T-90とは、ソ連(ロシア)が開発した第3世代主力戦車である。愛称は「ウラジーミル」。
ポンコツ戦車の代名詞となってしまったT-72の進化した姿である。
概要
T-72に、T-80の改良型であるT-80Uの技術を盛り込んだ。主砲はT-72と同じ125mm滑腔砲だが、対戦車ミサイルの発射が可能になっている。照準装置やセンサーも近代化され、ミサイル誘導のレーザーをキャッチすると自動的に妨害のための赤外線を照射する防御装置も備える。元々輸出を念頭に置いて開発されており、価格も安いので数カ国で1000輌以上が採用されている。[1]
T-90開発までの経緯1 ~T-72、運命の湾岸戦争~
時は1990年代、イラクのクウェート侵攻から始まった湾岸戦争のいわゆる「100時間地上戦」において、イラク陸軍の装備するソ連製戦車T-72は、イギリス・アメリカ連合軍のM1エイブラムス、チャレンジャー1との戦闘で虐殺とも言えるほど一方的に撃破されてしまった。当時、ソ連製兵器は安くて強い兵器として発展途上国を中心に世界中で使われていたが、湾岸戦争での惨敗によりその評価はガタ落ちになり、これ以降輸出市場での販売実績が大きく落ち込んでしまった。
また、ソ連崩壊後はT-72の上位機種であった人食い戦車T-64とT-80の戦車開発の拠点であったウクライナが独立してしまい、新規車両の調達やメンテナンスパーツの供給が不透明になったことも、開発要因の1つでもある。
この事態を挽回する為、ソ連崩壊後のロシア連邦は「西側第3世代戦車に対抗できて、尚且つ安い戦車を作れ!」と割と無茶な要求をウラル車両工場第520設計局に依頼し、そして開発されたのがこのT-90である。
T-90開発までの経緯2 ~T-72、惨敗の検証~
開発陣はまず、湾岸戦争において何故T-72が惨敗したのかを検証した。これにより以下の問題が判明した。
- T-72S”モンキーモデル”
当時、ソ連はイラクを始めとする東側諸国に兵器を輸出する際、ソ連本国仕様より意図的に性能を落とした、いわゆるモンキーモデルと言われる仕様の兵器を輸出していた。これは輸出相手が反乱をおこしても迅速に鎮圧できるよう意図されたものであったのだが、湾岸戦争ではこれが裏目に出てしまった。
輸出型であるT-72Sは、装甲が本来の複合装甲から均質圧延鋼板に変更されており防御力が大幅に低下していた。そのため、湾岸戦争では連合軍の120mm砲にバスバス撃ち抜かれ、さらにはIFVであるM2ブラッドレーの対戦車ミサイルTOWや25mm機関砲(!)にすら撃破されてしまった。さらに、主砲である125mm滑空砲の徹甲弾の材質は本来のタングステンから鋼鉄に変更されており、劣化ウラン装甲を備えるM1エイブラムスに全くダメージを与えることが出来なかった。まるで、ノモンハンの日本軍戦車部隊のようである。
まあ、本国仕様T-72の性能もM1エイブラムスの性能には到底及ばなかったのであるが…
- 貧弱なベトロニクス
また、搭載されているベトロニクスも西側第3世代戦車とは比べ物にならないほど劣っていた。
当時の西側第3世代戦車の標準装備であったレーザー測遠器は搭載されておらず、かわりにステレオ式測遠器が搭載されていたが、1.5km以上の射撃で命中弾は到底望めなかった。
また、西側の第3世代戦車は2~3km先まで見通す事が出来る赤外線暗視装置を実用化していたが、ソ連は電子産業が貧弱で実用化出来ていなかった。この為、夜戦においては視界外の敵から一方的に破壊されてしまった。
これを受け、それまでの東側諸国のドクトリンであった「量で質をカバーする」ドクトリンは、あまりに隔絶していては転化できないことが証明された為、この後ロシアは質の向上を目指すこととなった。
T-90の特徴 ~T-72より強く、T-80より安い!~
これら判明した問題点を受けてT-90は本国仕様のT-72Bをベースに開発が進められた。
開発においては安さと性能の両立が求められた為、既存の本国仕様T-72や上位機種であるT-80の装備が移植されており、コストの節約に一足買っている。
- T-80のベトロニクスを移植
T-72が装備していたポンコツFCSに代わって、ソ連本国の精鋭部隊向けの高性能戦車、T-80のFCSを移植。
これにより命中率が向上しており、走行中の射撃でも高い命中率を誇っている。
砲塔には自動装填装置と砲手用の1A43昼間射撃管制装置とTO1-KO1熱線映像装置を装備しているので、夜間でも1.2km~1.5kmの視界を得ることが可能である。
- 本国仕様と同じ複合装甲の採用
T-72Sの神紙装甲に代わり本国仕様の複合装甲を装備している。
この複合装甲は5層で構成されており、1997年アメリカ・ドイツ協同で行われた試験で、当時最新の120mmAPFSDS弾を用いても貫通する事ができなかったほどの防御力を誇っており、これにより防御力が飛躍的に向上している。
- 新型防御システムの採用
T-90では複合装甲に加え、新型の爆発反応装甲(ERA)「コンタクト5」とアクティブ防御システム「TShU-1-7シトーラ-1」が新たに装備されている。
コンタクト5は詳細は未だ不明だが、HEAT弾などの化学エネルギー弾のほかに徹甲弾などの運動エネルギー弾にも効果を発揮するという。 シトーラ(目隠し、カーテンの意)は赤外線ジャマー、レーザー警告システム、4つのレーザー検知装置で構成され、ミサイルのシーカー(誘導装置)に強力な赤外線照射を浴びせ、ミサイル自体を無力化してしまう独特のアクティブ防御システムである。これらにより、T-72本国仕様の防御力がさらに向上している。
- 主砲発射式対戦車ミサイル「9M119Mレフレクス」の採用
T-90ではT-80で採用された主砲対戦車ミサイル「9M119M レフレクス」の運用が可能となっている。
レフレクスは戦車から目標にレーザーを照射し、その反射を捉えてミサイルを誘導するセミアクティブレーザー方式を採用している。弾頭重量は17.2kgで砲弾より軽い。飛翔速度は約マッハ1強。射程は約5000m。RHA換算で750~800mm程度の装甲を貫通でき、ERAを装着した戦車にも効果を発揮し、 低空を飛行中のヘリコプターも攻撃することができる。30発もあればT-90もう一両買えちゃう値段だけどな!
- ってことはエンジンも……!
そこは残念ながらぶっちゃけ非力です。
元はT-72のエンジンの改良型。鬼戦車T-34から脈々と繋がるV型ディーゼルエンジンで信頼性こそバッチリなのだが、840馬力じゃ46,5tのT-90の心臓にはやや足りない。
最新量産型のT-90Aからは更に改良した1000馬力エンジンの搭載で解決したが、ほぼ同規模で1250馬力のT-80Uと比べるとやはり物足りない(44tの10式で1200馬力)。
- 安い、安い
大事な事なので二度言いました。
これら様々な装備を搭載したT-90であるが、お値段はなんと100~140万ドルで、同等の性能を持つT-80の約半分の値段となっている。ちなみに西側で同世代のM1/M1A1エイブラムスの本国調達価格は235~430万ドルであり、第3世代の中でも特段に安いのがお分かり頂けるだろう。性能は比べてはいけない。さらに既存のT-72からのアップグレードサービスも行われている。こちらの場合だとさらにお安くお買い求めになることができます!
T-90の評価と配備
T-90は、安価で堅牢なT-72のコンポーネントを利用してT-80並みの新型戦車として開発された優秀な第3世代主力戦車の一つであることは間違いない。 攻撃力、防暑力、機動性に関しても世界水準でありながら、極めて安価であるT-90は第3世代戦車としては申し分ない性能を有していると言っていいだろう。
強いて言うなら、同世代のM1エイブラムスと比べると、ロシアの伝統である小さな車体に押し込まれた多数の機器と低い車高、幅広の履帯などから、居住性能は比較的悪く、隠蔽率と引き換えに乗員への負担が大きくなっている。
元々輸出を主眼に開発されたT-90は、安く、そして高い性能を活かしてこれまでのT-72に代わって他国に対しても積極的な売りこみが行われている。その甲斐あって現在、契約段階も含めてインドを始めとする世界9ヵ国で採用されている。また、ロシアでは上位機種であったT-80がコストの高さと装備の複数化の弊害などを理由にロシアでの生産打ち切りが決定し、新型主力戦車として予定されたT-95の開発も中止された事により、ロシア連邦軍でも当面の主力戦車として採用配備される事が確定している。
今後、T-90は今までに輸出した旧式戦車を運用している第三世界の国々に輸出が拡大されるだろう。
しかし、ウクライナやチェコ、ポーランドなどの東欧諸国や旧ソ連の共和国がT-72やT-80をベースに西側技術を導入した独自の戦車を開発しているため、これらの戦車との激しい輸出競争が繰り広げられることが予想される。
T-90のバリエーション
国内型
T-90 / K
最初期型。当初はT-72BMと呼ばれていたが、エリツィン大統領が独自の名前に変えるよう指示した為、現在の名称が与えられた。K型は、指揮官向けに無線機と航法装置を強化したモデル。
T-90A / AK / A1
改良型。砲塔が、新型の複合装甲を備えた溶接式の「ウラジーミル砲塔」に換装されている。AKは指揮官向けに無線機などの指揮装備を充実させたモデル。
A1は、A型の現代化改修バージョンで、主砲に新型の55口径125mm滑腔砲2A46M-5、自動装填装置、燃料タンク、スモークディスチャージャーを搭載したモデル。
T-90M
2021年よりロシア陸軍に引き渡しが始まった最新型で、「Прорыв(プラルィヴ)」という愛称がある。
全周旋回可能な車長用サイト、新型の滑腔砲、自動装填装置、フランス製の新型FCS、1130馬力の新型エンジン「V-93」、新型のERA「レリークト」、12.7mm機関銃を装備したRWSなどを備えている。乗員用のエアコンも備えているとか。(陸自隊員「チッ……」) これらの改修により、車重がT-90Aから1.5t増加して48tになっている。
ちなみに、地味か改修だがトランスミッションがマニュアルからオートマに変更されている。えっ!?
なお、アメリカ戦車はM60の時点で既にオートマであった。(無論、マニュアルトランスミッションにもトルクの面などで利点はあるが)
2022年のロシア・ウクライナ戦争にも投入されており、撃破されたり鹵獲されたりしている。
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輸出型
T-90E
T-90の輸出仕様。アクティブ防御システム「TShU-1-7シュトーラ-1」は搭載されていない。
T-90S / SK
T-90Aのインド輸出型。「T-90C」と表記されることがあるがこれは間違い(キリル語の「S」表記が、アルファベットの「C」と瓜二つな為)。輸出仕様のE型と違って、「TShU-1-7シュトーラ-1」が搭載されている。
また、指揮官向けに無線機と航法装置を強化したT-90SKも開発されている。
T-90S「ビシューマ」 / SKA
インドでライセンス生産されたT-90S。熱線暗視装置やレーザー検知装置、消火システムなどを、フランスのタレス社やウクライナのペレングス社製のものに換装している。作動中は赤外線が垂れ流しになる事を懸念してか、「TShU-1-7シュトーラ-1」は搭載していない。代わりにアクティブ防御システムを搭載しているとか。
T-90の派生型
BREM-72(WZT-3)
T-90(またはT-72)を基に開発された装甲回収車。
ウインチ、クレーン、ドーザーブレードを備える。クレーンは5.8~8mまで伸ばす事ができ、重量15tまで吊り下げることができる。また、損傷した味方戦車を修理する為の溶接・切断装置を備えている。
MTU-90
T-90(またはT-72)を基に開発された、ロシア連邦軍の最新架橋戦車。
架橋方式はシザース式。3つに分割された26mの橋を架けることができる。
IMR-3
T-90(またはT-72)を基に開発された戦闘工兵車。
ショベルカーのようなショベルアームを備えたものと、バケットローダーのような大きなバケットを備えた2種類のタイプがある模様。ドーザーブレード、マインプラウ、シャベル(バケット)アームを備える。
BMR-3
T-90(またはT-72)を基に開発された地雷処理戦車。
砲塔を取り外した車体に、地雷処理ローラとマインプラウを取り付けたもの。
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関連項目
脚注
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