徳川慶喜

121 ななしのよっしん
2016/03/05(土) 19:48:00 ID: qXXd2KK7ap
無能でも暗愚でもないしむしろは高いけどトップではなく参謀向きだった
それも参謀総長とかでなく一方面軍で重用される参謀とかそんなんがベストポジ
まあ英の介入を含んだ大内戦を回避したことは素直に現代日本人としちゃ有り難い事ではある
信じてついてった配下達は可哀想だが、その後の日本が欧列強に対抗していく過程においては
退場してくれた方が正直都合よかったし・・・
合理的に考えてもう理だと思ったらさっくり諦められる性格と知を持っててくれて良かった

全部結果論だけどなw
122 ななしのよっしん
2016/05/09(月) 15:54:04 ID: OSXa9BSgc0
大阪城脱出にあれこれ言われてるけど、慶喜の心理状態を考えれば当然なんだよなぁ

へと向かった味方の大軍が、半数以下の長軍にあっさりと返り討ちにされる
その弱さが内外に露呈したことで朝廷に見捨てられて朝敵になる
長に加わるが増え、敵は膨れ上がり、味方は各地で何度も撃破され、味方と思っていたからは裏切られ、ついに大阪城にまで後退
の想定などしてなかったので対策はない。考える時間もない
榎本艦隊や関東の援軍が来てくれれば勝機はあるが、当時は線や通信機器もないので本当に来るかどうかは慶喜には確認できない。「もし何かトラブルが起きて来なかったら・・・」という想像をしてもおかしくない
戦で一番恐ろしいのは内での裏切り。朝敵名に困惑する味方が裏切りを起こす可性は否定できない。実際にいくつかの朝敵回避を理由に敵に寝返ってる。こうなると内の味方も怪しく思えてくる
そして大阪城と言えば、かつて徳氏が豊臣氏を追いつめて滅亡させた因縁の場所。しかし今度は徳氏が大阪城に追いつめられている。まんま大坂の陣のようで慶喜も不吉に思ったはず

この心理状態ならたぶん君様でも逃げ出す
123 ななしのよっしん
2016/05/09(月) 22:57:06 ID: r+q8tszAQi
家康豊臣とか不吉とかの精論とかはどうでもいいけど、そもそも的になった時点で本人にやる気がなかったのに戦になってしまったのが大きい
それまでノリノリで幕府の敵を蹴散らす政策取ってたので、今更かよという気はするけどね
頭は基本的に良かったと思うけど、色々見通しが甘いというか新政府軍にいたような傑出した天才達にべるとどうしても劣るのは致し方ないところか…
124 ななしのよっしん
2016/05/10(火) 12:53:37 ID: b67+tSArzQ
慶喜が朝敵になったのは大阪城を脱出した後なんですがそれは・・・
まあ、時ではオカルトなど信じない人間でも、不運が続いて精的に追い詰められると常的な何かに原因をめることはある
現代でもそういう人間カルト宗教に騙されて信者になってるし
ちなみ茂が大阪城で死んだ時は、豊臣秀頼の祟りという噂があったらしい
戦前から、そういう下地があるんだから敗戦続きの慶喜が見えない何かにビビッても不思議じゃない・・・かも

まあ実際に慶喜が恐怖を感じたのは、自軍の士気の低さだろうな
慶喜どころか現場の方もマジやる気なかったらしい
とくに長が官軍になった後は、ガチで戦ったのは会津・桑名の部隊くらいなもんで、他のの味方は遠巻きから官軍と会桑の戦いを眺めてるだけだったとか
で会桑の部隊が壊滅したら全員撤退を繰り返してたらしい
だから寡兵のはずの官軍が快進撃ww
125 ななしのよっしん
2016/05/10(火) 17:07:13 ID: 1eTcYuToxe
上のいくつかのレスとか見てる限りだとケイキさんがあまり英明に思えなくなって困る・・。
やはり司馬史観が広まったせいでついたイメージがこれまで強かったのか・・やはり彼も人間ということか。
しかし伏見での戦闘では武装に差があったというのは学者方面からもよく聞く話だけど、その後の戊辰戦争指揮官も兵もヘタレてたというのはなかなか興味深い話だ。
126 ななしのよっしん
2016/05/11(水) 00:07:12 ID: b67+tSArzQ
英明ではあったろう
が、物語を書く側としては悲劇性のない君は扱いにくいのだ
ケーキ様は、旧敵の明治政府にこれでもかと言うほど優遇されてるからねぇ・・・
政府公爵を作ってもらって族の仲間入り」
政府支援によるで優な生活」
政府推薦将軍時代よりも高位の位階(従一位)をゲット
政府推薦貴族院議員に就任」
現代人からすれば夢のような暮らしですわ
127 ななしのよっしん
2016/05/28(土) 21:16:49 ID: HmKpwYzcsz
物語として描くとどうしてもストーリー上、その終わりを迎えるならアホになってもらう必要があるね
明治政府でもうちょっとだけ活躍してくれたら大久保利通によく割り振られる腹黒役人の役を務められるんだが、得たもんが自分ひとりの身の安寧では悪役も務めにくい
128 ななしのよっしん
2016/05/28(土) 21:43:17 ID: uOZu3SLuVr
>>126
まあ冷遇して(臣下が)発憤されたりすると困るから明治政府も飼い殺しが妙手だったし、慶喜もそれを受け入れた、ってことだろうね。再起計って内戦やれば列強が介入するだろう。
結局勝てる見込みがある内は芽の内に潰し、勝算が危うければさっさと投了していずれにせよ内がまれば良し、とも取れるしね。
まあ性格は武人ではなかったが、それが幸いしたと言えるだろね。名は捨てても実は取れた訳で、敗軍の将としては上々でしょ。
129 ななしのよっしん
2016/09/30(金) 07:16:31 ID: K6ZLR3gCWR
俺達過去のこととして彼らに当たる未来のことを知っているが当然当時は知らないんだから今の価値感じゃ評価できないは
130 ななしのよっしん
2016/10/20(木) 08:40:57 ID: Nn0xOa3Kya
江戸末期~明治初期の徳ほど面いものはないのに、なぜか歴史からスルーされ続ける悲しさよ
徳川慶喜も調べてみると面いし、徳慶勝と容保の関係なんかクッソ面いのに全部スルーされているあたりがもう……

もう少し後の時代になるけれど、徳川慶喜息子池田仲博なんかは愛人関係が非常に愉快だし
131 ななしのよっしん
2016/11/06(日) 20:21:51 ID: cMo5uWSCnV
「旧幕府軍はまだまだ戦えたのに慶喜が臆病だから負けた」という意見が多いが、禁門の変で揮を執った慶喜が臆病とは思えない
本当に臆病なら、弾が飛び交う前線の揮を執れるわけがない
慶喜が大阪城を退去したのは、情勢を冷静に判断した結果だと思う
退去の仕方があまりに酷かったのは周知のとおりだけど

あと「尊皇だったので官軍(朝廷)には逆らえなかった」というのも疑問
本当に逆らう気がかったなら長が官軍になった時点で、自軍に「官軍とは戦うな」と停戦命を出して、神保修理の進言を採用して恭順しただろう
しかし江戸に戻るまで恭順しなかった辺り、ギリギリまで状況を見極めてたと思われる
132 ななしのよっしん
2016/11/07(月) 10:35:17 ID: JKi+FA18r0
そういうこと言う人は「敵前から退いたら臆病」っていう発想で当人の中で結論ついちゃってるから
その退避がどういう意図で行われたとかそーいう論点持ち出して反論したって、時間の無駄
133 ななしのよっしん
2016/11/07(月) 10:47:39 ID: gq+yS6muvh
うむ、臆病ではなく冷酷
134 ななしのよっしん
2016/11/07(月) 11:49:33 ID: gYDZafpxHR
冷酷っていうか、当初は長州等に対して相当強い態度で臨んでたからね
意見が多いってのはどこをしてのことかは分からんけど
途中まではやる気は満々だったが、色んな情勢とか旗色がよくないことから嫌気がさしたって意見は擁護派にも結構多いと思うけどね
それを臆病というかどうかは人によるだろうし、冷静かどうかも同じかなぁ…でもパニくる事はあると思う
個人的には、治世後半は優柔不断なところが見られるけど臆病ってのとは違う感じ
治世前半とかこの人かなり負けん気が強いところが見られるからね
135 ななしのよっしん
2016/11/08(火) 20:44:56 ID: kC3OBrwa8f
先見の明があったのは間違いない
136 ななしのよっしん
2016/11/15(火) 17:01:36 ID: y8u7J2yk4v
部下を鼓舞しておいてその日に逃げとかこんな絶対上に持ちたくねえ
137 ななしのよっしん
2016/12/01(木) 20:14:27 ID: 6gT7rntRjT
結果だけ見れば欧列強による植民地支配を防いだ近代日本の大恩人なんだが、
維新後のすっぱりとした身の引き方や幕臣への態度なんか鑑みると
日本という大のために幕府や幕臣といった小を切り捨てたとも言える。
大将諸共玉砕を是とするがいるのも判るが、それをやった西郷がどうなったかは言わずもがな
ま、なまじ慶喜自身が切れる人だっただけに、どこまで意図してたかは本人にしか判らんけど。
138 ななしのよっしん
2016/12/02(金) 07:25:02 ID: gYDZafpxHR
切り捨てたっていうよりは当人の心が折れたので仕方ない部分があるんじゃないの
それなら旧幕府中心政権とか大統領とか色気見せず、もっとく手を引いて戊辰戦争回避できたらなぁとは思うけど
やる気だったのがいきなりひっこんだので混乱状態で恭順しない勢も多かったが、残りが実質北関東北越東北の一部だったので思いのほか戦差がついてたので内戦は期決着出来たが
東北の人達の遺恨とか薄情だが他の地方人間からすると正直どうでもいいと思ってしまう部分もあったり
IF浪漫
139 ななしのよっしん
2016/12/10(土) 20:49:32 ID: 76bSWbLBij
あれ?記事に将軍辞めた後の面エピソード書いてないのか
ニコニコ的だと思うんだけど

きな粉顕微で見た話とか好きw
140 ななしのよっしん
2016/12/11(日) 11:36:59 ID: HmKpwYzcsz
もう皇室周りがあの状況で幕府大勝利に持っていくには皇室を潰して徳を君とする日本に持っていくしかない
皇室を敬ってる限りいつか殺されるのが現実

でも合体の後遺症でその手の過な手段に出にくかったから、もうさっさと負けて終わることにしたんだろ
141 ななしのよっしん
2016/12/19(月) 12:55:14 ID: Kr72Daw1JK
1を聞いて3を知る人
冷酷とも臆病とも見られる決断の数々は
詰まるところ慶喜は損切りがいという一点に集約される

そこが幕閣との間に齬を生み後世の人間にこうして好き勝手言われる原因になったのだけど。

この人が平成の世に生きてたらさぞ辣腕の企業経営者だっただろう
142 ななしのよっしん
2016/12/19(月) 14:41:03 ID: 0ITmnPo1Nf
日本史ヨブ・トリューニヒト
143 ななしのよっしん
2016/12/23(金) 21:39:37 ID: 75a1PH8sK8
戦うまでもなく新しい政権を作ってトップに立つつもりだったのに安い挑発乗って暴発した連中のせいで伏見なんてやるまでもなかった戦に引き込まれた挙げ句朝敵認定
そんな中途半端な戦いしか出来ない幕臣や会津らにグダグダ言われたくはないだろうね

ただ江戸城無血開城をもって日本を救っただの維新の立役者だの言われるのも不本意だろうね
ましてや大政奉還なんて算があっての行動を政権全放棄のための行動と取られちゃかなわんだろうね
144 ななしのよっしん
2017/02/09(木) 07:57:00 ID: U64ZgayAzv
第4代 the Emperor of Japan
日本Emperor としては4人

145 ななしのよっしん
2017/04/05(水) 22:26:07 ID: aU/Ux27AG3
日本史を習ったときに慶喜は将軍としてはすごいと思ったな(小並感)
146 ななしのよっしん
2017/04/10(月) 15:50:49 ID: TqYF1h92j9
幕府に執着しなかったのは評価すべきだと思う
伏見朝敵認定した後も駄に抵抗しなかったし、大政奉還や無血開城のおかげで朝廷に敵意がないことを明した

むしろ正式な官軍に抵抗したら確実に賊軍になってしまうのはかつての長州を見りゃわかる話
147 削除しました
削除しました ID: TqYF1h92j9
削除しました
148 ななしのよっしん
2017/04/10(月) 19:41:32 ID: O98BHzITB3
これ以上内戦で日本減らさなかったのは世界的大局で見れば評価して良いと思うの
149 ななしのよっしん
2017/04/10(月) 22:08:09 ID: gYDZafpxHR
世界的大局は少し大げさかもしれないけど、それまでの言動と一貫してないというのは摘されていたけど
アンチがどうのこうのとはやして煽る意味が分からない
会津など特定アンチモロだしで罵倒してたら説得ないよそのコメント・・・
少し物言いを考えればよいのに
150 ななしのよっしん
2017/04/10(月) 22:20:12 ID: wAy7cD8PMn
自分と意見が合う肯定的な人間以外は新撰組オタ会津人(この呼び名自体が時代錯誤そのもの)かのような物言いってだなしかし。
どこかに会津が正しいとかそんなレスがあれば別だが、いのに自分から話題にもなってない仮想敵の名前を出して中傷意味不明
個人的恨をここでぶちまけられても困る。