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鈴木淳之介すずじゅんのすけ2003年7月12日 - )とは、日本サッカー選手である。
デンマークスーペルリーガFCコペンハーゲン所属。サッカー日本代表

ポジションはDF、MF(守備的MF)。180cm71kg。利き足は右足。

概要

岐阜県各務原市出身。対人守備の高さと左右両足から放つ高い精度のキックを駆使したビルドアップ力を兼ね備えた近代的なDF。守備的なポジションならどこでもこなすことができるオールラウンドプレイヤーであり、2025年日本代表彗星のごとくデビューすると高い評価を受け、そのプレースタイルから冨安健洋を彷彿とさせる選手としてブレイク

帝京大学可児高校卒業後、2022年湘南ベルマーレに入団するも最初の2年間は日のを見なかったが、2024年ボランチからセンターバックコンバートされたのをきっかけに才が開。技巧CBとして日本代表に選ばれるまでの存在となり、2025年FCコペンハーゲンへ移籍。

日本代表には2025年6月デビューし、当時代表のDFに負傷者が続出していたこともあって出場機会を得ると、10月14日ブラジル戦で質の高いプレーを見せ続け、歴史的な初勝利の立役者となる。この活躍によって代表に定着し、2026 FIFAワールドカップ本大会のメンバーにも選出されている。

経歴

生い立ち

2003年7月12日岐阜県各務原市で生まれる。中学校時代までは、学校クラブ活動ではなく、クラブチームに所属しており、幼稚園から小学校時代は愛知県江南市拠点とするFC DIVINEに所属。FC東京プレーした経験を持つ元Jリーガーである青井健代表から「両足で蹴るように」と導され、それが現在プレーにも非常に生きることになっている。小学校時代は10番を付け、MFとしてチームの攻撃の中心となり、6年生時には全日少年サッカー大会愛知県大会準優勝フジパンカップ東海大会準優勝などの成績を収めている。

中学生時代は岐阜県内の育成の名門でもあるSC岐阜VAMOSに所属。この頃からボランチとしてプレーするようになる。中学3年生の頃にはFC岐阜ユースへの入団を考えたが当時は飛び抜けた存在ではなく、セレクション落選岐阜ユースか帝京大学可児高校2択だったこともあり、帝京可児に進むことになる。

帝京大学可児高校を選んだ理由は学校からが近かったというものだったが、“元を離れて成長するため” にあえて寮生活を選択。1年生の時は少しトップに上がっていたものの、まだ身体ができていなかったことから定着することができなかった。2年生になってフィジカルが強化されたこともあってトップチーム試合に出られるようになり、石川県で開催された和倉ユーサッカー大会でのプレーぶりがスカウトのにとまり、2年生にして湘南ベルマーレ入団が内定。全高校サッカー選手権には2年生時と3年生時に出場しており、2大会連続で優秀選手に選出されている。

湘南ベルマーレ

2022年、内定を得ていたJ1リーグ湘南ベルマーレに入団。ルーキーイヤーはリーグ戦での出場機会は訪れず、6月1日天皇杯2回戦ヴェルフェ八坂戦が一の公式戦出場となった。

2023年シーズンJ1リーグ開幕戦サガン鳥栖戦の後半23分から出場し、Jリーグ初出場を果たす。しかし永木亮太や茨田陽生といったボランチのベテラン勢のを崩すことができず、プロ2年リーグ戦5試合に途中出場したのみに終わる。

2024年も開幕当初はボランチの控えという序列で出場機会を得られずにいたが、そんな中チームのDFに怪人が相次いだこともあってボランチからセンターバックコンバートされ、6月1日J1第17節ガンバ大阪戦で初スタメンを飾る。このコンバートが大きな転機となり、チーム台所事情もあって3バックの様々な位置で起用されたことで才が開山口監督からの信頼を得たことでレギュラーに定着するようになり、力として定着。チームJ1残留に大きく貢献する。

2025年は開幕から3バックの左のレギュラーを務め、対人守備と高いビルドアップ力によって関係者から高い評価を得るようになる。ついには日本代表に初めて選出され、海外への移籍が決定。6月28日横浜F・マリノス戦を最後にチームを離れることになる。

コペンハーゲン

2025年7月9日デンマークスーペルリーガの強FCコペンハーゲンに5年契約で移籍。負傷によって開幕に出遅れたものの、すぐに力に定着。新地ではこれまで経験のかった右サイドバックを任されたが、そつなくプレーすることでチームからの信頼を勝ち取るようになる。11月1日の第14節フレゼシリア戦ではプロキャリアゴール記録。また、UEFAチャンピオンズリーグチームリーグフェーズで敗退となったが左右サイドバックセンターバックボランチと様々なポジションをこなす守備のオールラウンダーとして高く評価される。特に2026年1月20日の第7節SSCナポリ戦ではCBとしてフル出場し、1人少ないながらも格上相手の勝ち点1獲得に貢献。1月29日第8節FCバルセロナ戦でも強力攻撃を相手に奮闘している。2月に負傷で離脱した期間があったものの、チームに欠かせない存在となり、公式戦36試合2ゴール2アシスト記録。移籍1年にしてサポーターが選ぶクラブの年間最優秀選手に選出される。

日本代表

2021年U-18日本代表福島キャンプに招集されたが、定着できず、年代別代表でのキャリアいに等しい。

2025年6月、すでに予選突破が決定していた2026 FIFAワールドカップアジア最終予選で初めて日本代表に選出され、6月10日の最終節インドネシア戦でスタメンに抜され、22歳でのフル代表デビューを果たす。その後、DFの常連組に怪人が続出していた台所事情から3バックの左に抜されると10月14日ブラジル戦ではマッチアップした新エスヴァン完封するなど、歴史勝利に大きく貢献。その後の代表戦でも高いパフォーマンスを見せたことで評価を高めるのだった。

2026年6月カナダアメリカメキシコで共同開催された2026 FIFAワールドカップメンバーに選出。冨安健洋伊藤洋輝の復帰もあって左WBのバックアップという立ち位置となり、グループステージ第2節のチュニジア戦とラウンド32のブラジル戦で守備要員として途中から投入された。

個人成績

シーズン クラブ リーグ 試合 得点
2022 湘南ベルマーレ J1リーグ 0 0
2023 湘南ベルマーレ J1リーグ 5 0
2024 湘南ベルマーレ J1リーグ 23 0
2025 湘南ベルマーレ J1リーグ 21 0
2025-26 コペンハーゲン デンマークスーペルリーガ 21 2

プレースタイル

2024年以降のメインポジションセンターバックだが、海外移籍してからは左右のサイドバックボランチをこなす守備のユーティリティプレイヤーとなっている。元々がボランチのため足元の技術が高いうえに左右両足で遜色なくパスを出すことができ、ビルドアップで貢献できる現代的なDF。両足が使えて、判断が良く、対人守備も強いことからネクスト安とも呼ばれている。

ボールを持った際は相手FWのプレスをいなす判断力と、前線への的確な縦パスがり、ロングフィードの精度も非常に高い。ドリブルで持ち上がっての配球から攻撃に繋げることもでき、後方のとして機する。

守備のスタイルは相手を先読みしてボールを奪うタイプであり、ボールホルダーとの距離感を保ちながら、タックルではなくコースを限定するインテリジェントな守備を見せる。デンマークメディアからは「走るより速く考えるDF」と称されており、謀に飛び込まず、読むことで勝つことができる。

身長180cmセンターバックとしては高いほうではないが、ポジショニングセンスの高さによって相手FWよりも正しい位置で競り合うことができ、そこから落下地点の予測、ジャンプタイミング、体の入れ方のうまさによって身長ハンディを補っている。またジャンプ自体も最高到達点が高いうえに滞時間も長い。

欠点としてはパスの出しどころの判断を間違うときがあり、ピンチを招くことがある。足を出す守備が特徴だが、それが裏に出て接触プレーファウルを取られる場面もある。

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