鄧艾単語

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鄧艾(?~264)とは、三時代の武将である。字は士載。

乱世に終止符をうつ最初のポイントである、定の功労者。そしてこの時代で屈の実者ながら吃音を持っていたと言われている。

概要

生まれは陽県。多くの史料で、知略と武勇に優れたとても優秀な人物だったと記述されている。
中でも最大の功績は鍾会と共に定した事であり、彼はこの時の功績で二万戸の加増を得ている。

人物

多少強情で短気ではあったが、部下や他の将には慕われていた。
若い頃は任地先で地図を作成したりなど多少の奇行(少なくとも当時はそう思われていた)があったが、
それが元で彼は司馬懿にその才を見出される事となる。

南太守となった頃、昔自分を手厚く待遇してくれた恩人の行方を探しめたが、既に亡くなっていたとわかり、下役に彼を弔わせ、彼の妻に贈り物をし、その子を推挙したという話も残る。

功績

まず一つに定。そして次に屯田制と運河開通への貢献が挙げられる。
彼はその地図作成を買われ、全各地へ派遣されその地図を作成した。
それを元に「済河論」を著し、対策と食料備蓄の両方を達成したのである。

また、進攻の際は、険の陰を突破し綿等を攻略劉禅を降させる等の功績を残している。
その時も決して略奪を行わなかったため、の民に称えられたと言う。

忘年の交わり

三国志演技には鄧艾が陳泰と結んだ「忘年の交わり」の記述がある。彼は毌丘倹の反乱鎮圧に参加した後、相次ぐ姜維の北伐軍と戦う。狄(てきどう)の戦いで王経の窮地を救った事を共闘した陳泰から高く評価され、10歳以上年齢の離れた彼ら(鄧艾の方が年上)は「忘年の交わり(年齢差を越えた交わり)」を結んだのである。

彼の最期

定した後、鄧艾は幾度となく独断専行を繰り返すようになる。
そこを突かれ謀反人として都へ運ばれる途中、彼は殺されてしまう。
彼を謀反人として捕らえたのは共に定した鍾会であった。

鄧艾と鍾会

鍾会とはどんな人物だったのだろうか?詳しくは鍾会の項で説明する。

生まれは長社県、名門の子で、くから並外れた子供だと言われていた。
そしてわずか二十歳にして出仕。重用される。
民の出で、若い頃は認められなかった鄧艾とは大きく違いがある。
大変な野心で、友人の傅嘏に度々たしなめられていた。
また、他人を讒言で追い落とす事もしたと言う。

へ到達した時、兵の揮権は大きく鄧艾と鍾会の二人に分けられていた。
鄧艾が身勝手な行動をし、周囲から非難をされた所で、彼は鄧艾を捕縛し全ての揮権を手中に収めた。
彼はその後、姜維と共にへ反逆する。その野心に動かされて。

「鄧艾」

後世、彼は吃音者を励ます例えとして使われる事になる。
吃音の身でありながら大成し、偉業を成し遂げた鄧艾は、ともすれば悪役とされやすい将の中でも
評価されている方だと言えよう。
彼を称えた農民が各地に経てたは、今でも残っている。

彼は謀反人として殺され、謀反人として墓に埋められたが、段灼の嘆願により名誉を回復した。

漫画・ゲームでの鄧艾

横山光輝三国志

単行本60巻に登場。

コーエー「三国志」シリーズ

誕生年は様々な資料から197年と設定されている。前述の通り彼は素らしく有能な人物であり、当然ながら高い値を誇る。『三国志Ⅷ』では諸葛亮曹操など、並み居る強を抜いて政治合計ナンバー1、『三国志11』でも統率武知略の合計ナンバー1で兵種適正まで隙がいと、高い評価を受けている。論他の作品でも高いステータスを誇る。

しかし日本では諸葛亮死後の三国志は極端に知名度が低いので、彼を知っている人はど居ない。ゲームで出てくるのもシナリオ後半なので、やる人も少ない。

英雄集結など寿命の設定調整が可シナリオで見る機会は増えている。特に『三国志11』の英雄集結・新君プレイ時には較的簡単と見られる永安から始めると、江州に構える鄧艾軍が侵攻してくる可性が高く、ここを突破できるかどうかは序盤の壁ともいえる。

コーエー「真・三國無双」

6からPC武将として登場。本当に元文官だったのかと突っ込みたくなるような2mの長身に筋々な男性としてデザインされている。7では黒髪ポニーテールにバンダナ、露出した太腿から稲姫全体だの揶揄されることもある。
有能な人物として描かれているが、吃音再現されていない。まあ、再現すると色々と問題になる事ではある。

ちなみに、開当初から見たスネークだのジェクトだのと言われていたが、無双乱舞では関節技を決めたり、螺旋爆弾をつけて爆破したりとスネークっぽさに磨きをかけている。対爆破では「爆破だ」と鄧艾が発するため、無双シリーズ動画中でカップル等がいちゃついた場面で「爆破だ」とコメントされることがある。

まあ、熱血病人だった郭淮よりはネタ具合が薄い……のだろうか。

無双OROCHI2ではユニーク武器に彼らしさのある武器を渡されなかったが、範囲及び全通常攻撃ガードブレイクなどがあり性が高い。

セガ「三国志大戦」

現時点では一にしてSRの一枚しかない。

が高く、兵や計略を生かし、いろんなデッキに組み込めるのオススメカード。

「戦いの時は来た

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鄧艾

152 ななしのよっしん
2021/03/26(金) 14:29:43 ID: 4ELFqghYv5
イキり方が、有能だけど根が空気読めない陰キャっぽくて
しみを覚えてしまう。
鐘会がまた典的な嫌味なエリートだから、この二人は絡みは何かマンガ的なんだよな。
153 ななしのよっしん
2021/06/21(月) 18:01:25 ID: pq4DcvOlHU
70近くで断崖絶壁ルートを越える恐ろしい男
154 ななしのよっしん
2021/07/08(木) 10:53:24 ID: Q5nHMMMMo/
諸葛瞻掲示板話題になっているが、鄧艾は江油をガチガチに固められて突破も補給もままならない状態になってたらどうするつもりだったのか…
生きて撤退できたとしてもそれこそ鍾会にぶち殺されるんじゃないか

まぁ実際には江油が手薄で成都近辺の兵も突破できたから鄧艾の判断は結果的に正しかったんだけどさ
155 ななしのよっしん
2021/08/18(水) 21:31:19 ID: swv4MU3tOj
鄧艾いわく「閣は成都からかなり遠いし、横っに敵兵が出たら絶対閣の敵はあわてて戻ると思うから、あなた(鍾会)が閣を抜けるでしょう。まあ、もし敵が戻らなかったらそのまま成都まで行っちゃいますかね」
たまたま後ろの付け足しが現実になっちゃったけど、基本的には閣を抜くための作戦
156 ななしのよっしん
2021/09/26(日) 22:40:54 ID: +N2/4+DTiJ
>>154
元々の計画が鄧艾諸葛緒の軍が姜維を沓中で拘束し、率いる鍾会中を落とす計画。これはには姜維しか人材がいないと見られていたため。
しかし、姜維が巧みに閣に還りり強く鍾会を防いだ。これは鍾会姜維拘束してる状態なので、鄧艾の進軍先には人材はいないということになる。実際に江油の手前で兵三部隊が一蹴されている。
157 ななしのよっしん
2021/09/28(火) 20:30:31 ID: SzNJJ+xCXA
霍弋が戻っていれば・・・割とあのへんが成都にいたらどう対処する気だったんだろう?
閻宇とかどこをさまよっていたのかわからないのもいるし・・・そいつらがいないと知っていたから踏み切ったんだろうか
兵数の差は不明だが諸葛瞻にもなんのかんので苦戦していたよな
158 ななしのよっしん
2021/09/29(水) 10:04:50 ID: swv4MU3tOj
結果論は結果論、見込みは見込み
鄧艾の見込みでは鍾会の後ろに出れば成都まで素通りできる…という想定を出る前に説明してる
鄧艾の見込んでいた「素通りできる」よりは諸葛瞻はいくらかがんばった
159 ななしのよっしん
2021/10/03(日) 10:57:01 ID: SzNJJ+xCXA
それはそうだな
結果論と言えば劉禅は当初南に逃げるつもりだったようだから、成都を落として戦役が終わったのも結果的なようだし
>>155が言うように基本的に閣を抜けるための作戦なわけか
160 ななしのよっしん
2021/10/09(土) 09:03:33 ID: swv4MU3tOj
そもそもから、別に「鍾会が攻め寄せたが、姜維閣に籠ってよくこれを防いだ」わけではないからね
鍾会が攻め寄せ、軍は漢城・楽を拠点に防衛したが、舒・傅僉が負けて陽安関が落ちたので姜維は陰を捨てて後ろに下がり、そこに張翼董厥廖化率いる援軍が来たので閣で合流して防衛した。戦が集まったのでここは簡単には落ちなかった」訳で
「後ろをろくに備えてないから敵が後ろに出たら姜維は拠点を捨てて後ろに行くしかない」というのは陰姜維がそういう動きをしてる以上は当然の予測で、そこで拠点を捨てて後ろに下がらなかった事で結局成都は落ちた
161 ななしのよっしん
2021/11/27(土) 10:10:11 ID: +N2/4+DTiJ
>>160
諸葛亮時代に閣を整備して防衛拠点にしているから閣に集結するのは規定事項だったと思う

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