「…良かった。病気の子供はいないんだ。
」とは、ジョニーウォーカー黒ラベルのCMに登場した台詞である。「いなかったんだ」との表記揺れも存在するが、「いないんだ」が正。
概要
この町には、ふたつのタイプの人がいる。
嘘をつく人と、つかれる人。
洋酒ブランド『ジョニーウォーカー黒ラベル』(いわゆる「ジョニ黒」)のテレビCM『ユナイテッドディスティラーズジャパン ジョニーウォーカー黒ラベル CITY 30』における台詞である。神保悟志らが出演し、コピーライティングを阿部洋一郎が手がけている。
テレビCMは高く評価され、TCC(東京コピーライターズクラブ)年鑑1998において新人賞に選出された。このため、TCCのコピー検索データベース『コピラ』にも記録されている(作品管理ナンバー: 2724
)。
この受賞のためなのか1998年のCMであるとされていることが多いが、音楽誌『レッスンの友』の1997年12月号において編集人の横谷貴一が言及していることから、厳密には1997年が初出であると思われる[1]。
とあるバーの窓越しで、男性(A)が物乞いの女性にせがまれ、お金を渡す。その後バーに入ってきたAに対し、一部始終を見ていた友人(B)が「騙されたな。病気の子供がいるなんて嘘だ」と指摘する。するとAは怒るどころか微笑み、「…良かった。病気の子供はいないんだ
」と呟き、二人は乾杯する。
自身の金銭的損失よりも「不幸な子供が存在しなかった事実」を優先して喜ぶこのストーリーは、多くの視聴者に「心が温まる美談」「清廉な精神性を示す訓話」として強い印象を残した。
起業家支援などを行う吉田雅紀[2]やキティこうぞう(鬼頭幸三)などのコラム[3]などでもポジティブ思考や寛容さの好例として引用されているほか、『ONE PIECE』『学園アイドルマスター』などの作品にも影響を与えたとみられる(後述)。
CMは4種類のストーリーが同時に用意されており、本作はその1つであった。シリーズでは「ヒトデと老人」のCMも有名[4]。
元ネタ
ブロガーの松永英明[6]によるクローズドな百科事典サイト『閾ペディアことのは』によれば、このCMの更なる原案・元ネタとして、アルゼンチンの元プロゴルファー、ロベルト・デ・ビンセンゾ(Roberto De Vincenzo)にまつわる有名な逸話が存在することが指摘されている[7]。それが以下のような内容である。
あるトーナメントで優勝したアルゼンチンのゴルファー、デ・ビンセンゾは、帰途の駐車場で若い女性から「子供が重い病気で死にかけており、治療費が払えない」と泣きつかれ、賞金の小切手をそのまま彼女に譲ってしまう。
後日、ゴルフ協会の役員から「あの女は詐欺師で、病気の子供などいないし結婚すらしていない」と知らされた彼は、「つまり、死にかけている赤ちゃんはいないってことですか?」と確認したあと、こう答えた。
「それは今週聞いた中で一番のニュースだ」
エピソードの元をたどると、1994年の書籍『The Best of Bits and Pieces』(Arthur F. Lenehan編、The Economics Press刊)[8]の73-74ページに収録されているものが知られており、多くの場合はそこから引用されていることがわかる[9](同書籍はビジネス啓発系の内容を扱う雑誌『Bits & Pieces』の傑作選である。初出は本誌より前の場合がある点に注意)。
『ジョニ黒』のCMは、特に中盤から後半のくだりがほとんど一致しているため、このエピソードをベースに、酒場の友人同士の会話へとアレンジしたものであると推測される。
また、このエピソード自体も創作であるとされている。例えば、アルゼンチンの高名なゴルファーとして実在するのはデ・ビセンゾ(De Vicenzo)であって、この小話ではビンセンゾと書かれている点が暗に創作であることを示しているものであるとの意見が松永英明から示されている。本エピソードは、ビセンゾの史話や伝記の中では語られていない。
反応・評価
本ストーリーはその特異な論理から、引用や考察の対象となってきた。肯定意見は、元ネタと目されるゴルファーのエピソード同様、ビジネス啓発系の文脈である場合が多いようである。
肯定
- 音楽誌『レッスンの友』の編集人である横谷貴一は、同誌1997年12月号の編集後記にていち早くこのCMに言及している。この中で横谷は、「世知辛い世の中で、例え騙されても相手のことを考えられる」主人公の純粋さを高く評価している。「人を騙すくらいなら騙された方が余程まし」という自身の信条と重ね合わせ、世間の評価よりも自身の清らかな心を保つための指針として好意的に受け止めている。
- 起業家支援などの活動を行っている吉田雅紀は、自身のエッセイ『創業はロマンとリアルの綱引きだ!』の『第十六話 善意ってなんやろ?
』において、このCMを引き合いに出している。この中では、自身の金銭的損失よりも「不幸な子供が存在しなかった事実」を優先して喜ぶ姿勢が、損得勘定を超えた純粋な善意や、心の豊かさの象徴として捉え、ビジネスや起業においても通じる精神性として好意的に紹介されている。 - 心理カウンセラーのキティこうぞう(鬼頭幸三)も、2013-2014年のコラム『ストレスフリーの快適生活塾
』内で、このエピソードを「何ともこころが温まるストーリー
」と評している。騙されて金銭を失うという「自分にとって悪いこと(不幸)」が起きたとしても、視点を変えて前向きに考えることで「よかった」と思えるようになるという、ストレスマネジメントやポジティブ思考の好例として挙げている。
批判
- 作家のダ・ヴィンチ・恐山は、2023年8月のTwitter(X)への投稿
において、あくまでも「冗談で言っている」と付しながら、この思考について以下のように指摘している[10]。
- Q&Aサイト「人力検索はてな」では2009年に、「この発言のどこがおかしいか(論理的な破綻はどこにあるか)」を問う質問が投稿
され、白熱した議論が交わされた。回答の中では、トータルで損害が出ている事実や、詐欺師を野放しにするという社会的な問題点が指摘されている[11]。 - incognita2008の個人ブログ「電撃かたつむり通信(仮)」の記事では、「マクロ的な法秩序の回復も為されぬままにある」といった社会的・法的な視点から、この状況がいかに通常の社会秩序から逸脱しているかが分析されている[12]。
類似する創作・パロディ
- 浦沢直樹『MONSTER』第10巻(1998年)
- 尾田栄一郎『ONE PIECE』第16巻(2000年)
- 宮崎周平『僕とロボコ』第7巻(2022年 / 2021年10月初掲載)
- 『学園アイドルマスター』有村麻央・N.I.A編(2024年)
関連動画
関連リンク
関連項目
脚注
- *レッスンの友 : ピアノ音楽誌 = Lesson no tomo : a magazine for music lovers 35(12)(411), p.95
- *VSN:創業はロマンとリアルの綱引きだ! [16] 善意ってなんやろ? - 「あきない・えーど」所長 吉田雅紀

- *『こころが温まるテレビCM
』キティ こうぞう〈ストレスフリーの快適生活塾 Vol.45〉しんくみ : 信用組合役職員のための月刊情報誌 61(2);2014・2 - *“海岸で、一人の老人が打ち上げられたヒトデを一つ一つ海に投げ入れていた。青年が「こんなにたくさんいるんじゃ、何も変わらないじゃないですか?」と問うと老人は微笑み、「でも、この子は変わったよ。」と返す。やがて青年も加わってヒトデを海に投げ入れ、夜、二人でウイスキーを呑み交わすのだった——”というもの。やはり元ネタが存在し、ビョルン・ナッティコ・リンデブラッドというスウェーデンの元僧侶の語った説話が非常に近い内容となっているようである[5]
- *一匹のヒトデのために
. (2023年5月23日08:38). 東亜日報. 2026年5月14日閲覧. - *ことのは編集室主宰。河上イチローの名で知られていた。
- *良かった。病気の子供はいないんだ。
. (2020年9月29日04:47). 閾ペディアことのは. 2026年4月8日07:29 閲覧. - *“The best of Bits & pieces” 1994, Arthur F. Lenehan
- Internet Archive - *Good News Network “I've Been Conned... That's the Good News!” 2006年4月8日、2026年4月29日閲覧

- *ダ・ヴィンチ・恐山 @d_d_osorezan · 2023年8月4日のツイート

- *「良かった・・・病気の子供はいないんだ」という古典的ジョークがあります。 - lionfan - 人力検索はてな、2009年6月19日、2026年4月8日閲覧

- *電撃かたつむり通信(仮)「よかった、病気の子供はいないんだ」2009年8月19日、2026年4月8日閲覧

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