GP2とは、
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概要
2005年に、前年まで開催されていた国際F3000選手権に代わるF1ドライバー育成の場として開始されたワンメイクレース。
歴史
2005年に初シーズンが開催される。設立の背景として、国際F3000末期のマシンはF1と比べてエンジンパワーや空力特性の差が大きく、F1へステップアップした選手はマシンへの適応に苦労するケースが多かった事情が挙げられる。したがってマシンの性能はよりF1に近づけられた。
当初はチャンピオンを獲得したニコ・ロズベルグやルイス・ハミルトンがF1で安定した成績を残し、設立時の目的が果たされていた(両者とものちに世界王者を獲得している)。日本人では中嶋一貴や小林可夢偉がF1シートを掴んだ。
しかし2012年以降はF1側の情勢の変化(コスト高騰に伴い、実力よりも資金を優先する傾向が強まった)に影響され、GP2を制覇してもすぐにレギュラーシートを得られない状況が続いていた。F1昇格後も当時の同格カテゴリであったフォーミュラ・ルノー3.5出身の選手に比べると結果が見劣りするケースが多く、ステップアップカテゴリとしての意義が薄まりつつあった。
2017年にFIAのカテゴリ再編の一環で「FIA F2選手権」と改称され、2016年限りでGP2の名は姿を消した。
選手権
メインシリーズの「GP2シリーズ」 とアジアを中心に開催される「GP2アジアシリーズ」が存在した。以下でそれぞれについて解説する。
GP2シリーズ
ヨーロッパを中心に開催される。F1のサポートレースとして開催される場合が多く、F1関係者へアピールする場として機能していた。
アジアシリーズの統合(後述)後はアジア圏での開催も行われている。
歴代チャンピオン
太字: F1参戦経験者
年 | 選手名 | 備考 |
---|---|---|
2005 | ニコ・ロズベルグ | |
2006 | ルイス・ハミルトン | |
2007 | ティモ・グロック | |
2008 | ジョルジオ・パンターノ | GP2以前のみF1参加歴あり(2004年) |
2009 | ニコ・ヒュルケンベルグ | |
2010 | パストール・マルドナド | |
2011 | ロマン・グロージャン | |
2012 | ダヴィデ・バルセッキ | |
2013 | ファビオ・ライマー | |
2014 | ジョリオン・パーマー | |
2015 | ストフェル・バンドーン | |
2016 | ピエール・ガスリー |
GP2アジアシリーズ
2008~11年に開催。アジア人ドライバーの育成を目的として新設され、東南アジアおよび中東を主戦場とした。開催時期は11月~翌年4月で、F1およびGP2メインシリーズのオフシーズンにおおむね合わせられていた。
シャシーはメインシリーズの型落ち品を流用し、エンジン出力(回転数)は抑えられている。
当初は各チームで最低一人のアジア人ドライバーの起用が義務付けられていたが、後に撤廃される。アジア圏出身のチャンピオンは4シーズンで1人(小林可夢偉)のみと、当初の目的を果たしているとは言えなかった。
シリーズ発足当初から続く世界的な景気低迷に加え、中東圏の情勢悪化の影響を受けて2011年初頭の2ラウンドがキャンセルされるなど、シリーズの存続が危ぶまれる。2011-12年シーズンは開催されず、メインシリーズへの統合が決定。アジアシリーズは終了した。
歴代チャンピオン
太字: F1参戦経験者
年 | 選手名 | 備考 |
---|---|---|
2008 | ロマン・グロージャン | |
2008-09 | 小林可夢偉 | |
2009-10 | ダヴィデ・バルセッキ | |
(2010-)2011 | ロマン・グロージャン | 2010年中のレースなし |
マシン
シャシー
2015年からはF1に倣い、オーバーテイク促進システムのDRS(ドラッグ・リダクション・システム)が採用された。
主に3年単位で世代交代が行われ、型落ちシャシーはアジアシリーズに転用されていた。
エンジン
メカクローム製の4L, V8自然吸気。最大600馬力を出力する。
Tips
関連動画
関連項目
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