会津

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123 ななしのよっしん
2019/12/21(土) 18:44:53 ID: grYEWtEBzv
会津戦争の話は現地の人より外部の人が論争を繰り広げてるイメージがある
124 ななしのよっしん
2020/02/10(月) 19:50:56 ID: wj1wd7We1P
ロマン感じるぜ
125 ななしのよっしん
2020/04/12(日) 08:06:28 ID: E1fNI0Pk+F
蘆名盛氏
蘆名盛隆
126 ななしのよっしん
2020/04/18(土) 19:31:43 ID: 3ccbjBU9PX
羽は一丸となってというのも大嫌いで、秋田津軽の立場はどうなんだとか、仙台に攻められて占領された下手渡は存在しなかったかのような扱い
127 ななしのよっしん
2020/07/05(日) 12:57:50 ID: bYP/4+VcQU
被害ビジネス
128 ななしのよっしん
2020/09/06(日) 08:22:26 ID: aSRAxpA9gd
>>118
なんか幕末から明治にかけて日本で起きてる
長州(または後の山口)でも色々起きてる
129 ななしのよっしん
2020/09/11(金) 22:39:54 ID: rN/VQTmh8V
>>118
そもそも会津領民にとって、較的新しい時代に来た会津士はよそ者だったのでは?
鎌倉時代から守護だった薩摩島津や、関ヶ原の減封処分で2/3以上の武士を帰農させた長州毛利とは、領民士の距離感が違いそう
130 ななしのよっしん
2020/09/15(火) 20:03:41 ID: USX0ey90fZ
悲惨な話が立つ会津士と領民たちの関係だけど、白虎隊隊士の生き残りである酒井峰治は
農民の友達着せてもらってに匿われて助かったんだよね。彼(または彼の)は時から
ちゃんと領民と接していたんだろうか。
131 ななしのよっしん
2020/11/26(木) 02:01:19 ID: aSRAxpA9gd
会津にはの近くに御園っていう歴史のある所有の施設があって戊辰戦争の時に明治政府が没収したけど、明治になって会津の地元の商人たちが寄付を集めてその御園を明治政府から買い取って容保に献上してる
明治になっても容保を慕ってた会津領民もいたってことだね


>>120
>会津の攻防戦で、官軍勝利の決め手になったのが石筵村の住民による案内だし、地元の領民=味方というわけではないわな。

どうせ報隊と同じように官軍側が会津領民たちに「自分たちに協したら年貢を半減してやる」とかいう約束したとかじゃないの?
132 ななしのよっしん
2020/11/28(土) 03:04:05 ID: LQL6sroXaa
自分たちの思想や歴史観をさも真実かのようにるのに
会津を利用する一部の人達がいるのが不快
133 ななしのよっしん
2020/12/13(日) 21:24:55 ID: USX0ey90fZ
年貢軽減などのは騙されたどころか会津世直し一で旧会津の役人や明治政府から
勝ち取ってるんだけどね。会津領民
134 ななしのよっしん
2021/01/09(土) 05:38:38 ID: aSRAxpA9gd
政府軍に協すれば年貢を軽減してくれると約束されて協したら新政府側が全然約束を守らないで年貢が全然軽くならないから、仕方なく自分たちで一起こしてやっと新政府に年貢を軽くさせたって事じゃないの?
135 ななしのよっしん
2021/01/21(木) 23:19:24 ID: lvm1MfN/KB
石筵村の住民が官軍に協したのは、地元の村を焼き払った会津への反感が原因だぞ
会津寄りの『会津-戊辰戦争最大の悲劇-中新書』ですら、会津行動に原因があるふうに書かれてる

そもそも新政府は、会津戦争より前の段階で年貢半減を撤回しており、それ以降は年貢半減など宣言していない
ただし、戦災に対する保障と言う形で、一時的な年貢免除などは行われていた
ヤーヤー一が発生したのも、会津時代の支配体制が継続される事に領民が反対したのが原因
会津若松史』に書かれている一の要は、郷頭などの変更(の役人の排除)、会津が作成した検地帳・年貢、労役や規制の撤など、従来の支配体制を断ち切る事がメイン
136 ななしのよっしん
2021/01/27(水) 03:46:25 ID: 1z1Fsm+JwC
>>132
ニコ百なんてこんな場末のスレにも会津史観を聞きって会津=善、新政府=悪みたいな単純な二項対立に持っていきたいだけのやつが定期的に現れるね
aSRAxpA9gdが出まかせや思い込みを述べて新政府を悪者にしようとする度に、>>133>>135みたいな他住民に論破されてて草生える
137 ななしのよっしん
2021/02/02(火) 14:53:52 ID: aSRAxpA9gd
>>135
>石筵村の住民が官軍に協したのは、地元の村を焼き払った会津への反感が原因だぞ
村に火をつけたのは村人に危を加えたり略奪するためじゃなくて、村の建物が官軍に利用されないようにするためだろ。
会津領の入り口の村で官軍を潰したいけど、その村から農民を避難させても民家などの建物が残ってたら、その民家に官軍の狙撃兵が潜り込んでそこから会津兵を狙い撃ちにしてくるから、敵の隠れ場所を消去するためにしょうがなく建物を燃やしたんだろ。

幕臣たちが考えてた江戸焦土作戦案と同じ。
幕臣たちも江戸の民衆たちを江戸から避難させた後に江戸に火をつけて官軍を迎え撃とうとしてた。
なぜ建物に火をつけるかというと敵の官軍の兵たちの隠れ場所・潜入場所を消去するためだよ。
会津兵が会津の農民たち残虐行為をしたみたいに印操作するな。

ちなみに会津軍側も村落のある地でこの戦い方しても効果が薄いことに気付いて、会津戦争中盤以降は山間に官軍をおびき寄せて集中攻撃するゲリラ戦に移行していった。
会津佐川兵衛揮してたゲリラ部隊には地元の会津領民たちが協してた。
138 ななしのよっしん
2021/02/04(木) 18:47:08 ID: aSRAxpA9gd
>>135
>そもそも新政府は、会津戦争より前の段階で年貢半減を撤回しており、それ以降は年貢半減など宣言していない
報隊は新政府が年貢半減を撤回した後も勝手にを触れ回ってた。他の官軍の兵たちが同じように勝手にをついて会津領民たちを騙してもおかしくない。

会津の世直し一についてもっと詳しく調べてきたけど、一の時の会津領民たちの要は「年貢を税にすること」だった。
この一会津領民たちが新政府に「年貢を税にする」ように要してきたのは、の時に官軍から「自分たちに協したら年貢を税にしてやる」と約束されたからじゃないのか?
そして官軍に協したのに会津が落した後も全然年貢が税にされないから、会津の農民たちが「約束が違う」と一を起こしたんじゃないのか。

山方面では、一の時に新政府側が「の戦火で被災した農民たちは税または半税にしてやる」としだして、それでその土地の農民側も妥協したけど、それから一が沈静化して新政府の役人たちが会津全に支配し始めると、すぐに会津の全領民に年貢の全納入をく済ますように命じ始めたんだよ。
これは全に会津領民たちが新政府に騙されたってことだよね。

その後もさらに地租正で土地に重税をかけられたり徴兵で農民たちから兵を出さなければいけなくなって、会津領民たちの新政府への反感がどんどん強くなっていった。
139 ななしのよっしん
2021/02/05(金) 20:22:32 ID: lvm1MfN/KB
民家に官軍の狙撃兵が潜り込んでそこから会津兵を狙い撃ちにしてくるから、敵の隠れ場所を消去するためにしょうがなく建物を燃やしたんだろ。

それこそ会津の都合だろ?
そりゃあ焼き払った側からすれば「しょうがなく」かもしれないが、焼かれた側からすれば「ふざけるな!」になるに決まってる
理由が何であれ、それで会津が石筵村の々を焼いて住民たちの反感を買ったのが事実なのに「印操作するな」とかワケわからんよ
感情論を抜きにしても会津の悪手でしかない
ちなみに、これが官軍に案内した石筵村の書状だ(中新書奥羽越列藩同盟」)

私居村の儀は会津通路に付、去中、仙台、二本相馬会津御征伐御繰込のより人継立差配仕、其後ご反征の際より会仙の賊軍繰込、往来共不引切、人被召遣、私始め村中一同必死難渋罷在中、不計も八月一日、会兵に放火被致、五十三軒の村残らず焼亡
私儀も八月二十日、二本表御発御教導、引続若松表御闘戦中、丸飛行の中を潜り露を犯、飢渇をぎ、実に身命不顧、日数五十余日、御用筋相勤、漸々十月三日帰宅、右の通有に取調差上申、以上
明治九月
140 ななしのよっしん
2021/02/05(金) 20:39:04 ID: lvm1MfN/KB
報隊は新政府が年貢半減を撤回した後も勝手にを触れ回ってた。他の官軍の兵たちが同じように勝手にをついて会津領民たちを騙してもおかしくない。
>官軍に協したのに会津が落した後も全然年貢が税にされないから、会津の農民たちが「約束が違う」と一を起こしたんじゃないのか。
山方面では、一の時に新政府側が「の戦火で被災した農民たちは税または半税にしてやる」としだして、それでその土地の農民側も妥協したけど、それから一が沈静化して新政府の役人たちが会津全に支配し始めると、すぐに会津の全領民に年貢の全納入をく済ますように命じ始めたんだよ。

だから戦災に対する補償で一時的な年貢免除って書いただろ
しかも官軍が山に対して免税を言い出したのは一が沈静化してからの話で、戦争とは関係だ
それぐらい調べたんだろ?
報隊はを触れ回ったから命違反で処罰されたのに、他の諸も同じ事やってたら問題行為で資料に残る
領民が協したのは官軍による年貢免除に釣られたからで、一の理由も官軍が約束を違えたから』
したいなら、それが書かれてる資料を探して説明すればいい
141 ななしのよっしん
2021/03/09(火) 01:13:01 ID: aSRAxpA9gd
>>139
>理由が何であれ、それで会津が石筵村の々を焼いて住民たちの反感を買ったのが事実なのに「印操作するな」とかワケわからんよ

農民に危を加える的で火をつけるのと建物が邪魔だから火をつけるのは全然意味が違うよ
会津兵たちが虐殺的で農家に火をつけた」みたいにるのは明らかに印操作だね


>>140
>だから戦災に対する補償で一時的な年貢免除って書いただろ
側は「3年間半税」とかを要したけど、新政府の役人たちは会津の一が沈静化し始めてすぐに1868年12月会津全体に年貢の皆済を命じ始めたんだよ

142 ななしのよっしん
2021/03/14(日) 14:21:15 ID: lvm1MfN/KB
>>141
>農民に危を加える的で火をつけるのと建物が邪魔だから火をつけるのは全然意味が違うよ
>「会津兵たちが虐殺的で農家に火をつけた」みたいにるのは明らかに印操作だね

が「会津兵が虐殺的で火をつけた」なんて書いたんだ?
こっちは「焼き払った」としか書いてないんだが? 焼き払ったのは事実だろ?
ちなみに『危』という言葉は、他人の財産を損なわせる危険という意味もあるので、住人のを焼いた会津は間違いなく農民たちに危を加えている

>一側は「3年間半税」とかを要したけど、新政府の役人たちは会津の一が沈静化し始めてすぐに1868年12月会津全体に年貢の皆済を命じ始めたんだよ

1868年12月(明治元年10月)の時点で、会津の世直し一はまったく沈静化してないんだが?
資料にもよるが沈静化したのは最低でも1869年1月(明治元年12月)だぞ?
そもそも3年間も半税なんて通るわけがないし、その要が書かれている資料に「1868年12月(明治元年10月)の時点で一が沈静化し始めた」とか「官軍が戦争を条件に免税を約束してくれた」なんて書いてあったのか?
143 ななしのよっしん
2021/03/18(木) 10:37:14 ID: 1z1Fsm+JwC
>>138
> の時に官軍から「自分たちに協したら年貢を税にしてやる」と約束されたからじゃないのか?

じゃあそういった約束が出たってソース出せよ調べたんだろ?
出さなかったらウソ認定する
aSRAxpA9gd朝鮮人並みの歴史修正主義者
144 ななしのよっしん
2021/05/09(日) 14:31:01 ID: h7CQdP25fu
>>141
どんな意味や的があろうが、焼き出された側にとっちゃそれが全てだろ
どうして沖縄や旧植民地は「あんなに守ってやった」旧日本軍を悪し様に言い続けるんだって話
保守ならまだしもリベラルでそこに思い至れないならにヤバいで

日本人で考えると私情が入るというならアレだ、アステカの滅亡過程でも考えてみればいい
圧政を受けてきた領民達は、得体の知れないスペイン人にすら縋るんだよ。それが歴史の常だ
それとその後の支配がクソかどうかは全く別個の問題だ