高機動車とは、陸上自衛隊が配備・運用する汎用輸送用車両である。
ニックネームは「疾風」。だが誰も呼んでないのはいつものことである。隊内では「高機(コウキ)」「高機動車」とそのまま呼んでいる。
概要
荷台に乗せられる搭乗員数は十名。これは陸自の部隊単位である班(10名)の搭乗を考えたからである。あくまで隊員・物資輸送用であるためトラックの延長線上である。そのため(改修型を除いて)装甲はなく外装は強化繊維プラスチックFRPで作られているため小銃弾で簡単に穴が開く非装甲(ソフトスキン)車両である。
名称に採用年数が振られていない事から分かるように、制式化されておらず部隊使用承認でこれは比較的短い周期でモデルチェンジされる民生部品を多用し、コストを削減するためである。(余り高価でない装備は制式化せず、部隊使用承認とするのが最近の流れのようである。)
以前は民間向けとして「メガクルーザー」が販売されていたが販売終了している。ただし、空自・海自向けにこの「メガクルーザー」ベースの車両が装備されているという。高機動車とほとんど一緒とはいえ統合したら?という気がしないでもないが、おそらく名目上なのかもしれない。
採用[1]
米陸軍や海兵隊が装備する輸送車両「HMMWV」の存在が1990~91年の湾岸戦争によって日本でもおなじみになると、いつの間に準備をしていたのか防衛庁(当時)は、HMMWVに外見がよく似たトヨタ製の高機動車の採用を大蔵省(当時)に1992年に認めさせることに成功した(トヨタはもともと「73式中型トラック(通称「1トン半」)を納入しており、高機動車も1トン半と同じシャシ、エンジンを使用している)。
1992年には陸自が持ったことのない「120mm迫撃砲」のライセンス生産が始まっており、「ジープでは満足に牽引できないこの重迫撃砲を牽引し、射撃チームも乗車させられる、低シルエットで不整地走行の得意な野戦向き車両が必要だ」…との説明が大蔵省(当時)相手になされたものと想像される。
従来なら大蔵省は装備アイテム数の漸増を許容しない伝統から「高機動車で73式中型トラックを置き換えるのなら認めてもよいが、中型トラックも調達しながら高機動車も新規に調達するのはダメだ。現有の中型トラックで120mm迫撃砲を牽引させればよかろう」と突っぱねたはずだが、おそらく好景気によって政府税収に余裕があり、気前もよくなっていたのだろう。
高機動車の特徴
- 優れた走破性
一般道路の高速走行性能に加え、車体全高は低く抑えつつ高い最低地上高を持ち、また前後左右のタイヤ間が広く取られた安定した車体バランスとタイヤ空気圧の調整機能を持つことにより、装輪車両としては最高水準の不整地走破能力を有している。 - ランフラットタイヤ装備
従来の73式小型・中型トラックが通常のタイヤを装備していたのに対し、高機動車は小銃弾や榴弾の破片などで穴が空いても、時速20kmで100km走る事が出来る特注の37インチ大型ランフラットタイヤを装備している。 - 輸送能力
乗車定員は2+8名。[2]積載量は1.5t[3](防衛省の公式資料では高機動車の搭載量は記載されないことが多い。陸自には既に1 1/2tトラックがあるため、高機動車の搭載量を記載すると車種が重複していることが国民にバレてしまう) - 高い機動力
高機動車は陸上自衛隊・航空自衛隊が運用している大型輸送ヘリ、CH-47J/JA チヌークの機内に搭載でき、スリングを付けて機外に吊り下げて輸送することも可能。さらにパレットに搭載して落下傘を装着すれば航空自衛隊の輸送機から投下すること可能である。また、元ネタであり同規模の車両であるハンヴィーを中型輸送ヘリ、UH-60 ブラックホークで吊り下げることが可能である事から、各自衛隊で運用しているUH-60J/JAでも高機動車を吊り下げて輸送する事が可能だと考えられる。
高機動車の派生車両
元ネタであるハンヴィーから多くの派生車両が生まれたように、高機動車にも様々な派生車両がある。
高機動車(国際任務仕様)
2003年のイラク派遣に対応する為、高機動車に各種改修を加えた車両。前述の通り高機動車の外装はFRP装甲で、いくら比較的安全な地域に派遣されるとは言えいつAKで撃たれたり、路肩でIEDが爆発するか分からないイラクで、こんなプラスチック程度の装甲ではダメだろうという事で、生まれた仕様であり、当時はあくまで部隊内改修の扱いであった。
改修内容は、防弾ガラスとスポールライナー(内貼り装甲板)の車内への付加、首切りトラップ防止用ワイヤーカッターの装備、酷暑地での使用を考慮して幌の断熱材への変更、運転席左部のセレクターレバー真横付近にエアコンを取り付けなど。特に防弾は、わざわざご丁寧に荷台部分の幌の内側に囲いをつけて防弾板を付けるほど徹底ぶりらしい。2005年6月23日に、路肩に置かれたIEDによる攻撃を受けたが、爆発が小規模で直下での爆発ではなかったため、表側の通常のフロントガラスにひびが入るほか、ドアがへこむ程度の損傷で、怪我人はなかった。
後に、この改修型は「高機動車 Ⅱ型」として正式になり、海外派遣や有事における緊急展開部隊である「中央即応連隊」や、陸自の各部隊に対してPKO活動に関する教育を行う「国際活動教育隊」に配備されているほか、全国5ヵ所に設置されている陸自の補給拠点である補給処にも海外派遣に備えて1個中隊程度が配備されている。
重迫牽引車
普通科連隊の重迫撃砲中隊等に配備されている重迫撃砲・120mm迫撃砲 RTを牽引するための車両。
外見上の大きな違いはないが、重迫を牽引するために車体後部に牽引金具や車内に弾薬箱を固定する金具が追加されたほか、車体フレームも強化されている。重迫撃砲を牽引するのはもちろん、荷台にさまざまな装備を積載する場合もある。また、高機動車が車両扱いなのに対し、重迫牽引車は砲の備品扱いとなっている。
93式近距離地対空誘導弾
高機動車の後部に91式携帯地対空誘導弾の8連装ランチャーを搭載した車両。全国の高射特科部隊に配備されている。→93式近距離地対空誘導弾
96式多目的誘導弾システム
高機動車5台と73式大型トラック2台で構成される非常に仰々しい対舟艇・対戦車ミサイルシステム。
北部方面対舟艇対戦車隊、第2師団第2対舟艇対戦車中隊、第4師団第4対舟艇対戦車隊に配備されている。→96式多目的誘導弾
中距離多目的誘導弾
高機動車の後部に対舟艇・対戦車用の中距離多目的誘導弾の6連装ランチャーを搭載した車両。前述の96MPMSは発射機や照準機が別々の車両に搭載されていたことから、中距離多目的誘導弾は発射機と追尾装置、さらに自己評価装置を一体化したシステムを搭載し、自己完結性の高いシステムとなっている。
→中距離多目的誘導弾
03式中距離地対空誘導弾
地対空誘導弾改良ホークの後継として開発された中距離地対空ミサイルシステム。これまた仰々しい。6台で構成される車両のうち、射撃統制装置、幹部無線伝送装置が高機動車に搭載されている。
現在、陸自高射学校・高射教導隊、第2高射特科群、第8高射特科群、第6高射特科群など、全国の高射特科部隊に配備が進められている。
低空レーダ装置 JTPS-P18
高機動車の後部に対空警戒用レーダーを搭載した車両。低高度で侵入する敵航空機、敵ヘリコプターなどを即座に感知でき、その情報ほ高射特科部隊用C4Iシステムである「師団対空情報処理システム(DADS)」などへ転送する事ができ、この装備と前述の93式近SAM、03式中SAM、81式(11式)短SAMと組み合わせることで、より効果的な防空網を形成することが出来る。
衛星単一通信可搬局装置 JMRC-C4
方面隊及び師団・旅団などの上級部隊において衛星を中継した音声、データ通信に使用する車両。サマーウォーズで出てきた車両と言えば分かり易いだろうか。(装置の上面にパラボラアンテナ付いてるヤツ)
全国の通信科部隊に配備されており、2011年に発生した東日本大震災等の災害派遣の場面においても、喪失した被災地の通信網に代わって通信を担うなど、野外炊具1号と並んで災害派遣で活躍する装備である。
発煙機3型
高機動車の後部に発煙機を搭載した車両。発煙機と言っても戦車などの発煙弾発射機(スモークディスチャージャー)とは違い、発煙機後部上面から突き出た2本の煙突から煙を出し、発煙弾発射機より広域かつ連続的に煙幕を構成することで、敵の監視や観測から味方部隊・施設等を防護する。珍しい使い方として霜害防止にも効果があり、民生協力でも活躍するとか。全国の普通科連隊などに配備されている。
メガクルーザー
ハンヴィーに民生用のハマーがあるように、高機動車にも民生用として開発された車両。その外観から「和製ハマー」と言われたりもしている。民生用とは言うものの、 開発の主眼が災害時の救援や人命救助などの任務を迅速に遂行する点に置かれており、いわゆるSUV的な一般家庭向けの自動車ではない。現在は生産終了されているが、政府機関や自治体などからまとまった注文があれば、その都度生産するとのことである。航空自衛隊や海上自衛隊は高機動車ではなく、何故かこちらを採用している。自衛隊以外ではJAFや警察、消防、地方公共団体などで採用されている。
あまり大きな声では言えないが、メガクルーザーの自衛隊仕様、つまり「高機動車」がフィリピンでToyota mega cruiser 4x4 japan surplusとして販売されていたりする。一部では陸自から払い下げられたものではないか?と言われているが左ハンドルであることから現地、或いは海外の工場で生産されたと考えるのが妥当であろう。
ちなみに、正式な手続きを踏めば日本に輸入して公道を走ることも可能である。
高機動車の運用
1993年から普通科連隊の機動力向上の為に導入され、2010年をもって全国の普通科連隊への配備は完了し、これをもってやっと我が国の普通科部隊は自動車化を完了する事が出来た。長く苦しい戦いだった…。
2010年以降は損耗補充用のみ調達されている。
89式装甲戦闘車を配備している第7師団を除き、軽装甲機動車と並んで普通科連隊の主力車両であり我々一般人も演習場への移動時や災害派遣などで目にする機会が多い装備のひとつである。
運用面に関しては、前述の通り陸上自衛隊の装輪式車両としては最高水準の不整地走破性を有しており、輸送ヘリであるCH-47 チヌークに搭載したり、スリングを付けて吊り下げることも可能など戦術・戦略機動性が共に高い。また、第1空挺団ではパレットに固定し、パラシュートを付け、航空自衛隊の輸送機から物量投下もしている。(まあ、その度に何台かひっくり返しておしゃかにする訳だが。)
ただ、現場からは幾つか不満な点も上がっている。
- FRP装甲で軽量化したはいいが耐久性が低い。そして壊れでもしたらいちいちメーカーに注文しなくてはならない。
- ライトガードなどに隙間がないから枝などを刺したり、ゴム板で作った遮光材が差し込めず、擬装がしにくい。
- 車体の割に使える武装少ない無い。と言うかLAVのようなターレットが無い。
などがあるようである(みたところ改修で何とかなりそうなきが気がしないでもないが…)。これらの点を解消した高機動車 Ⅲ型を是非技本に開発してもらいたいものである。えっ?そんなもん部隊単位でやれって?そんな許可も予算も下りてこねえよ!
関連動画
関連商品
関連項目
- 軍事 / 軍事関連項目一覧 / 軍用車両の一覧
- 自衛隊 / 陸上自衛隊
- 軽装甲機動車 / 73式装甲車 / 96式装輪装甲車 / 89式装甲戦闘車
- MPMS / 中距離多目的誘導弾 / 93式近距離地対空誘導弾 / 03式中距離地対空誘導弾
脚注
- *「空母を持って自衛隊は何をするのか」兵頭二十八 2018 徳間書店 pp.189-190
- *http://www.mod.go.jp/j/approach/others/service/kanshi_koritsu/h28/gaiyo_open03.pdf
- *http://www.asahi.com/photonews/gallery/100110airborne/b109.html
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