ωs+zr・ωr ・・・(1)
( zs / zr +1)・ωc=( zs / zr )・ωs+ωr ・・・(2)
という関係式が得られる。これが、遊星歯車機構における変速比の基本式であり、ここからωc、ωs、ωrのうち2個を決めることで残り1個の回転数が求められる。また、太陽歯車sと内歯車rの歯数の比:λ≡zs / zr が各軸の回転数の関係性を定義する定数であり、これにより(2)式は次のとおりに書き換えられる。
( λ+1)・ωc=λ・ωs+ωr ・・・(3)
なお、内歯車rの半径は太陽歯車sの半径と遊星歯車pの直径を合計した長さに等しいので、それぞれの歯数は
zr=2×zp+zs ・・・(4)
という関係式で得られる。(4)式で(2)式を解くと、
2×( 1+zp / zs)・ωc=ωs+{2×(zp / zs)+1}・ωr ・・・(5)
が得られ、あるいは(4)式を変形して
zs=zr-2×zp ・・・(6)
2×(1-zp / zr)・ωc=(1-2×zp / zr)・ωs+ωr ・・・(7)
が得られる。これら(5)、(7)式も(1)、(2)、(3)式と同様に変速比の算出に用いられる。
実用的には、各駆動軸の回転数を完全に制御するのは難しいので、入力軸と出力軸を先に決定して、残りの1軸をクラッチやブレーキによって回転or停止で制御する事例が多い。(1)式から、任意の2軸の回転数をクラッチで接続して同一回転数とすると、残り1軸の回転数も一致することから、クラッチで各軸を結合すると等速で回転することが知られている。それ以外の条件、入力軸と出力軸の他をブレーキで固定した場合で(1)式を解くと、遊星歯車機構は下の表1のとおり挙動することが得られる。
表1 遊星歯車による一部部位固定を用いた変速 | |||||||||
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太陽歯車s ωs、zs |
キャリアc ωc |
内歯車r ωr、zr |
変速比:n n≡ωo/ωi |
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1 | 入力ωi | 固定ω=0 | 出力ωo | n[1]=-zs/zr=-λ:反転減速 | |||||
2 | 入力ωi | 出力ωo | 固定ω=0 | n[2]=zs/(zr+zs)=λ/(λ+1):順転減速 | |||||
3 | 固定ω=0 | 入力ωi | 出力ωo | n[3]=(zs+zr)/zr=λ+1:順転加速 | |||||
4 | 固定ω=0 | 出力ωo | 入力ωi | n[4]=zr/(zs+zr)=1/(λ+1):順転減速 | |||||
5 | 出力ωo | 入力ωi | 固定ω=0 | n[5]=(zr+zs)/zs=(1+λ)/λ:順転加速 | |||||
6 | 出力ωo | 固定ω=0 | 入力ωi | n[6]=-zr/zs=-1/λ:反転加速 |
更に、直結駆動を行わない状況で任意の軸を空転させると、入力に対して出力が空転するという挙動もあり、これらを適宜切り換えることで変速機としての挙動を行わせることが可能となる。
遊星歯車機構は、外歯車による機構と比較して次の長所・短所を持つ。
- 長所
- 短所
実用事例
遊星歯車機構はウインチ巻上機やターボプロップやギヤードターボファンの減速装置、自動車の自動変速機などに利用されている。特に自動車の自動変速機としては早くから採用されており、市場規模も大きい。近年は、エンジンの軸出力とモーターや油圧装置、あるいはCVTの出力を遊星歯車機構で合成することで全体を無段変速機として制御する「パワースプリット」方式が発展している。モーターを使う例がトヨタハイブリッドシステムTHS各種、油圧装置を使う例が10式戦車やホンダのオフロード4輪バギーのHMT、CVTを使う例がダイハツのD-CVTである。
ウインチ巻上機では表1[2]行の状態を複数段に重ねる変速機が一般的である。ギヤードターボファンの減速装置は、ファンと圧縮機を逆回転させて圧縮機入口固定翼を省略できることから、表1[1]行の形式としている。
多段変速機
自動車用の自動変速機では、複数の遊星歯車機構を多数のクラッチとブレーキで挙動制御することで変速する。一例として、1940年以前に米国で開発・量産された前進4速・後進1速のステップATでは、2組の遊星歯車機構を3個のクラッチと2個のブレーキで制御する構成である。
表2 2段4速変速機の構成 | |||||||||
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遊星歯車段 | 1段目 | 2段目 | |||||||
太陽歯車s | ①リバースクラッチ:入力軸 ④バンドブレーキ:固定 |
●入力軸 | |||||||
キャリアc |
②ハイクラッチ:入力軸 ③フォワードクラッチ:2段目内歯車r2 ⑤ローリバースブレーキ:固定 |
●出力軸、1段目内歯車r1 |
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内歯車r | ●出力軸、2段目キャリアc2 | ③フォワードクラッチ:1段目キャリアc1 |
●は各軸に固定で接続されている機構を、〇は内部の番号ごとに各クラッチないしブレーキを経由した間接的接続を示す。変速機に入力される動力は入力側1段目ではなく出力側2段目の太陽歯車s2に直結されるほか、①リバースクラッチ経由で1段目の太陽歯車s1、②ハイクラッチ経由で1段目のキャリアc1にも分配されることがある。一方、出力軸への動力伝達は1段目の内歯車r1、2段目のキャリアc2と常時直結されている。また、c1と2段目の内歯車r2は③フォワードクラッチ経由で動力伝達が可能である。s1は④バンドブレーキ、c1は⑤ローリバースブレーキにより回転を固定できる。s1を④で固定することと入力~②~c1の動力伝達を両立するため、②とc1を繋ぐ軸はs1の内側を通している。更に、その内側に入力軸とs2とを直結する軸が貫通するため、s1は自身を含めて三重の同心軸構造となっている。
表3 2段4速変速機における各変速段でのクラッチ嵌脱と変速比 | |||||||||
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クラッチ番号 | ① | ② | ③ | ④ | ⑤ | 嵌:■ 脱:- | |||
ニュートラルN | - | - | - | - | - | n[N]=0 | |||
前進1速D1 | - | - | ■ | - | ■ | n[D1]=λ2/(λ2+1) | |||
前進2速D2 | - | - | ■ | ■ | - | n[D2]=1/[{λ1/(1+λ1)}+1/λ2] | |||
前進3速D3 | - | ■ | ■ | - | - | n[D3]=1 | |||
前進4速D4 | - | ■ | - | ■ | - | n[D4]=λ1+1 | |||
後進R | ■ | - | - | - | ■ | n[R]=-λ1 |
各変速段におけるクラッチおよびブレーキの嵌合/離脱が定められており、それにより各変速段は固定された変速比を持つ。ニュートラルNの状態では全てのクラッチおよびブレーキが脱であり、エンジン側からの動力とタイヤ側からの動力のどちらも互いに空転する。実用的には、前進1速D1または後進Rに備えて⑤を嵌として待機する制御を用いる場合も多いが、この際も入出力いずれの動力も空転する。前進1速D1では、③と⑤を嵌としてr2をc1経由で固定することで、2段目の遊星歯車が表1[2]式と同じ作動状況となる。これにより、D1での変速比:n[D1]=λ2/(λ2+1)が得られる。他のクラッチおよびブレーキは脱であり、1段目の遊星歯車は空転して2段目の変速動作には影響しない。前進2速D2では③と④を嵌としてc1およびr2を入力軸よりも低速で順回転させ、D1よりも少し速い変速比を得ている。
トヨタハイブリッドシステム・THS
トヨタハイブリッドシステム:THSシリーズ | |||||||||
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主な搭載例 | トヨタ「プリウス」「アクア」「センチュリー」等、 トヨタ製の各種ハイブリッドカー |
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太陽歯車s | ●発電機GM1 | ||||||||
キャリアc | ●エンジン ※PHV車ではワンウェイクラッチを経由 |
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内歯車r | ●出力軸、モーターGM2 |
日本が誇る世界一の自動車メーカー・トヨタ自動車が生み出した脅威のテクノロジー。発電機GM1から取り出す電流を制御することで、エンジンからキャリアcに伝達された軸動力を、太陽歯車sのトルクを経由して内歯車rへの出力として制御する。それどころか、そもそもエンジンの発停やスロットルに加えてバルブタイミングまで制御するなど、燃費改善の為ならば車内の全てを制御する意志に溢れた制御プログラムこそが根幹と言えるシステム。発電機GM1とモーターGM2は、どちらも略称GMのとおり発電機とモーター双方の機能も普通に発揮可能なようにできている。
油圧機械式無段変速機・HMT
油圧機械式無段変速機:HMT | |||||||||
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主な搭載例 | 10式戦車 | ヤンマー製コンバイン | |||||||
太陽歯車s | ●エンジン、外歯車3段変速機 | ●HST | |||||||
キャリアc | ●出力軸 | ●出力軸 | |||||||
内歯車r | ●HST、外歯車 | ●エンジン、外歯車 |
本表では、左に防衛省が公表した情報を基に10式戦車、右にヤンマー製コンバインでの事例を記載した。ホンダ技研のATV「ルビコン」の構成については不明。パワースプリット機構を備えた中では最も穏当・常識的なシステムであり、機械的にはインパクトが小さいが、機械信頼性を重視した駆動機構としては非常に手堅い。遊星歯車機構で軸出力を統合する前の段階、機械式の変速機での変速段数で意外と伝達効率が変化する。十分に多い機械式変速機の段数を確保できれば、極めて広い変速比に渡って優れた伝達効率を発揮可能。
- 「新戦車」 に関する外部評価委員会の概要 - 防衛省 ※pdf注意
- 中国市場向けコ-ン収穫機用HMTユニットの製品技術紹介 ~最終商品の性能を左右する縁の下の力持ち~|ヤンマーテクニカルレビュー|テクノロジー|ヤンマーについて|ヤンマー
デュアルモードCVT・D-CVT
デュアルモードCVT:D-CVT | |||||||||
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主な搭載例 | ダイハツ「タント」「ロッキー」、トヨタ「ライズ」等 | ||||||||
太陽歯車s | ●CVT ①ベルトモードクラッチ:内歯車r |
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キャリアc | ②スプリットモードクラッチ:トルクコンバータ、外歯車g ③リバースクラッチ:固定 |
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内歯車r | ●出力軸 ①ベルトモードクラッチ:太陽歯車s |
他のパワースプリット機構とは異なり、各部に設置されたクラッチの嵌合/離脱による作動制御が重要となる、より多段式自動変速機に近いシステム。D-CVT変速機はトルクコンバータ・CVT・遊星歯車機構の3要素から構成され、動力の伝達経路は 1.トルクコンバータ→CVT→遊星歯車機構の太陽歯車s 2.トルクコンバータ→遊星歯車機構のキャリアc という2系統を内蔵する。この動力経路を制御する為に3個のクラッチが組み込まれており、遊星歯車機構の挙動を制御する。通常の中低速前進運転領域ではCVTで駆動する太陽歯車sと内歯車rを①ベルトモードクラッチで嵌合させ、遊星歯車部分は使用しない。一方、高速領域ではトルクコンバータからの駆動力を②スプリットモードクラッチから外歯車gを経由してキャリアcに伝達すると、CVTから太陽歯車sへの回転数伝達が遅いほど、逆に内歯車rを増速させる作動形態に変わる。また、後進の際はキャリアcを固定する③リバースクラッチを嵌合して、太陽歯車sと内歯車rを逆回転させる。この逆転方式そのものはCVT採用の軽自動車では一足早く採用されていたため、D-CVTはその逆転用の遊星歯車機構を高速領域にも流用・適用拡大したものとも言える。
各運転モードでのクラッチ嵌脱と変速比 | |||||||||
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クラッチ番号 | ① | ② | ③ | 嵌:■ 脱:- | |||||
ニュートラルN | - | - | - | n[N]=0 | |||||
ベルトモードB | ■ | - | - | n[B]=n[V] | |||||
走行モード切替T | ■ | ■ | - | n[T]=n[Vmax]=n[g] | |||||
スプリットモードS | - | ■ | - | n[S]=n[g]+λ・(n[g]-n[V]);n[S]≧n[g]≧n[V] | |||||
後進R | - | - | ■ | n[R]=-λ・n[V] |
D-CVT内部にあるCVTの変速比:n[V]は無段変速で任意の値が取れる。その中で最も軽い=最小値となる変速比:n[Vmin]、最も速い=最大値となる変速比:n[Vmax]と置くと、n[Vmax]≧n[V]≧n[Vmin]の範囲でCVTによる変速が行われる。ニュートラルNのとき、①②③全てのクラッチが脱=動力非伝達状態であり、トルクコンバータやCVTが回転しても出力軸への動力伝達が行われず、ニュートラルNでの変速比:n[N]=0となる。ベルトモードBに切り替えると①ベルトモードクラッチが嵌=動力伝達状態となり、太陽歯車sと内歯車rが①を経由して同速度で回転する。このとき、CVTからの入力動力は常に太陽歯車sに伝達されることから、ベルトモードBでの変速比:n[B]=n[V]で出力軸を回転させる。ベルトモードBからスプリットモードSに切り替えるとき、①と②スプリットモードクラッチの両方が嵌となるが、機構に無理が生じないように同回転数となる事が要求される。このため、モード切替Tにおけるn[V]=n[Vmax]と、②を経由してトルクコンバータからの動力伝達を担う外歯車gの変速比:n[g]が等しい、つまりn[Vmax]=n[g]に設定することで同回転数が達成される。モード切替Tにおける変速比:n[T]=n[Vmax]=n[g]となり、これにより理想的な変速条件であればシフトショックは発生しない。スプリットモードSでは、①を脱として太陽歯車sと内歯車rの直結を解除し、太陽歯車sに直結されたCVTからの動力と②からキャリアcを回す動力とにより遊星歯車機構が駆動される。ここで、n[V]及びn[g]を用いて変速比の基本式(3)を解くことで、スプリットモードSの変速比:n[S]=n[g]+λ・(n[g]-n[V])が導出できる。式中に(n[g]-n[V])という部分があるとおり、n[V]を小さくするほど逆にn[S]は大きくなり、変速比が速くなる。なお、ベルトモードBでn[V]<n[Vmax]の状態からでもスプリットモードSへの変速は可能だが、その際は(1+λ)・(n[g]-n[V])ぶんのシフトショックが発生する。後進Rのとき、①②クラッチは脱で③クラッチを嵌とすることでキャリアcを固定し、表1[1]行と同じ作動状況となるため、後進Rの変速比:n[R]=n[V]・n[1]=-λ・n[V]が得られる。
応用型
ダブルピニオン型遊星歯車機構
差動装置
偏心揺動遊星歯車機構
ハイポサイクロイド機構
サイクロ変速機
RV変速機
ハーモニックドライブ
不思議遊星歯車機構
バイラテラル・ドライブ・ギヤ
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