司馬懿

451 ななしのよっしん
2019/05/12(日) 19:15:14 ID: IWg1tdCo/v
曹操司馬懿も本当は位に着きたかったんだろうが、在命中は外も内も敵だらけだからあえて形だけでも謙遜したんだろう……。
452 ななしのよっしん
2019/05/12(日) 19:23:31 ID: ehr0r4qkj6
>>451
曹操はともかく司馬懿位に着ける状況だったのかは疑問だが…
司馬昭なら曹髦殺の一件で位に着けなくなったが、司馬懿の場合は精々、政敵の曹爽を排除したくらいだし
453 ななしのよっしん
2019/05/19(日) 00:56:01 ID: jcHtGPYar4
と言うか司馬昭皇帝暗殺の一件を、賈充さえ処罰できずに
実行犯に全て押し付けたの司馬懿が見たら激怒しそうだな。
司馬昭の子孫が孫の代で根絶やしになったのはお前のせいとか言いそう
454 ななしのよっしん
2019/05/21(火) 03:15:58 ID: mdoJDm/P1H
>>444
➀『先に司馬懿を太傅という名誉職に上げて、事実上更迭したのは曹爽』。太尉から太傅に移されてはいるが、「其以太尉為太傅、持節統兵都督諸軍事如故。」と書いてある通り、持節も以前通りで軍事揮権もそのまま残されてる。息子司馬師も中護軍として軍中枢の重職に据え置かれており、排除されてすらない。

②『司馬懿達に反対されてもへの遠征を強行して負けたのも曹爽』。これについては事実だが、これは曹一族で曹爽だけが行ったわけではないし、伐ならず伐に関しては司馬が専横しはじめてからも度々行われているがどは失敗している。

③『君である曹芳を蔑ろにして、政務おっぽって色に耽ったのも曹爽』。食を贅沢に楽しんだという記述はあるが、曹芳を蔑ろにしたとか、政務を放り出したという記述はい。いくつか記述されている乱暴藉の類も陳寿の執筆していた状況(曹髦殺事件すらも直筆できない)を鑑みれば信憑性は低い。
455 ななしのよっしん
2019/05/21(火) 03:45:30 ID: mdoJDm/P1H
>>444
④『曹芳が司馬師を除こうとして失敗した後も、処刑せず皇帝から王に降格させただけ』。➀と同様にこれもダウト。曹芳は司馬師排除には関係。李豊張緝司馬を排除して侯玄を据えることで権を曹に戻そうとしたというのが事件のあらまし。

李豊らがこのような謀を行う程に司馬の専横が酷かったということであり、実際これといった理由もく(しかも兵を準備しているという脅しまでして)曹芳を位しており、叔父司馬をはじめとした多くの群臣がを流して嘆くような有り様だった。

やっていること自体は董卓と同レベルであり、挙句の果てには、より自身らにとって都合の良い彭王を擁立しようとするも皇太后の反抗を抑えきれず、曹芳よりはるか厄介な曹髦を招き入れることになるというオチまでつく。
456 ななしのよっしん
2019/05/27(月) 16:00:47 ID: AedskooxIY
司馬懿は忠臣じゃないかな
ただし人にではなくというシステムに対してだろうけど
のために尽くすがの為にならないは切り捨てる
だから曹三代までは重用され、その後の曹を蔑ろにした
そしてこの考え方はもはや君と言っていい
曹操曹丕の評は正しかったといえる
457 ななしのよっしん
2019/05/28(火) 06:59:22 ID: tpmoPR9z2U
忠臣問題については、数十レスに渡り、色んな人が色んな理屈を書いたけど、

「忠臣と言えるのかどうか?」とか
「仲達本人に簒奪の意思はあったのか?」
とかは実は本質的な問題ではなくて、

「こんながいたらが滅ぶ」
と、後世の人が気づいたから、
「湧いてこないよう注意喚起してる」
というのが仲達評価の本題だと思うよたぶん
458 ななしのよっしん
2019/06/01(土) 03:09:09 ID: mdoJDm/P1H
>>456
共和制や立君主制国家なら、それは忠臣と言える在り方かもしれないが、専制君主制の統一王国家においてはに忠心がく、臣下としての領分を逸脱してしまうような人物は忠臣とは言えんよ。

以前も書いたことだが、晏嬰の様に『社稷の臣』となるつもりだったのなら、諸葛亮や王導の様にするべきだった。

日本で言えば家康がよく似てるが、有者と婚姻関係を多く結んだりして自閥を作った挙句、息子に権をそっくり譲り渡す行為は忠臣とは程遠い。

オマケに九品官人法に州大中正を加えたことで、ボンクラでも自分達と仲のいい有氏族の子なら高官に成れるようにお立てしてしまったわけだから、というシステムに対しても忠臣とは言い難い。
459 ななしのよっしん
2019/06/02(日) 02:46:30 ID: zsMmY6OcIR
>>454
曹爽が謀反を計画してると当を取り調べて自させたらしいがホントかね?
460 ななしのよっしん
2019/06/04(火) 01:02:04 ID: mdoJDm/P1H
>>459
正史に記述はありますが、まず間違いなくでっちあげでしょうね。司馬懿らが事を起こした僅か二か後に謀反を起こす予定だったというのは、あまりに出来過ぎた言です。

そもそも謀反を起こそうとするなら、(司馬がそうしたように)名士・族層らの支持を得ることが最大のポイントですが、むしろ曹爽皇室に権を取り戻すために名士・族層らと徐々に対立するを選んでいます。

また最大の対立補である司馬子とその取り巻き達を粛清していないことは論、彼らから軍事権の剥奪すらしていませんし、司馬一族のクーデターの際もその気になればいくらでも対抗できたにも拘らず、内乱になることを恐れたのかあっさり降伏しています。もし謀反を企んでいたのであれば降伏=死となるため、まず降伏はできません。

専横していたというだけでは誅殺するだけの名分がありませんから、司馬子としては曹爽らが謀反を企んでいたということにするしかなかったのでしょう。
461 ななしのよっしん
2019/06/06(木) 00:07:16 ID: zsMmY6OcIR
>>460
なるほど
確かに挙げられた点を見ると曹爽謀反計画はかなりさいね

王粛、王基らが批判してたり、孫礼や徐邈等も快く思ってなかったことから
曹爽政治は駄だと思ってたけど曹爽政治方針の問題と考えると見方も変わるね
462 ななしのよっしん
2019/06/06(木) 00:17:27 ID: +R1Qr5wgBk
謀反でなくても不敬で誅殺するのに十分じゃろ
463 ななしのよっしん
2019/06/06(木) 03:28:35 ID: AedskooxIY
>>458
そうそう、司馬懿本人は忠臣のつもりでも価値観がズレまくっているから王政が当たり前の当時の人から見れば謀反人のそれでしかない。そして頭がおかしいのは司馬懿だけだから忠臣でもなくまともな感性を持っている息子たちはしっかりと王位を頂戴しに行くわけだ
464 ななしのよっしん
2019/07/30(火) 07:07:49 ID: JP8qvWpX5G
キチンと歴史を学べばにどれだけ貢献してるか分かるね
しょうもないのは孫の司馬炎
465 ななしのよっしん
2019/08/17(土) 15:41:42 ID: BkeufINirN
中国統一を果たしたら、っ先に簒奪する蓋然性の高い司馬一族が粛清の対になるのが中国。敵をあえて温存することで身を守ったのだ。
466 ななしのよっしん
2019/10/17(木) 12:58:48 ID: GAezIb8k4T
軍師連盟っていうしく司馬懿役のドラマを見てたんだが、曹叡司馬懿の関係がかなりいい感じだった。劉備死後辺りの三國志メインになったを見慣れてないから新鮮に思ったのかもしれないが
467 ななしのよっしん
2019/10/22(火) 11:37:37 ID: iyLyDGsyW6
どこの世界に自の権益安泰の為に皇族全員軟禁、監視させる忠臣がいるのかと
ただ元々曹氏への出仕は嫌ってたから心できないのは自然かもしれん
曹操なんて王に就いて間もく伏皇后過去の罪を鳴らし二人の皇子まで殺して自分の皇后に挿げ替えた
その上で「は文王でいい」といてたからな
あれで実は忠臣?と見直されるなら司馬懿はもっとましだという論法も成り立つか
468 ななしのよっしん
2019/11/10(日) 11:31:35 ID: GAezIb8k4T
松永久秀論法なら使えるんじゃない?
三好長慶に対しては忠臣だったみたいに曹叡の代までは忠臣だったみたいな
469 ななしのよっしん
2019/12/23(月) 22:27:57 ID: jcHtGPYar4
>>465
なお、最終的に司馬は愚かで無能な身内の殺し合いで自滅した模様。
470 ななしのよっしん
2019/12/30(月) 03:25:37 ID: cWTTG17kBT
五胡十六国時代とかいう暗黒時代を招いた遠因として中国史上の大戦犯扱いされてて
まあ八王の乱は酷すぎるし残当
471 ななしのよっしん
2020/01/03(金) 00:42:50 ID: 052AA2hh2+
皇帝が自の安泰の為に皇族の自由を奪い監視員付けてた国家なわけで
そんな状態でさえ立計画なんてものが起きかけてしまったのなら
皇族への扱いはそれまで以上に厳しくなるしかないよね
だってそれがの方針なんだから
472 ななしのよっしん
2020/01/06(月) 13:24:01 ID: efVPHkI+3a
クーデター起こさないといずれ韓信のような末路になる可性もあったわけだし
実際無能だった曹爽責任もあってそこまで咎めを受けるような事とは思わんな
孫がやらかしたのは不可抗だし
473 ななしのよっしん
2020/01/06(月) 13:40:43 ID: 107zt4raoL
にとってのの忠臣とは、有能だけど権は欲さず
一族自体も反乱できるほどはがなく、民衆の支持もほどほどで
を持たせても裏切るだけのは発揮できない人間だから
君臣であっても下手すりゃお互い殺すか殺されるかの
関係に発展しかねない場合にはたとえ有能で忠義があっても
こうなっちゃう運命
474 ななしのよっしん
2020/01/18(土) 05:03:18 ID: S8RZWKgpnr
司馬懿の忠心は関係なく、の人事権握って最高権者にあったあとの国家的なビジョンがないまま
司馬懿人生マラソン終了して司馬リレーが始まった結果
王基のような司馬懿恩顧が地方に武を持って、鍾会のような司馬師恩顧が権を握ろうとし、司馬昭は旧曹爽の人材集めてこれに対抗
だから西って建物は立だけど柱がブレブレで強度がガッタガタ
それこそ司馬懿を引き立てた曹丕のように息子に遺臣を残して死後も方向性を決められば良かったんだろうけど
師はもう成人して独り立ちしてて自分のコネクションもってて正始政変でも共犯者だから
司馬懿には手出しができなかった。ここが最初の躓き。
もっとく起つ決意をして息子を借りずにクーデターを起こすか、
もういっそ息子の傀儡に甘んじるかのどっちかだったら、違うがあった
475 ななしのよっしん
2020/04/05(日) 12:31:36 ID: jcHtGPYar4
作ったが素人で見てもただの箇条書きで
これは才しですわ。
476 ななしのよっしん
2020/04/06(月) 21:23:25 ID: FP/wV5wN0i
司馬懿(Fate)がないぞ
477 ななしのよっしん
2020/04/26(日) 20:30:41 ID: yHwCmXMYav
>>476
(いら)ないぞ
478 ななしのよっしん
2020/06/21(日) 08:47:14 ID: Dux830JdIK
人材登用は元から柄重視傾向だったとはいえ
それを強化した州大中正のは大きそうだね
石勒の逸話や西滅亡を見ると

>>467
出仕の逸話は後世の創作でしょう

>>472
韓信のような末路かもしれないし違うかもしれない
曹爽のころの司馬韓信くらいピンチかというと、うーん?
司馬親子やその仲間が人を集めても武器を集めてもバレないような監視体制だったんでしょ?
479 ななしのよっしん
2020/07/08(水) 06:53:31 ID: NF5vdVZ2qf
陵の変で司馬懿側の兵を集めたのは司馬師だからね。
司馬昭に至っては計画自体知らされていなかったし、
司馬懿が兵を率いた形跡もないので、司馬懿側の兵はほぼ司馬師が集めたと思われる。

んで、ややこしいことなんだが、司馬懿司馬師は、どうも当時の内での
立ち位置が違っていて、司馬懿曹操時代からの重鎮であり軍部だったのに対して、
司馬師はどちらかというと中央官僚、まあ雑に言い切るなら
「処断されたはずの侯玄、何晏勝らとかつては親しかった」
という状況でいいと思う。実際司馬懿ボケたフリをして、勝らが
それを怪しまなかった、というのは、司馬懿の演技もあるだろうが、
それよりも、報告役の司馬師が、かつては自分達と親しい立ち位置にいたからではないか?
らくだが、計画を知らされなかった司馬昭も、曹爽幕下の連中と知己だったように思う。
480 ななしのよっしん
2020/07/08(水) 07:06:54 ID: NF5vdVZ2qf
https://togetter.com/li/1101294exit この辺はTogetterにかなり詳しい雑談がまとめられてるけど、
要するに司馬師司馬昭は元々曹爽幕下にいた侯玄、勝、何晏らと交流があり、
そもそもの発端は曹叡による「画餅事件」で、司馬懿という旧功著しい
親に頼れた司馬師司馬昭と、宗族でもあり大将軍になった曹爽
頼ったグループ侯玄、勝、何晏ら)に分かれていた。(荀粲など何名かは再起できず逝。)

そこらへんで微妙にギクシャクしていたのかもしれないが、
ただかつて旧交を温めたから、という部分があり、司馬懿
亡くなればまた元に戻るよね、みたいな思惑があったように思う。

事実、処断された侯玄は、司馬懿よりも司馬師司馬昭を恐れていた。
司馬師の正室は侯玄のだった。旧交もあった。でも同じような勝はり殺された。
身内だったのに裏切られた、という思いが強かったのだろう。そこらへんは後に司馬炎皇帝になったことでバッサリカットされてしまったように思う。