FH70とは、イギリス・ドイツ・イタリアの3か国によって開発された榴弾砲である。
概要
正式名称は『FieldHowitzer1970(1970年代式野戦榴弾砲)』であり開発決定は1963年、本格的に設計が纏まったのは1968年となり製造開始・配備はその10年後となった。
構造
FH70の最大の特徴は『牽引砲でありながら自走可能』である。
古来より野戦で使う大砲は自力で移動ができないため馬、時代が下がると車両(砲兵トラクター)に牽引される形で移動して発射に適した場所に展開するのだが牽引状態の場合、砲に牽引車両(馬)が付いている分長さがある為進入路や展開スペースに制約が生じる事から状況によっては多数の兵士が押し掛けする事になるが迅速性に欠ける上、兵士の体力負担も大きかった。
この問題を解決できるのが砲を車両に載せた『自走砲』だが製造・運用コストが高く数を揃えにくいのが難点だった。
そこで『小型エンジンを付けて短距離なら自走できる牽引砲』の構想が生まれたのである。
FH70は牽引・自走形態では全長10m弱、全高2.4m、全幅2.6m弱で砲身を載せた車体から湾曲した車輪付きの脚が一対で伸びた外観であり、牽引時は脚側を牽引車に接続して移動し、自走時には砲身側に付けられた操縦席で運転する形で砲尾を正面に向けて自走するがこの際の最高速度は20㎞/h程度で積載燃料も少なく操縦席は装甲どころか屋根もない為単体での長距離移動はできない。
射撃時は砲身部分を旋回させ砲架の車高を下げて底面に装着した底盤を接地させると共に脚を開いて先端の駐鋤も接地させて安定度を高めた上で砲身の仰角を上げる事で射撃体勢が完了する。
なお、長距離連続射撃限定ながら射撃の反動を利用した半自動装填機構が組み込まれている為最大で1分あたり6発の連続射撃が可能[1]とされているが現実にはそれ以下の射撃をした後に陣地転換が望ましいとされる。
なお、最大射程は通常装薬(発射用火薬)使用時で24㎞、ロケット推進式砲弾で30kmとなる。
運用
こうして開発されたFH70はドイツに200門弱、イタリア160門強、イギリス70門弱の順で配備され、配備部隊における訓練で炙り出された初期不良を解消しつつ運用が実施され続けたものの当初想定していた旧ソビエト連邦軍の侵攻は行われないまま次第に当初の運用国では予備保管を経て廃棄若しくは他国への輸出で減勢されていった。
取り分けその傾向に拍車をかけたのは2000年代から始まった中東での対テロ戦争、特にアフガニスタンでの戦いであった。
この地は山岳地帯のため道路を用いた機動よりヘリコプターで吊り下げる空中機動が重視され中型ヘリでも吊り下げられるM777や105㎜クラスの軽榴弾砲が重宝されたが単体でも9t程度の重量を持つFH70はこの運用には適していなかったのである[2]。
更に2020年代からは有人機や従来の対地ミサイルよりも低コストかつリアルタイムで目標を判断・攻撃が容易な攻撃ドローンが登場した事で自走可能とはいえ低速+非装甲のFH70は更に数を減らしている。
日本において
実はFH70を最も多く運用しているのは陸上自衛隊で最大480門を保有していた。
導入が決まった当時、陸上自衛隊では米軍式榴弾砲の更新、特に北海道以外の師団特科部隊に配備された
牽引式155㎜砲『M1』と105㎜砲『M2A1』を纏めて155㎜砲へ統一する形で更新することが確定していた事に加え欧米軍人と比較して体格に劣る自衛隊員の負担を軽減できるFH70は自走砲の次に最適だった事から殆どをライセンス生産の形で製造・配備した事により日本人にとって最も身近な大砲になったのである。
しかし、前述のとおり冷戦終了を経て正規軍対応よりゲリラ・コマンド部隊対応が重視された事により自衛隊が保有する榴弾砲(自走砲を含む)配備定数が削減された事もあり旧式化していたFH70も減勢されて従来配備されていた特科部隊[3]には『19式装輪自走155mmりゅう弾砲』が配備されることになる。
関連動画
関連リンク
関連項目
脚注
- *但し反動を利用できない一発目の装填はオール人力で行う(装填機構トラブルの場合も同様)
- *CH-47、CH-53なら空輸できるが許容量がギリギリである
- *北海道以外の特科部隊も師団から方面隊直隷の『特科連隊』に再編されている
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