董卓

151 ななしのよっしん
2018/03/05(月) 13:24:14 ID: Mk5RLtypIl
>>148
名士層から絶望的に人気なかったのを差し引いても陽で自軍野放しにして
ヘイト買いまくったり、反対をぶっ殺して人心疎んじられる原因作ったりしてるからな。
演義ではアレだが、正史呂布離反も元は董卓の短気が原因。三国志巻七の呂布伝では
小失意、手戟擲布。布、拳捷避之、爲卓顧謝」(昔呂布が小さな失敗をした時、董卓
手戟を呂布に投げつけた。呂布は素く拳でこれを避け、董卓に謝罪した)とある。
152 ななしのよっしん
2018/03/05(月) 13:27:21 ID: Mk5RLtypIl
ちなみに注釈だと拳=らしく、恐らくで弾いたとかそういう感じだと思われ
153 ななしのよっしん
2018/03/29(木) 14:10:59 ID: mSWjaLftDA
ちょいと気に食わないことがあった程度で警護役兼部下を殺しにかかる董卓もおっかないが、突然飛んできた片手戟を叩き落とす呂布もおっかないっつう名場面だな
154 ななしのよっしん
2018/06/09(土) 16:57:20 ID: MH4QvszmDE
>>150
そもそもだが人間って時間と経験で変化するからね
州で転戦していたころから入のころまでの董卓は野心の実者って感じだけど
長安遷都後の董卓は権を握った結果慢心&増長しまくって悪い方向に変化しているとしか思えないし
155 ななしのよっしん
2018/06/12(火) 21:41:12 ID: mSWjaLftDA
そりゃ皇室を良くも悪くも支えてた外戚のトップ宦官の両方が自分が手を下す前にいっぺんに消えてくれたわけだからな
浮かれるのも理ないわ
156 ななしのよっしん
2018/08/11(土) 08:19:24 ID: vkUWn8MIqO
 そもそも歴史書を書くのは董卓底的に嫌っていた名士の流れをんだ知識人。名士と折り合いが悪かった人物(董卓呂布公孫瓚など)は基本、悪く書かれる。
157 ななしのよっしん
2018/08/28(火) 23:09:41 ID: 3r+FqWI0Yx
董卓軍配下武将が化物いでこいつらを従えてたってだけで傑物だったとは思う
158 削除しました
削除しました ID: wXcn5+GxWB
削除しました
159 ななしのよっしん
2018/09/22(土) 22:09:18 ID: OHwiuSHMdw
>>154
逆じゃないか
棚ぼたで手に入れた政権運営したけど門閥にも若手将校にもそっぽ向かれて上手く行かなくなり、逃げ出そうとする司馬朗に泣き言伝えたりしたし
晩年は馬騰たちへの対処に奔走する羽になったりで、慢心どころか助けてくれな心だったかもしれん
160 オックセンマン
2018/09/27(木) 22:35:10 ID: BJnhcuJbq5
董卓が浮かれたとか暴虐だとか悪だとかは、オイラは思わない
関並びに虎関の戦いの正体は、袁の乱だと思う
董卓暴君なのか?実は親分肌で暴政は生き残る為にやったのか?」にある通り
民衆の弾圧・虐殺は、違法で有益な祭止に反対した者達を処刑しただけ
想像にしかならないが、これが実は、を虐げ漢王朝を苦しめる意図を込めた祭だったんだろう
袁紹董卓の好意をはねつけたのは、「董卓暴君なのか?~」にある通り
同じく想像だが、陽をれさせ遷都後に燃やしたのは、董卓軍でも連合軍でもなく、これまた民間人どもだったんじゃないか
長安へ移されたのは、関わっていない民のみだと思うが
オイラの中で、董卓には、無双馬超正義感を当てはめている
無双の民兵は、体レベルでも攻撃が核同然で、掴み系でないがガード効の技ばかり使うのが正解だと思う
それこそ暴徒下の敵というらだ
161 ななしのよっしん
2018/09/29(土) 02:03:26 ID: MH4QvszmDE
>>159
当時からすれば辺からの成り上がりってことで中央の名門からは内心見下されてたのは確かだろうが
本人も政権を取った後は権に任せてだいぶをやってたのも違いないみたいだし
「実と権さえあればどうにかなる」的な慢心はあっただろう
それで諸侯が従わなかったのはあくまで結果だ
162 ななしのよっしん
2018/10/07(日) 21:36:37 ID: 7ijJHlz87L
西なら彼のやり方で何とかなったんだよな、でもより複雑なシステム
動いていた中原ではまったく通用しなかった
政治空白に上手く取ったけど、そのポジションを狙う連中は
いくらでもいたわけで、もし暗殺されなくても長くはかったろうね
163 ななしのよっしん
2018/10/17(水) 14:05:46 ID: mSWjaLftDA
前にも書いたけど朝廷からの皇甫嵩への引継ぎ・帰還命・軍勢の解散の命を何れも拒否した上に都の東方に駐屯していた時点で野心・軍閥としての董卓は評価できてもの忠臣だの正義だのの観点から董卓を再評価するのはナンセンスにも程がある
164 ななしのよっしん
2018/10/23(火) 06:24:06 ID: WftoiuPJ7y
蒼天航路の「優れた地と人を持っていた群雄が、を偶発的に与えられたせいで全て台しにした」
ってのは当たらずとも遠からずだな董卓評としては。
同情できる要素もないわけではないが、その要因も大体は董卓が原因だし、
あまつさえボディーガード同然の呂布投げつけてビビらせて
最終的にはその呂布に暗殺されるのは自業自得やろ
165 ななしのよっしん
2018/10/23(火) 19:51:02 ID: mSWjaLftDA
そう
その自業自得感も含めて歴史上の人物としての董卓の魅である
で異民族に畏怖される将軍やってる分にはむしろ英雄として名を残すチャンス奐や皇甫嵩ルート)も多分にあっただろうが中央のゴタゴタによって野心を煽られた董卓自身がそれを蹴っ飛ばして入したんだから
166   
2018/10/30(火) 11:47:08 ID: rb25rvNl1T
ヨーロッパ圏内で言えば辺境伯日本でいえば探題で適当な人事だったはないだろうし無能なわけはないんだろうな。歴史なんて所詮勝者が都合よく描くわけで項羽董卓も暴虐で除かなくてはいけない人物でないと困る人間が一杯いたんだろうなと。
167 ななしのよっしん
2018/11/28(水) 19:23:32 ID: mSWjaLftDA
歴史は所詮勝者が作るものとか分かったようなこと言う人ほど史書の読み込みが甘いんじゃないの
168 ななしのよっしん
2018/12/03(月) 22:43:18 ID: VpACXxbQP9
董卓無能:×
董卓有能戦闘関連なら
董卓被害者:は?

こんな感じか
169 ななしのよっしん
2018/12/29(土) 13:21:28 ID: rza44+yFEb
>>166
当時のことを現在価値観で評価すること自体がおかしいしな
>>156でも言われてるが自分らに都合が悪いからその点をクローズアップして悪人に仕立ててる
宦官の一掃や愚位といった功績を視してね

>>168
悪人呼ばわりされてる点では被害者じゃないかな
悪いことってせいぜい住人や兵隊をいたぶって殺してた位だろ
その程度はでもやってるしいちいち取り上げる必要もない
170 ななしのよっしん
2019/02/18(月) 16:23:48 ID: mSWjaLftDA
何進(反対を押し切って地方の軍閥を中央に招いた)・袁紹何進を後押しして董卓を入させた&宦官というシステムを崩壊させた)・董卓宦官・外戚を排除してそれ以上に後漢となった)・丁原何進加担して陽外を燃やした)は後漢の秩序を崩壊させた大戦犯だろ
最初から後漢を崩壊させるのが的なら有能な(王道史観から見れば)極悪人だが
後漢を残す的で結果崩壊させたなら良かれと思って互いに余計なことした無能としか言えんだろうが
被害者ってなんだよ
陳寿裴松之に向かって「董卓お前らの筆禍の被害者だ」とでも言うのか?
171 ななしのよっしん
2019/03/13(水) 01:25:26 ID: W7w8pcvI7/
>>169
>悪いことってせいぜい住人や兵隊をいたぶって殺してた位
後漢皇帝が代々治めてきた都の陽を、ほぼ自分の都合で焼き捨てたことは悪いことじゃないと
腐敗したエリートたちを皆殺しにしたという功績さえあれば、その後は自分の好きにしてもお咎めなしというわけだ
こりゃ賊の発想だわ

>>170
無能」って何をやらせても失敗ばかりなのことを言うんじゃないのか?
董卓は并州刺史は立に務めていたんだから無能じゃないだろう
>>165の言うように身の程をわきまえない馬鹿だっただけで
172 ななしのよっしん
2019/04/09(火) 04:24:59 ID: S1DjT9o3wO
>>168
戦闘言わずもがな上手い
謀略も少立や実権固めは成功しているので上手い
政治は外交だけなら○。日和っていた陶謙公孫瓚を与え自軍に抱き込んだ。
内政は×が大量につく。

コーエーに言えば内政5 外政75 統率90 武勇90 知略85 位の感覚
戦争に強くて武勇もある袁術って感じ。両方内政はからっきし
173 ななしのよっしん
2019/06/01(土) 00:18:09 ID: mnLnhs8i36
蒼天では正史以上に残虐だったって設定だけど
実際はその逆で、下手に大物ぶろうとして周りから
シラケたで見られたって所じゃないかね。

有能なんだろうけど、それだけで辺の一軍閥の言うことに
皆がすんなり従ってくれるだろうと思ってそうな辺り
痛々しいというか滑稽というか
174 ななしのよっしん
2019/10/22(火) 00:12:09 ID: NRzxOZHeDw
中略奪は、当時の朝廷腐敗の原因である富裕層の破壊ではなかろうか