ABC予想とは、AとBとCに関する予想である。
概要
ABC予想とは、数学のとある未解決問題である。1985年にジョゼフ・オステルレとデイヴィッド・マッサーにより提起された。
問題文は以下の通り。
a, b, cをa+b=cを満たす、互いに素な自然数とする。
abc=p1q1×p2q2×...×pnqn
と表される。ここで、
d=p1×p2×...×pn
と置く(dを根基という)。このとき、任意の正の実数εに対し、
c > d1+ε
となる(a, b, c)の組み合わせは有限個か。
(2,3,5)の場合、c=5, d=2×3×5=30なので、c < dである。
(1,8,9)の場合、c=9, d=1×2×3=6なので、 c > d である。
εが0の時にはabcの組み合わせは無限個あると知られている。しかし、そのような組み合わせは自然数全体からすると非常に少ない。
また、εが大きくなるに従い、その組み合わせの数はどんどん少なくなっていく。
この不等式の意味する要点をおおざっぱに言えば、「足し算した場合と掛け算した場合、どちらが大きくなりやすいですか?」ということである。足し算より掛け算の方が圧倒的に大きくなりやすいが、極々希に例外が紛れ込む。εはその「大きくなりやすさ」を表示するパラメーターである。
ABC予想は、εが0より少しでも大きいなら、そのような例外的組み合わせの数は有限個しかないのではないか?という予想である。より強く、ε≧1のとき、つまり c ≧ d2となる例外的組み合わせは存在しないという予想がある。これをよく「強いABC予想」と言う。
証明の難しさ
問題文自体は簡単であり、中学生でも理解できる。しかし、解決は非常に難しいことで知られている。
なぜ難しいかといえば、掛け算と足し算の間に法則らしい法則が殆どないためである。
強いて言えば、a, b, c が(1, 8, 9)のように、それぞれの素因数が少なく、指数が大きいパターンの時にc > d になりやすい。しかし、そのような場合はa+b=cとなる可能性が非常に低くなってしまう。逆に、a+b=cとなる互いに素な数は確率的に素因数が多くなりやすい。
一般的なことは何も言えず、与えられたパターンで実際に計算する以外に確実なことは何も言えない。しかし、自然数は無数にあるため、一つ一つ個別に検証して証明することはできない。
これは足し算的操作と掛け算的操作が全く無関係に動いているようで、一方で演算としての構造が非常に似ており、互いに極めて複雑に関わっている、つまり、それぞれが一見「明確な法則無く」好き勝手変化するものの「明確な法則」を見出す必要があり、両方をシステマティックかつ同時に扱うことが極めて困難であるということに起因する。
より分かりやすく言えば、足し算と掛け算は互いの演算の情報を殆ど引き継がないのだ。足し算部分あるいは掛け算部分だけを評価しようとしたらもう片方が現れず、同時に扱おうとすると足し算と掛け算の分離が困難であり、無理に分離しようとすると関係性が完全に破壊され検証ができなくなる。この複雑な絡み合いを、「尋常ならざる剛性」と呼ぶ。
数論の難問や未解決問題の多くは、掛け算して足したもの、足し算して掛けたものの性質を問う形式になっている。
例えば「ある素数に2を足したものは素数か?」という問い(双子素数問題)に答えるには与えられたパターンで実際に素因数分解をする必要がある。しかし、元の数の持つ素因数の構造を足し算が破壊してしまうため、全ての素数に共通する一般的な形式での変形ができない。このように、多くの問題で「尋常ならざる剛性」が解決を困難にしているのだ。
ABC予想の重要性
ABC予想が正しいならば、式変形や同値な形式の不等式により、数論の様々な問題を容易に証明、あるいは部分的に解決することができる。
仮に強いABC予想が正しい場合、かの有名なフェルマーの最終定理がn≧6の場合に正しいと簡単に証明される。n=3,4,5は早期に個別に証明されているので、これで証明終了となる。
cとdの不等式、つまり足し算の持つ性質と掛け算の持つ性質の無秩序さを強力な不等式で押さえることで、無限にあるパターンの大部分を一気に証明できてしまうのだ。
仮にABC予想(あるいは強いABC予想などのバリエーション)が正しかった場合、様々な数論の難問をあっさり解決できてしまうという事実が、「数論、代数学、あるいは数学という学問全体の根幹にかかわる何か重大な事実がABC予想の不等式として表面化しているのでは?」という期待を呼んだ。つまり、ABC予想は数学の核心に迫る予想であり、それを解明できれば数学が飛躍的に進歩する可能性を秘めているのである。
しかし、尋常ならざる剛性に阻まれ、どうやっても不等式を証明することができなかったのである。
宇宙際(うちゅうさい)タイヒミュラー理論
2012年頃、宇宙際タイヒミュラー理論(IUT理論)というものを使うことでABC予想が正しいと証明された、というニュースが報道された。その後も散発的に同じニュースが報道されている。論文の投稿者は京都大学の望月新一教授。
これは「ABC予想を解決するため宇宙際タイヒミュラー理論を作り上げた」のではなく、どちらかというと「宇宙際タイヒミュラー理論を構築した結果、副産物としてABC予想が自然と肯定的に解決された」という性格が強い様子。IUT理論全体を目立たせるためにセンセーショナルな部分(ABC予想解決)を強調した方が良いという策略があったらしい。
ABC予想に関与している宇宙際タイヒミュラー理論の結果は、「足し算と掛け算の環論的性質を、群論的手法を用いることである特別な「数」に落とし込み、不等式の形で緩く評価する」というものであり、まさにABC予想と同じ主張である。「IUT理論を正しいと認めた場合、ABC予想は定義からほぼ自明である」となってしまうのだ(というよりIUT理論の一部にABC予想と同じ構造が自然に組み込まれる)。
そして、その操作は単一の「数学の世界」では不可能で、無限に連なった「数学の世界」を構築し同時に大胆かつ慎重に、ある程度の緩さを保ちつつ緊密に連携させなければならないことが示されている。わかりやすく言えば、数論をはじめ、現状で知られている既存の数学の世界だけを用いているかぎりABC予想を解決することはできないとわかった、ということである。ここで言う「数学の世界」は宇宙(universe)と呼ばれしっかりと定義されている。普通は干渉し合わない宇宙同士を連携させる様子を、国際(International)にちなんで宇宙際(InterUniversal)と名付けられた。
つまり、「一つの宇宙では解決不可能だから、たくさんの宇宙を跨いで解決した」という、ドラゴンボールさながらのことをやってのけたとてつもない偉業なのだ。
IUT理論は宇宙と言う枠組みを支点として数学理論の構造自体を包括的に扱うメタ理論の一種であるが、対象となる既存の理論と整合する論理展開手法が多く含まれているらしく、数学の美しさが垣間見えるという。
しかし、IUT理論自体が極めて新奇性が強く、ただでさえ高度に抽象的な数学的概念をさらに発展させたような内容であった。知らない人にわかりやすい比喩を用いて解説すると「数の構造を壊さないように特殊なカプセルに入れて保護しながら宇宙間輸送する」「宇宙間通信により隣の宇宙から来たジグソーパズルの映像を拡大縮小して手持ちのピースと形式的に合わせる」などSF小説を語ってるようになってしまい、厳密に説明しようとすると前提となる知識が膨大かつ高度過ぎて数時間の講演では絶対に収まらない。また、「理解できる知識を持っている人でも、単純な勘違いのせいで理論の解釈を間違ってしまうと違和感から抜け出せなくなる」ということであり、その道の天才でさえ一筋縄ではいかないようである。
望月教授はSFじみた講演を数時間するのは無駄で、数人規模の対話形式で年単位でじっくり説明することが理解を深める唯一かつ最短の道であると考え、海外公演などをほぼ全て断っている。しかしその考えと裏腹に「理論を説明したがらない秘密主義者」だとか「日本語しかできないから日本から出たがらない偏屈者」という批判を呼ぶことになってしまった(望月教授はその正反対で英語が堪能かつ非常に活発で魅力的な人物である)。望月論文の殆どは定義の説明に費やされており、定理や証明らしい部分は数行で終わることが殆どだということも批判の種になっている。
公開当初は、時間的、能力的に投稿論文をまともに査読できる人はほぼおらず、様々な理由から慎重な学者達から懐疑の声が多く上がった。しかし、7年以上たった2020年4月になってようやく論文の査読完了が現実味を帯びてきた。
そして2021年3月4日、欧州数学会が発行する学術誌「PRIMS(プリムス)」電子版に掲載された。査読に関わった学者によると、IUTに関する批判は出尽くしており、反論も終わっているためこれ以上の議論は平行線をたどるだけだろう、後世の優秀な数学者がIUT理論をより洗練させていくことに期待したい、とのことである。
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