1915年(大正4年)
| 前回の卯年 | 前年 | 当年 | 翌年 | 次回の卯年 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 年 | 1903年 | 1914年 | 1915年 | 1916年 | 1927年 |
| 干支 | 卯 |
寅 |
卯 |
辰 |
卯 |
1915年の事柄
シャープペンシルが発明される
早川金属工業より早川徳次が考案した「早川式繰出鉛筆」が発売される。日本初のシャープペンシルであった。その後、より細い芯を使用できる「エバー・レディー・シャープペンシル」という商品がヒットし、「シャープペンシル」という名称が定着。
関東大震災によりシャープペンシルの事業からは撤退したが、早川金属工業はSHARPと社名を変更し現在もその名残が残っている。
イギリスの探検家・シャクルトンが南極で遭難
1月19日、イギリスの探検家アーネスト・シャクルトンら28名を乗せた船が南極海で流氷に閉じ込められる。彼らは船内での越冬を決意するが、南半球に春が訪れる10月ごろになると動き出した氷で船体が破壊され始め、シャクルトンたちは船を放棄。11月には沈没してしまった。
放り出された隊員たちは氷上でキャンプを張り、アザラシやペンギンを食料にしたが、やがて犬ぞり用の犬まで食べざるを得なくなった。
1916年4月、キャンプ地の氷が割れたため救命用ボートで脱出し、1週間かけて断崖絶壁の無人島であるエレファント島にたどり着いた。食料となるアザラシやペンギンは多く生息していたものの、冬の再来が迫っており、どのくらい持ちこたえられるかは未知数だった。
シャクルトンは選抜隊を率い、わずか7mの救命ボートでドレーク海峡(世界で最も荒れる海峡)を越えて約1500km先のサウス・ジョージア島を目指した。暴風と高波のなか2週間航海し、36時間かけて山を超えてサウス・ジョージア島の捕鯨基地にたどり着いた。
シャクルトンたちは約1年半かけてついに文明社会に生還したのである。エレファント島に残された22人の隊員たちも同年8月、無事に救助された。
「大陸と海洋の起源」が出版される
1912年にドイツの気象学者アルフレート・ヴェーゲナーが提唱した「大陸移動説」について、本人が論じた書籍「大陸と海洋の起源」が出版される。海岸線の形、化石や地質の分布、氷河の痕跡などから今ある大陸たちがかつて一つの大きな大陸だったことを提唱したが、当時は受け入れられなかった。
50~60年代にプレートテクトニクス理論が発展してヴェーゲナーの説も見直されるようになり、現在は人工衛星などの観測結果から大陸が毎年数cm移動していることが分かっている(ちなみにヴェーゲナーが考えた移動メカニズムと、プレートテクトニクスのそれは別のものである)。
三毛別羆事件
12月9日から14日にかけて、北海道苫前郡苫前村三毛別六線沢で「穴もたず」と言われる冬眠に失敗した熊が開拓民の集落を襲う熊害(ゆうがい)事件が発生。死者7名、負傷者3名を出した日本史上最悪の獣害事件となった。ドキュメンタリー小説「熊嵐」などで広く知られている。
事件現場周辺には事件を後世に伝える巨大な熊のレプリカが設置されている。現在も熊の生息地であるので訪問時は音の出るものを携帯するなどの対策が望ましい。
→ 三毛別羆事件
1915年の出来事
| 1月 | 森鴎外が中央公論に小説「山椒大夫」を連載開始(説話「さんせう太夫」の小説化) |
| 過当競争を繰り広げていた時刻表3誌が鉄道院の勧めで合体し「公認汽車汽船旅行案内」が創刊(3誌の合体を象徴する三本松が表紙にあしらわれた) | |
| 1月13日 | イタリア中部のアヴェッツァーノでマグニチュード7.0の大地震。約3万人が犠牲に。 |
| 1月18日 | 日本が中国に対華二十一カ条を要求 |
| 3月30日 | 気仙沼で大火。約1100戸が焼失。 |
| 4月22日 | ドイツ軍が初の化学兵器として塩素系毒ガスをフランス軍に使用 |
| 5月9日 | 中国が対華二十一カ条を承認(中国の国恥記念日のひとつ) |
| 5月31日 | ドイツの飛行船ツェッペリン号がロンドンを空襲 |
| 6月3日 | 夏目漱石が朝日新聞に「道草」を連載開始 |
| 7月2日 | 西尾正左衛門が亀の子たわしの特許を取得 |
| 8月5日 | 広島県物産陳列館(のちの広島産業奨励会館、および原爆ドーム)が開館 |
| 8月15日 | 既存の高島町駅を統合した新しい横浜駅が開業し、旧横浜駅は桜木町駅と改められる |
| 10月1日 | 清水建設が個人経営を改めて合資会社清水組に改組 |
| 11月2日 | 東京駅の中に東京ステーションホテルが開業 |
| 11月10日 | 京都御所の紫宸殿で大正天皇の即位礼 |
| 12月4日 | 東京株式市場が暴騰(大戦景気、大正バブルの始まり) |
| 12月9日 | 三毛別羆事件(14日にかけて) |
1915年生まれの著名人
| 1月2日 | 柳家小さん(5代目) | 落語家 |
| 2月1日 | スタンリー・マシューズ | サッカー選手 |
| 2月14日 | 小松崎茂 | イラストレーター、「イルカがせめてきたぞっ」 |
| 2月23日 | ポール・ティベッツ | 軍人、広島に原子爆弾を投下した爆撃機「エノラ・ゲイ」の機長 |
| 3月16日 | 小平邦彦 | 数学者、日本初のフィールズ賞受賞者 |
| 4月7日 | ビリー・ホリデイ | ジャズシンガー |
| 5月6日 | オーソン・ウェルズ | 映画監督、「市民ケーン」 |
| 5月15日 | ポール・サミュエルソン | 経済学者、ノーベル経済学賞受賞者 |
| 6月9日 | レス・ポール | ギタリスト、エレキギター「ギブソン・レスポール」開発者 |
| 6月20日 | テレンス・ヤング | 映画監督、「007 ロシアより愛をこめて」 |
| 6月29日 | 柳宗理 | 工業デザイナー |
| 8月24日 | ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア | SF作家、「たったひとつの冴えたやりかた」 |
| 8月26日 | 下條正巳 | 俳優、下條アトムの父 |
| 8月29日 | イングリッド・バーグマン | 女優、「誰がために鐘は鳴る」「オリエント急行殺人事件」 |
| 9月9日 | 塩田剛三 | 武道家、養神館合気道創設者 |
| 11月20日 | 市川崑 | 映画監督、「ビルマの竪琴」「東京オリンピック」 |
| 11月29日 | ビリー・ストレイホーン | ジャズピアニスト、「A列車で行こう」 |
| 12月12日 | フランク・シナトラ | 歌手 |
| 12月19日 | エディット・ピアフ | シャンソン歌手 |
1915年に亡くなった著名人
| 1月5日 | 永倉新八 | 新選組二番隊組長 |
| 7月26日 | ジェームズ・マレー | 辞書編纂者、「オックスフォード英語辞典」 |
| 8月10日 | ヘンリー・モーズリー | 物理学者、モーズリーの法則の発見者、ノーベル賞の受賞が確実視されたが、第一次世界大戦で戦死(この一件でイギリスは科学者の参戦を阻止するようになったとされる) |
| 8月20日 | パウル・エールリヒ | 細菌学者、化学療法の創始者、母子免疫の発見者 |
| 9月28日 | 斎藤一 | 新選組隊士 |
| 10月11日 | ジャン・アンリ・ファーブル | 博物学者、「昆虫記」 |
関連動画
関連項目
- 1
- 0pt

