1982 FIFAワールドカップとは、スペインで開催された12回目のFIFAワールドカップである。
概要
| 1982 FIFAワールドカップ | |
|---|---|
| 期間 | 1982年6月13日~7月11日 |
| 場所 | |
| 出場国 | 24ヶ国 |
| 公式球 | タンゴ(アディダス) |
| マスコット | ナランヒート |
情熱の国スペインで開催された今大会は、大会ポスターをスペインの巨匠ジョアン・ミロが作成するなど芸術色の濃い大会となった。
ピッチ上にもブラジルのジーコ、西ドイツのカール=ハインツ・ルンメニゲ、フランスのミシェル・プラティニ、そしてアルゼンチンのディエゴ・マラドーナといった各国のスターが集結し、歴代でも屈指の大会と評されている。
また、この大会から出場チームが24に拡大され、1次リーグ、2次リーグを戦った後、準決勝と決勝がおこなわれる方式となった。
今大会の予選は前回まで2大会連続で準優勝という成績を残したオランダが敗退する波乱が起こり、第1回優勝チームのウルグアイは2大会連続で南米予選敗退となっている。初出場となったのはホンジュラス、アルジェリア、カメルーン、クウェート、ニュージーランドの5か国。
1次リーグ
グループ1
| 順 位 |
国名 |
|
|
|
|
勝点 | 得失 点差 |
得 点 |
失 点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ![]() ポーランド |
― | △ 0-0 |
△ 0-0 |
○ 5-1 |
4 | +4 | 5 | 1 |
| 2 | ![]() イタリア |
△ 0-0 |
― | △ 1-1 |
△ 1-1 |
3 | 0 | 2 | 2 |
| 3 | ![]() カメルーン |
△ 0-0 |
△ 1-1 |
― | △ 0-0 |
3 | 0 | 1 | 1 |
| 4 | ![]() ペルー |
● 1-5 |
△ 1-1 |
△ 0-0 |
― | 2 | -4 | 2 | 6 |
過去2度の優勝歴のあるイタリア、攻撃陣にタレントが揃ったポーランドが有力と見られたグループだが、初出場となったカメルーンの奮闘もあって第2節までを終えて全ての試合が引き分けに終わり、全チームに突破の可能性が残った大混戦となる。
カメルーンと最終節を戦ったイタリアだったが、前節のペルー戦に続いてリードを守り切れずに引き分けに終わる低調な戦いぶりで、3試合連続ドローに終わる。一方、ここまでノーゴールだったポーランドは大量5ゴールを奪いペルーに快勝。唯一勝利を挙げたチームとなり、首位で2次リーグへ進出。
不甲斐ない戦いぶりとなったイタリアだったが、総得点の差で辛うじてカメルーンを上回り、首の皮1枚で突破。初出場ながら健闘したカメルーンだったが、わずか1点の差で敗退となった。
グループ2
| 順 位 |
国名 |
|
|
|
|
勝点 | 得失 点差 |
得 点 |
失 点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ![]() 西ドイツ |
― | ○ 1-0 |
● 1-2 |
○ 4-1 |
4 | +3 | 6 | 3 |
| 2 | ![]() オーストリア |
● 0-1 |
― | ○ 2-0 |
○ 1-0 |
4 | +2 | 4 | 1 |
| 3 | ![]() アルジェリア |
○ 2-1 |
● 0-2 |
― | ○ 3-2 |
4 | 0 | 5 | 5 |
| 4 | ![]() チリ |
● 1-4 |
● 0-1 |
● 2-3 |
― | 0 | -5 | 3 | 8 |
絶対的な本命と見られた欧州王者の西ドイツだったが、初戦で初出場のアルジェリアに大金星を与えてしまう。不覚を取った西ドイツを尻目にオーストリアはチリ、アルジェリアを相手に連勝。一方、西ドイツも力の落ちるチリを相手にルンメニゲのハットトリックの活躍で快勝し、最終節を迎える段階で三つ巴の争いとなる。
そして事件が起きる。前日の試合でアルジェリアがチリ相手に勝利していたことを受け、西ドイツとオーストリアの試合では、お互いが2次リーグへ進めるよう談合試合がおこなわれる。西ドイツが開始早々に1点を先制すると、その後両チームはロングボールの応酬を行う意味のない行為を繰り返し、結果的に思惑通り西ドイツとオーストリアが2次リーグへ進むことになり、アルジェリアは汚い手によって敗退に追い込まれる。
この試合は後に「ヒホンの恥」と呼ばれるほど批判が集まり、アルジェリアのサポーターはもちろん西ドイツとオーストリアのサポーターからも怒りの声が上がるほどだった。
グループ3
| 順 位 |
国名 |
|
|
|
|
勝点 | 得失 点差 |
得 点 |
失 点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ![]() ベルギー |
― | ○ 1-0 |
△ 1-1 |
○ 1-0 |
5 | +2 | 3 | 1 |
| 2 | ![]() アルゼンチン |
● 0-1 |
― | ○ 4-1 |
○ 2-0 |
4 | +4 | 6 | 2 |
| 3 | ![]() ハンガリー |
△ 1-1 |
● 1-4 |
― | ○ 10-1 |
3 | +6 | 12 | 6 |
| 4 | ![]() エルサルバドル |
● 0-1 |
● 0-2 |
● 1-10 |
― | 0 | -12 | 1 | 13 |
こちらでも前回優勝国のアルゼンチンが初戦でベルギーに敗れる波乱の幕開けとなる。さらに、ハンガリーはエルサルバドルを相手に10点を奪う記録的な大差を付けての圧勝劇を演じ、ますます注目度の高いグループとなる。
だが、続く第2戦でアルゼンチンは開幕戦10得点のハンガリーを相手に初出場となった10番マラドーナの活躍によって粉砕。最終戦でも格下のエルサルバドルを相手にきっちり勝利し、ベルギーに次ぐ2位で1次リーグ突破を決める。
ワールドカップ新記録のスコアを叩き出したハンガリーだったが、アルゼンチンに完敗したことが敗因となってしまった。記録的な大敗となったエルサルバドルは、1970年大会に続いて3連敗で大会を去ることに。
グループ4
| 順 位 |
国名 |
|
|
|
|
勝点 | 得失 点差 |
得 点 |
失 点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ![]() イングランド |
― | ○ 3-1 |
○ 2-0 |
○ 1-0 |
6 | +5 | 6 | 1 |
| 2 | ![]() フランス |
● 1-3 |
― | △ 1-1 |
○ 4-1 |
3 | +1 | 6 | 5 |
| 3 | ![]() チェコスロバキア |
● 0-2 |
△ 1-1 |
― | △ 1-1 |
2 | -2 | 2 | 4 |
| 4 | ![]() クウェート |
● 0-1 |
● 1-4 |
△ 1-1 |
― | 1 | -4 | 2 | 6 |
過去に上位入賞経験のある欧州の強豪3チームにアジア勢のクウェートという3強1弱のグループは、初戦のフランス戦、第2戦のチェコスロバキア戦とライバルと見られたチーム相手に連勝し、3戦全勝を飾ったイングランドが抜け出すことになる。
初戦を落としたフランスだったが、続くクウェート戦では4ゴールを奪って快勝し2位に浮上すると、チェコスロバキアとの直接対決をドローで終わらせ、2位で通過を決める。チェコスロバキアは初戦でクウェートに勝てなかったことが響き、1勝もできずに敗退となる。
予想通り最下位に終わったクウェートだったが、第2戦のフランス戦において、フランスの4点目に抗議したクウェートの皇太子が突如ピッチに乱入し選手に引き上げを命じるという前代未聞の事件を起こしている。結局、審判団が皇太子の要望を聞き入れ、ゴールを取り消す裁定を下したことでその場は収拾されたが、大きな波紋を呼ぶ出来事となった。
グループ5
| 順 位 |
国名 |
|
|
|
|
勝点 | 得失 点差 |
得 点 |
失 点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ![]() 北アイルランド |
― | ○ 1-0 |
△ 0-0 |
△ 1-1 |
4 | +1 | 2 | 1 |
| 2 | ![]() スペイン |
● 0-1 |
― | ○ 2-1 |
△ 1-1 |
3 | 0 | 3 | 3 |
| 3 | ![]() ユーゴスラビア |
△ 0-0 |
● 1-2 |
― | ○ 1-0 |
3 | 0 | 2 | 2 |
| 4 | ![]() ホンジュラス |
△ 1-1 |
△ 1-1 |
● 0-1 |
― | 2 | -1 | 2 | 3 |
開催国スペインが所属するグループは、こちらも引き分けの多いグループとなる。地元サポーターからの声援を受けるスペインだったが、初戦で初出場のホンジュラス相手に引き分ける失態を演じてしまう。一方、もう一つの候補と目されていたユーゴスラビアも北アイルランド相手の初戦をドローに終わる。なお、この試合で北アイルランドのホワイトサイドが17歳41日で出場を果たし、ペレが1958年に記録した最年少出場記録を塗り替える。
第2戦で強豪ユーゴスラビア相手に勝利したスペインだったが、最終戦で北アイルランドに敗れてしまう。この結果、唯一無敗の北アイルランドが首位で2次リーグへと進む。一方のスペインは、前日の試合で勝利したユーゴスラビアと勝ち点、得失点差で並んだが、総得点でわずかに上回り、辛うじて2次リーグ進出となる。
初出場のホンジュラスは最下位に終わったものの、欧州勢3チームを相手に2引き分けを記録し、最後まで突破の可能性を残すなど、健闘した。
グループ6
| 順 位 |
国名 |
|
|
|
|
勝点 | 得失 点差 |
得 点 |
失 点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ![]() ブラジル |
― | ○ 2-1 |
○ 4-1 |
○ 4-0 |
6 | +8 | 12 | 2 |
| 2 | ![]() ソ連 |
● 1-2 |
― | △ 2-2 |
○ 3-0 |
3 | +2 | 6 | 4 |
| 3 | ![]() スコットランド |
● 1-4 |
△ 2-2 |
― | ○ 5-2 |
3 | 0 | 8 | 8 |
| 4 | ![]() ニュージーランド |
● 0-4 |
● 0-3 |
● 2-5 |
― | 0 | -10 | 2 | 12 |
ジーコ、ファルカン、トニーニョ・セレーゾ、ソクラテスから形成される「黄金の中盤」を擁する優勝候補筆頭のブラジルが、前評判通りの強さを見せつける。3試合で12得点という圧倒的な攻撃力で他の3チームを寄せ付けず、余裕の3連勝で勝ち抜きを決める。
2位争いは、ソ連とスコットランドの一騎打ちとなる。両チームは勝ち点で並んだものの、ブラジル相手に最小差で敗れたソ連が得失点差で上回り、2位で2次リーグへ。スコットランドは3大会連続での1次リーグ敗退となった。
初出場を受けて「オール・ホワイツ」という愛称が付いたニュージーランドだったが、ラグビーの「オール・ブラック」のようにはいかず、3連敗となった。
2次リーグ
グループA
| 順 位 |
国名 |
|
|
|
勝点 | 得失 点差 |
得 点 |
失 点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ![]() ポーランド |
― | △ 0-0 |
○ 3-0 |
3 | +3 | 3 | 0 |
| 2 | ![]() ソ連 |
△ 0-0 |
― | ○ 1-0 |
3 | +1 | 1 | 0 |
| 3 | ![]() ベルギー |
● 0-3 |
● 0-1 |
― | 0 | -4 | 0 | 4 |
これといった本命の無い組み合わせとなったが、ポーランドがボニエクのハットトリックの活躍によってベルギーを撃破し、優位に立つ。ソ連とベルギーの試合は、ソ連が1-0で勝利するが、得失点差で首位に立ったポーランドはソ連との直接対決ではドローに持ち込む。
この結果、ポーランドが準決勝へ進出。3位入賞を果たした1974年大会以来2度目のベスト4進出を果たす。6度目の出場で初めて2次リーグまで進んだベルギーだったが、1次リーグでアルゼンチンを倒した堅守が崩されて敗退となった。
グループB
| 順 位 |
国名 |
|
|
|
勝点 | 得失 点差 |
得 点 |
失 点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ![]() 西ドイツ |
― | △ 0-0 |
○ 2-1 |
3 | +1 | 2 | 1 |
| 2 | ![]() イングランド |
△ 0-0 |
― | △ 0-0 |
2 | 0 | 0 | 0 |
| 3 | ![]() スペイン |
● 1-2 |
△ 0-0 |
― | 0 | -1 | 1 | 2 |
優勝候補の一角西ドイツとグループリーグを全勝で突破したイングランドの試合は、お互いに譲らずスコアレスドローという結果に終わる。続いて開催国スペインと戦うこととなった西ドイツだったが、22歳のリトバルスキーが1ゴール1アシストの活躍を見せ、スペイン相手に勝利。最終戦の結果を待つことに。
迎えたイングランドとスペインの最終戦は、最後までゴールが生まれずドローに終わる。この結果、グループで唯一の勝利を記録した西ドイツが準決勝へ進出。
イングランドは1次リーグで活躍したロブソンやフランシスといった若手が活躍できず、エースのキーガンが負傷で離脱したことが大きく響いた。開催国のスペインは最後まで精彩を欠き、地元国民からの大きな期待に応えることができなかった。
グループC
| 順 位 |
国名 |
|
|
|
勝点 | 得失 点差 |
得 点 |
失 点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ![]() イタリア |
― | ○ 3-2 |
○ 2-1 |
4 | +3 | 5 | 2 |
| 2 | ![]() ブラジル |
● 2-3 |
― | ○ 3-1 |
2 | +1 | 5 | 4 |
| 3 | ![]() アルゼンチン |
● 2-3 |
△ 1-2 |
― | 0 | -2 | 3 | 5 |
1次リーグ未勝利のイタリアだったが、守備陣の奮闘もあってアルゼンチンを相手に2点を先行したまま逃げ切り、今大会初勝利を飾る。
後がなくなったアルゼンチンは第2戦で宿敵ブラジルと対戦。だが、試合はブラジルの「黄金のカルテット」による華麗なパスワークがアルゼンチンを圧倒。特に10番ジーコのプレーは際立っており、1ゴール2アシストの大活躍によってアルゼンチンを粉砕。イタリア戦に続いて相手の激しいマークに苦しみストレスを抱えていた21歳のマラドーナは報復行為によって相手DFの腹部を蹴って退場となり、ほろ苦い初めてのワールドカップとなる。
引き分けでも準決勝進出が決まる状況でイタリア戦を迎えたブラジルだったが、ここまでノーゴールだったイタリアのパオロ・ロッシが突如覚醒する。開始5分でロッシが決め、イタリアが先制。ビハインドを背負ったブラジルは、中盤の構成力で主導権を握りソクラテスのゴールで同点に追いつくが、25分名手トニーニョ・セレーゾのよもやのパスミスから再びロッシのゴールを許す。後半23分にファルカンが豪快なミドルシュートを決め、再び追いついたブラジルだったが、29分イタリアはまたもやロッシがブラジルゴールをこじ開け、ハットトリックを達成。その後のブラジルの猛攻をGKゾフの神がかり的なセーブもあって凌いだイタリアが前評判を覆し、準決勝へ進出。歴史に残る魅力的なチームと言われたブラジルは2次リーグで姿を消すことに。
グループD
| 順 位 |
国名 |
|
|
|
勝点 | 得失 点差 |
得 点 |
失 点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ![]() フランス |
― | ○ 1-0 |
○ 4-1 |
4 | +4 | 5 | 1 |
| 2 | ![]() オーストリア |
● 0-1 |
― | △ 2-2 |
1 | -1 | 2 | 3 |
| 3 | ![]() 北アイルランド |
● 1-4 |
△ 2-2 |
― | 1 | -3 | 3 | 6 |
初戦でオーストリアと対戦したフランスは、負傷でプラティニを欠いて戦うこととなったが、前半39分のジャンジニのゴールを守り切り、先行する形となる。オーストリアと北アイルランドの対戦は2-2の引き分けに終わり、フランスが最終戦を引き分けでもベスト4へ行ける優位な立場に立つ。
将軍プラティニが復帰したフランスは、「シャンパン・フットボール」と呼ばれた華麗な中盤のパスワークで北アイルランドを圧倒。ジレスとロシュトーがそれぞれ2ゴールずつを決め、4-1で北アイルランド相手に快勝し、1958年大会以来のベスト4進出を果たす。
決勝トーナメント
準決勝
2次リーグでブラジルを敗退に追い込んだロッシがここでも活躍。前半22分に先制ゴールを決めると、後半28分にもダメ押しとなる追加点を奪ってみせる。
完全に覚醒したロッシの2ゴールの活躍と伝統のカテナチオによってポーランドを完封したイタリアが1970年大会以来3大会ぶりのファイナル進出。
先にリードを奪ったのは西ドイツ。前半17分にリトバルスキーのゴールで先制。だが、そのわずか5分後の22分にフランスはPKを得ると、将軍プラティニが冷静に決め、すぐに同点に追いつく。
試合は1-1のまま延長戦へと突入。優位に試合を進めていたフランスは、トレゾール、ジレスのゴールで2点をリードする。流石に勝負あったかと思われたが、ここから西ドイツが驚異的な粘りを発揮。延長前半12分怪我を抱えていたエースのルンメニゲが決め1点を返すと、延長後半3分にはフィッシャーがオーバーヘッドで決め、試合は大会初のPK戦で決着を付けることに。
PK戦もサドンデスまでもつれ込むが、西ドイツはGKシューマッハが6人目のボッシのシュートを止め、決勝へと駒を進める。
3位決定戦
プラティニら主力数名が欠場したフランスだったが、前半13分にジラールのゴールで先制。しかし、コンディションで上回るポーランドは前半終了間際に立て続けにゴールを決め逆転する。
後半開始直後にもクプチェヴィチュがゴールを決めたポーランドが勝ち越しに成功。モチベーションの低いフランスは、その後1点を返すものの反撃もこれまで。
決勝
どちらが勝ってもブラジルと並んで史上最多タイの3度目の優勝というシチュエーションとなった決勝。
前半はお互いに激しい潰し合いとなり、膠着した状態のまま時間が進む。後半に入り、この膠着状態を打破したのはやはりこの男だった。12分絶好調のパオロ・ロッシが泥臭くゴールをこじ開け、イタリアに先制ゴールをもたらす。
これで試合のペースを握ったイタリアは、得意の堅守速攻が嵌るようになり、24分にタルデッリ、36分にはアントベッリと立て続けにゴールを奪い、3点差を付ける。西ドイツも38分にブライトナーが決め、準決勝の再現を一瞬期待させるが、反撃はここまでだった。大会後半になって目を覚ましたイタリアが、1938年大会以来42年ぶり3度目となる優勝を勝ち取った。立役者となったロッシは通算ゴール数を6ゴールとし、大会得点王の座も手にする。
大会まとめ
| 1990 FIFAワールドカップ 大会結果 | |
|---|---|
| 優勝 | |
| 準優勝 | |
| 3位 | |
| 4位 | |
| 個人表彰 | |
| 大会MVP | |
| 得点王 | |
「黄金の中盤」を擁し世界中のサッカーファンを魅了したブラジル、同じく「シャンパン・フットボール」で魅了したフランス、若き天才ディエゴ・マラドーナが登場したアルゼンチンを押しのける形で優勝を手にしたのは大会前の評価はけっして高くなかったイタリアだった。大会前は選出に疑問の声があがり、大会序盤はノーゴールが続いて批判を浴びたパオロ・ロッシが終盤の3試合だけで6ゴールを奪う大活躍で一躍主役を掻っ攫い、40歳のGKディノ・ゾフを中心とした伝統の堅守をベースに史上最多タイの3度目の優勝を飾った。
初出場ながら健闘が光ったのがカメルーン、アルジェリアのアフリカ勢だった。特にアルジェリアは強豪西ドイツを破るという大金星を挙げ、あと一歩で1次リーグ突破というところまで迫り、後のアフリカ勢の躍進を予感させるものだった。また、1958年以来2度目の出場となった北アイルランドも開催国のスペインを破るサプライズを起こし、2次リーグまで勝ち進んでいる。ノーラン・ホワイトサイドの最年少出場もあり、記憶に残るチームと言えた。
白熱した好ゲームが続いた中で残念な出来事もあった。フランス戦でクウェートのファハド王子がピッチに乱入し、フランスのゴールが取り消された事件は大きな問題となった。また、西ドイツとオーストリアによる談合試合も問題となり、これを受けたFIFAは以降、グループリーグの最終節では同一グループの試合を同時時間に開催することを決めた。西ドイツは準決勝のフランス戦でもGKハラルト・シューマッハの悪質なファウルに対してイエローカードさえ提示されなかった事件が物議を醸している。
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関連項目
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