209系とは、JR東日本が開発・保有する直流通勤型電車である。
概要
価格半分・重さ半分・寿命半分
JR東日本が初めて新規開発した通勤形電車であり、さまざまな点で従来の電車と一線を画している。それは単に使われた技術が新しいというだけでなく、「13年前後を過ぎたら、廃車して置き換えても補修して使い続けてもコストがトントンになる」ように設計されている点が画期的だった。
国鉄時代の「とにかく頑丈に作り、ガタがきた箇所を補修して使う」という常識を「本当に必要なスペックで作り、寿命が来たらリサイクルする」というように、設計の考え方そのものを変えた電車だと言える。
ちなみになぜ13年なのかというと、鉄道車両の減価償却期間(帳簿上の価値が備忘価額の1円になるまでの年数、ただし平成19年3月31日までに取得した減価償却資産は購入価額の10%。ゆえに209系の投入当時は残存価額が10%残る時代であり、その後引き続き残り5%になるまでは償却できた)が13年と定められているため。要するに13年で価値が取得価額の10%になるんだから、その時までギリギリ持つような設計にしておいて、その時点でお金をかけて修理するか捨てるか選べるようにしておこう、という発想で209系は生まれた。
もうひとつの理由は、「13年後にもなれば、その間の技術革新により209系の内外装や使用機器が陳腐化し、209系そのものが時代遅れになっている可能性がある」と考えられたからなのである…が、実際は後述のとおりである。
試作編成と新製投入
1992年に試作車(901系。後の209系900番台、910番台、920番台)が3編成製作され試験を行った。通勤形電車の試作車は101系や201系などで前例があったものの、3編成も作られたのは前例がなく、JR東日本の込めた気合が感じられる。約1年間の試験の後、量産車(0番台)が京浜東北線と南武線に投入された。
その後、209系3000番台が八高線・川越線に、209系500番台が総武線各駅停車に、1000番台が常磐緩行線(東京メトロ千代田線直通)に投入された。本形式をベースとした兄弟形式としては、近郊形のE217系が横須賀線・総武線快速に、交直流電車のE501系が常磐線にそれぞれ投入されている。また、東京臨海高速鉄道りんかい線の70-000形にも当形式のシステムが採用されている(なお、2005年に6両がJR東日本に移籍し、中間車2両を新造した上で209系3100番台へと改造されている。)。
現状
先述の通り、耐用年数が過ぎた時点で使用を継続するか廃車とするか検討する予定であったが、結果的に後継車がキープコンセプトで造られていて陳腐化がさほど起こらなかったこともあり、結局補修して引き続き使用することとなった。このため、該当車両には、順次機器更新工事の施行が進められている。京浜東北線用の試作車と0番台は故障が頻発したため、新型のE233系への置き換えが進むと共に、機器を更新した上で他線区へ転用されたり、乗務員教習用車両や試験車両(MUE-Train)などへ改造されているほか、付随車を中心に廃車も発生している。
2020年10月現在、500番台が武蔵野線(中央・総武緩行線、京葉線から転属)と京葉線(京浜東北線から転属)で、1000番台が中央快速線(常磐緩行線から転属)にて活躍中。さらに0番台更新組の2000番台・2100番台が房総各線で、同じ機器更新組の2200番台が南武線を経て、房総地区のジョイフルトレインとして活躍中である。また、東京臨海高速鉄道70-000形を八高線向けに改造した3100番台、500番台を八高線向けに改造した3500番台も活躍中。
バリエーション
901系→209系900・910・920番台
JR東日本による次世代通勤電車の試作車として1992年に製造され、京浜東北線に投入された。車体構造や足回りの違いによりA編成、B編成、C編成の3本を用意して比較検討を行い、その成果は量産車の209系へと反映された。
量産車の209系の登場後は量産化改造により209系の900番台(元A編成)、910番台(元B編成)、そして920番台(元C編成)へと編入されたが、それでも量産車との違いも多く目立つ存在であった。量産車に組み入れられた6扉車も連結されていない。
試作車ゆえに特殊要素が多く老朽化も進んでいたため、2007年までに500番台に置き換えられ、量産車よりも一足先に全編成が廃車となった。トップナンバーのクハ209-901は東京総合車両センターに保存され、車番も901系のクハ901-1に復元されている。
0番台
1993年に登場した量産車。京浜東北線の103系を置き換えるべく大量に配備され、1998年までに全ての編成が出揃った。南武線にも2編成が投入されている。
初期車はドア開閉装置が空気式であったが、後期車は電気式となった。1996年からは京浜東北線の編成に6ドア車が組み込まれ、既に運用されていた編成にも組み換えで組み込まれている。
2007年より後継車両であるE233系への置換えが開始され、京浜東北線での運用は2010年に終了した。当初は全車廃車の予定であったが計画が変更され、多くの車両が機器類を更新の上で南武線や房総地区へと転属した。技術試験車の「MUE-Train」に改造された編成や、乗務員訓練車に改造された車両も存在する。
最終的に南武線で運行されていた車両が2015年3月に廃車回送されたことから、営業運転を行う0番台は消滅となった(房総地区は2000番台・2100番台に改造済みのため後述)。
3000番台
八高線の八王子駅~高麗川駅間の電化用として1996年に登場。川越線でも活躍しており、209系としては最短の4両編成を組んでいる。
0番台と基本仕様は同じだが、交換駅での長時間停車を考慮して半自動ドアボタンが設置された。3000番台となったのは、既に川越線で活躍していた103系3000番台の区分に合わせたためである。
その後209系3500番台、E231系3000番台の投入により八高線から撤退、廃車となり、3000番台は消滅となった(1本は機器更新を行い訓練車に改造)。
950番台
209系の次の世代を担う新系列電車の試作車。1998年より中央・総武緩行線での運行を開始した。
車体はE217系で採用された幅広車体となり、新しい列車運行情報システム「TIMS」やIGBT-VVVF制御装置など、数多くの先進的なシステムが取り入れられている。翌2000年には量産車としてE231系が登場し、この試作車もE231系900番台に改番編入された。
500番台
中央・総武線各駅停車の103系で老朽化による故障が相次いだため、950番台が量産化されるまでの早急の置き換え用として1998年と1999年に投入された。0番台の足回りと950番台の車体を組み合わせた形で、編成数も10両編成17本と少数派である。
新製配置後、数編成は怒涛の転属ラッシュとなった。大多数は登場以来一貫して中央・総武緩行線で走り続けていたが、2000年に2本がデジタルATC対応工事で編成数が不足していた京浜東北線へ転用。2005年に検査時の予備車確保のため1本が京浜東北線へ貸出(2006年に返却)。2007年に209系試作車を置き換えるため3本が京浜東北線へ転用。2009年に京浜東北線がE233系に置き換えられてからは4本が京葉線へ転用、1本が中央・総武線に戻った。その京葉線にも2011年にE233系が投入され、3本は武蔵野線へと活躍の場を移した(1本は京葉線に残存)。武蔵野線へ転用後しばらくはVVVF装置がGTOのままだったが、中央・総武線用500番台の転入する直前にIGBTに更新された(京葉線に残存している編成も更新済)。
その後山手線で活躍していたE231系500番台が中央・総武緩行線に転入することになり、残存していた編成は3500番台に改造された5本を除き武蔵野線へ転用された(3500番台は後述)。これらの編成は転用工事と同時にVVVF装置がIGBTに更新されている。
1000番台
常磐緩行線と地下鉄千代田線の増発に対応するため、1999年に10両編成2本が製造された。地下鉄乗り入れ用として先頭車前面に貫通扉が設置されており、電動車の数も増やされている。
2009年からE233系2000番台が投入され、203系と207系は引退したが、209系1000番台は置き換えられずに引き続き活躍を続けてきた。しかし、千代田線へのホームドア設置工事により、2018年10月をもって常磐緩行線系統から撤退。今後は、中央快速線のE233系にグリーン車・トイレ設置工事が行われている間のピンチヒッターとして、5年程度中央快速線系統で活躍する予定。
中央快速線への転用に際して帯色のオレンジバーミリオンへの変更、貫通扉の閉鎖等が行われたが、VVVF装置の更新はされていない。
3100番台
2005年に東京臨海高速鉄道りんかい線の全車両が10両編成化されることになり、編成の組み換えで70-000形の先頭車4両と中間車2両が余剰となった。これをJR東日本が買い取り209系に改造編入したグループである。
八高線・川越線に残る103系の置き換えを目的として、新規製造の中間車2両を組み込んだ4両編成2本が組成された。基本的な仕様こそ3000番台に準じているものの、車外・車内の随所にりんかい線時代の名残が見られる。
ここで新製された中間電動車ユニットは、209系全体でも最終増備車となっている。
2000番台・2100番台
房総地区に残る113系と211系を置き換えるため、京浜東北線から撤退した0番台を更新改造して登場。4両編成と6両編成が存在し、最長で10両編成の活躍が見られる。帯色は黄色と青色を合わせた房総地区標準色。
改造内容は非常に多く、VVVF制御装置をGTOからIGBTに変更、先頭車のセミクロスシート化、トイレの設置、行先表示器のLED化、スカートの交換、電気連結器の設置、その他諸々の改造が東日本各地の工場にて行われた。1編成の改造に2ヶ月かかる上に両数も多いことから(6連26本、4連42本の計324両)、改造待ちの0番台が東日本各地の車両基地に疎開留置されていた(直江津、高萩、青森など)。
2種類の番台が存在するのはドア開閉装置の仕組みが違うためで、2100番台が電気式(0番台後期車)、2000番台が空気式(0番台初期車)を採用している。2000番台は先頭車の数両のみで、残りは全て2100番台である。なお、川崎重工製の中間車は、車体構造の違いを考慮してか改造対象から外されている。
2021年のダイヤ改正でE131系が導入されたことにより、一部6両編成の4両編成化や廃車が進められている。余剰となった6両編成のうちC609編成は6両のまま、C601編成は2両を抜いて伊豆急行に譲渡された。C609編成も伊豆急行到着後4両に短縮され、2022年春より「3000系」として運行を開始する予定とのこである。
恐らく115系譲渡車の200系と同じくショートリリーフに終わりそうだが今後の活躍に期待したい。
2200番台
南武線の0番台初期車の置き換え用として、京浜東北線の0番台後期車を更新改造して登場した。機器類の更新と行先表示のLED化を実施した上で、2009年より活躍を始めている。
6両編成3本が存在しており、1本は0番台の置き換え、2本目は仙石線の103系を置き換える205系の捻出、3本目は横須賀線武蔵小杉駅の開業に伴う増発への対応として配備された。しかし、その後2本はE233系8000番台に置き換えられ廃車。最後の1本ナハ53編成は2017年2月にE233系8500番台に置き換えられ、南武線を追われたが、この編成を再改造して後述の房総地区サイクルトレイン専用車両「B.B.BASE」として生まれ変わった。
3500番台
八高線の205系3000番台、209系3000番台の置き換え用として、中央・総武線で使用していた500番台を更新改造して登場。4両編成に短縮し、VVVF装置をIGBTに更新、半自動ドアボタンの設置等が行われた。
500番台初期車5本(計20両)を改造し、2018年から運用を開始した。運用開始後、一部編成は前照灯がLEDに交換された。
八高線でのワンマン運転を実施するため、現在カメラ取付等の改造工事が進められている。
Mue-Train
在来線の技術革新を目的とした多目的試験車両として、京浜東北線の0番台を改造して2008年に登場した。MUE-trainの愛称は、MUltipurpose Experimental Train(多目的試験車)の略称に由来する。
7両編成1本が用意され、首都圏の在来線の各地で走行試験が行われた。2011年に中間のサハ1両が試験の終了により廃車となり、以降は6両編成での試験運転を実施中。
形式記号は普通車の「ハ」から試験車の「ヤ」に変わったが、車番はそのままである(例:クハ209-2→クヤ209-2)。
BOSO BICYCLE BASE
房総地区のサイクリング客を取り込むべく、千葉支社で実施していた「サイクルトレイン」の専用編成として、前述の南武線2200番台で最後まで残ったナハ53編成をベースに再改造されたもの。電車そのものをサイクリングの「基地」にしようという意味合いから命名された。
4号車はフリースペース、それ以外は大型テーブル付きボックスシートと自転車を縦置きで固定するサイクルラックを設置。床はビンディングシューズを履いたまま乗車出来るように、凸凹のついたゴム製に交換している。
形式と車番の詳細
形式一覧
分類
900・910・920番台
0番台
初期型
改良型
ドアエンジンを変更。これに伴い一部の機器構成が変化している。
3000番台
500番台
1000番台
3100番台
編入車
新製車
2000番台
2100番台
2200番台
3500番台
Mue-Train
950番台
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関連項目
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