商標トロール、あるいはトレードマーク・トロール(英:Trademark Troll)とは、商標を自身で使う意図がないにも関わらず取得し、その商標を実際に使いたいと考える人に対して売りつけたり、使用料や賠償金を請求する行為。「商標ゴロ」や「商標マフィア」と呼ぶこともある。
概要
トロール(トロル)とは、毛むくじゃらの人型の怪物で、ノルウェーの童話『三びきのやぎのがらがらどん (De tre bukkene Bruse)』に登場するトロールは橋を渡ろうとするものを脅していた。もちろん、その橋はトロールがかけたものなんかではない。
ここから類推する形で、「何かを使いたいと考える人に対してそれを先回りして取得し、儲けようとする行為」を指してトロールと呼ぶようになった。一番古典的な用法は「パテント・トロール(特許トロール)」であり、インテル社の副会長兼副顧問(当時)だったピーター・デトキンが、自身の娘が好きだった先述の絵本『三びきのやぎのがらがらどん』に因んでトロールの人形を彼の机においたのを見て、この用法を産み出したという[1]。他にも、「コピーライト・トロール(著作権トロール)」の用法が知られている。
商標トロールも同様で、流行り言葉や一般的な名称に近い言葉を商標出願し、その商標を使いたいと考える人に対してライセンス料を請求したり、売りつける行為である。このような行為は当然、その商標を使いたいと考える人からすると実際に商売していないにも関わらず支払いを強制されることになるので、その商売を諦める要因にもなりうる(その支払をしてもなお十分に利益が出るかを考えなくてはいけないため損益分岐点が上がる)。また、商標権などの知的財産権は、価値を創出した者に独占的な権利を認めることで、「よーし、もっといいものを作るぞ」と新たな価値創造のインセンティブを与えるためにあるので、商標トロールの存在はこの意図に反する。
使いたい商標が他人に登録されたらどうするの?
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一応、商標トロールに先んじて商標を取られた場合でも、まったく打つ手がない訳では無い。そもそも商標法は著名な他社の商標と類似する、あるいは他社の業務と混同を招くような商標の登録を禁じているし、明らかに使わないであろう商標の登録も認められていない。
また、仮にそれが通ってしまったとしても、もともとその商標を使っていることが明らかな場合は「先使用権」といってその後も商標を使用することが認められるケースも有る。また、商標使用実態がない場合には商標登録取消審判を請求することも出来る。
ただそうはいってもこの取消審判、かなり多額のカネがかかる。また、「先使用権」も実際にその役務が先に行われていて、それが立証できないといけないうえ、商標をもつ実体でないため製品に関しては仕様変更を行えない(あるいは行った場合は商標を使用できなくなる)などので実は意外と落とし穴がある。また商標出願中も警告が出来るので、はなから通らないのを知っていて、それでも係争を避けたがるような相手に「商標で騒ぎを起こしたくないなら買えよ」と圧力をかけることも可能[2]。
むしろこういう点で面倒だから支払ってしまう事例があり、商標トロールは美味しい商売として成立するともいえよう。
抑えておきたい商標トロール事件
ベストライセンス社による商標大量出願
日本において最も知名度のある商標トロールといえば、ベストライセンス社であろう。同社は上田育弘氏によって2014年に設立された企業で、2022年現在まで絶えず大量の商標出願を行っている。2017年に話題になった「PPAP」の出願をはじめ、「じぇじぇ」「民進党」などとにかくその年に流行った言葉はだいたい出願しており、また登録が認められなかった場合でも同じ商標をもう一度出願することは止められていないため出願を繰り返す。これにより、使いたいサイドが時間と費用対効果からベストライセンス社から商標を買い受けているケースもあるらしく、結果として現在に至るまでベストライセンス社は存続している。知財を扱う法律事務所ではベストライセンス社の名を知らぬものはモグリ扱いされるほど知名度の高い企業であるらしく、特許庁からも「自らの商標を他人に商標登録出願されている皆様へ(ご注意)」とのアナウンスが行われている。なお、ベストライセンス社による出願の一覧は、Twitterの商標速報bot(@trademark_bot)から暖簾分けされた大量出願者専用アカウント(@trademark_bot4S)にて確認することができる。
「阪神優勝」
2002年2月に、千葉県の男性が「阪神優勝」という商標を登録していたことが2003年に明らかになり、話題となった。阪神タイガースはこれについて「なんでや!阪神関係ないやろ!」と商標登録無効を求めた審判を請求した。被請求人(登録者)サイドは「阪神は大阪と神戸を指す略称であり、阪神タイガースとは関係がない(すっとぼけ)」と回答したものの、「本邦で野球に関心を持つ者が多いのは周知の事実であり、阪神はプロ野球球団として人気のある球団である」として商標取り消しが行われた。
「東方プロジェクト」「上海アリス幻樂団」
2011年3月に、カネコトレーディング代表の金子浩二氏により「東方プロジェクト」と「上海アリス幻樂団」の商標が出願されていたことが2011年5月に明らかになった。このカネコトレーディングは自身が運営する東京タワー内の売店で、自社製品とともに(何故か)ホワイトキャンバス専売アイテム[3]を販売していたこともあり、かつカネコトレーディングの業務上東方はあまり関係がないため、当時上海アリス幻樂団と揉めていたホワイトキャンバスの代理で出願したのではないかと噂された。なお現在は東方Project原作者のZUN氏がこの2つの商標を取得している。
「ゆっくり茶番劇」
2022年5月、Youtuber柚葉が「ゆっくり茶番劇」を商標登録したことを発表。あわせてその使用のガイドラインを発表し、使用にあたって毎年10万円を請求したことで話題となった。柚葉は「ゆっくり茶番劇」の創始者でもなければ、ゆっくりの元ネタにも関与しておらず、音声合成ソフトについてもその開発・販売に関わる者でもないため、あからさまな商標トロール行為である。詳細は『ゆっくり茶番劇商標登録問題』および『柚葉(YouTuber)』を参照のこと。
参考:商標トロールではない事例
以下の事件も商標トロールという内容が出てくると例として挙げられる事が多いためセットでまとめているが、以下のケースに関してはむしろ「使用しようとしていた」ために商標出願したケースであり(無論、他社のアイディアで商売しようというのは褒められたものではないが)、商標トロールとは毛色の異なる話であることに留意されたい。とはいえ、本来それを利用したい人間にとっては商標トロールと変わらない。
「ギコ猫」・「のまネコ」
玩具メーカーのタカラ(現:タカラトミー)が2002年3月に2chのAAキャラクター「ギコ猫」を商標出願しようとした。しかし、2ch上で炎上してしまい、ひろゆきがタカラに質問状を送ったことで、2002年6月に申請取り下げを行っている。
ギコ猫事件と双璧をなすのがのまネコ事件である。2005年、ルーマニアのO-Zoneの楽曲『Dragostea Din Tei (恋のマイアヒ)』がブレイクした。この曲がブレイクした要因のひとつに、本楽曲の空耳を扱ったFlash動画が挙げられる。avexは本Flash作者に了解を取った上でオフィシャルPVを作成した。こののち、このFlashに登場するモナーを改変した猫キャラクターを「のまネコ」として商用利用したことでやはり2chが反発。最終的にはavexが商用利用を放棄する形になった。
ギコ猫・のまネコ双方に言えることだが、タカラ・avexはむしろ商売上逆にパチモノを作られたり、第三者に商標出願されて多額のライセンス料を支払うことを恐れて商標出願をしたものである。とはいえ、タカラもavexもAA作者当人ではないため、「他者の作ったもので金稼ぎをするのか」「他者の使用に制限をかけるのか」という意味合いでの炎上である。
株式会社マリカー(現:MARIモビリティ開発)
株式会社マリカー(現:MARIモビリティ開発)は公道カートの運営と小型車両用部品の開発を行う企業である。このうち公道カートでは当初マリオシリーズのキャラクターのコスチュームを貸し出していた。こうなると、株式会社『マリカー』のマリカーってマリオカートの略なのではと思うだろうが、なんと株式会社マリカーサイドは自社登録商標としてマリカーを出願しており、その上で公道カートを運営していた、つまり誤認させていたということもあり不正競争防止法に引っかかるのではないかとして任天堂より2017年に訴訟を起こされたのである。
マリカーの商標もまた、ギコ猫やのまネコのように利用を目的としていたため商標トロールではない。しかし、天下の任天堂法務部を相手に「マリカーはマリオカートとは無関係です!」なんて屁理屈が通用するわけもなく、商標取り消し、及び損害賠償請求が認められた。MARIモビリティ開発は強気を崩さなかった結果ボロボロに敗訴したわけである。なお任天堂はこの時期知財関係でコロプラとの長期の特許訴訟も起きていたが、こちらはコロプラが和解金を任天堂に支払い、任天堂が訴訟を取り下げている。MARIモビリティ開発も意地を張らなければ良かった気がしないでもない[4]。
関連リンク
関連項目
脚注
- *なお、デトキンはその後、なんの因果かインテレクチュアル・ベンチャーズというパテント・トロール企業の起業に関わることになる。
- *出願中の商標も他者に譲渡できる。
- *カネコトレーディングはホワイトキャンバスと無関係の企業なので、そこで専売アイテムを販売していたら専売ではなくなる。
- *コロプラも時間稼ぎを行っており、2度も任天堂から賠償金を釣り上げられているが。
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