概要
声優・俳優の大塚明夫が2015年3月に執筆した著書。星海社より刊行。
数十年に渡って多くのアニメ・ゲーム・吹き替え作品などで力強い演技を魅せ、舞台公演などでも俳優として活動し、今や役者や声優に詳しくなくても名前や声を知らない人はまずいないであろう著者・大塚明夫が、自らの自伝と共に語る「声優という『生き方』」や仕事・演技にかける持論が綴られている。
ジセダイのサイトでは、著者本人による告知動画の視聴、及び本書の試し読みが可能。(→こちら)
内容は帯にも書かれている通り、『声優だけはやめておけ。』の一文に集約されている直球極まりないもの。かつて著者は2012年にも、講演会にて講師として呼ばれ声優という職業についてを語った事があったが、本書ではその内容が更に詳細に語られている。
具体的には、著者が声優・俳優としてデビューした昔とは違い、時代が大きく変わった事や需要に対して声優の数があまりに多くなり過ぎた現状、これらの事情から声優業界へ参入しては業界を去っていく若者を数多く見てきた著者自身の経験、など様々な観点から、会社勤めなど生産社会の仕事とは違い声優という『仕事』がオススメできない理由を全編に渡って歯に衣着せぬ力強い言葉で語っている。
後述するように刺激的な見出しが並び、声優志望者にとっては特に耳が痛いであろう文章が続くのだが、ここで述べられている内容はいずれも声優(役者)に限らず会社員や料理人、漫画家やゲームクリエイター、はたまた同人作家やニコニコ動画・ニコニコ大百科などあらゆる仕事(趣味)の分野に当てはまる、「生存戦略指南」の1冊である。
なお、「ほかの声優に仕事を奪われたくないからこんな本を書いたのか」と大半の読者が抱くであろう疑問に対して著者は最初に否定しており、後述する理由から幸福とは言い難い結末で業界を去っていく若者を数多く見てきた上で「若者には幸せになってもらいたい」と本の中で断っている。
むしろ自身を脅かすライバルの出現に関しては「一度会ってみたい」と待ち望んでいる姿勢も見せているが。いるかなそんな人・・・
ちなみに、発売から数日でamazonや全国の書店にてベストセラーとなり売り切れが続出した程の人気となった件には著者自身も大変驚いたらしい。
内容
第一章・声優になりたい奴はバカである
最初の章にして、本書のメインテーマでもある項。上記のリンク先から、試し読みで途中まで読む事が可能。
- 声優になる事を『就職(=職業の選択)』と同義に考えている声優志望者が後を絶たないこと
- 声優は自分で仕事を作れず、店先に陳列された商品のように「買い手」がやってくるまで武器を研ぎ続けながらただ待つしかできないこと
- 普通の仕事と異なり、声優には身分を保証するもの(資格、免許など)が何も無いので社会的にも信用を得られず、彼女彼氏の両親にも厳しい目で見られる事
- 収入が不安定な仕事であるため苦労の分が労われるわけでもなく、努力しただけ儲かるとは限らないこと。それ故に、ローンを組む事も困難であること
- 実力よりも人気が重視される世界だが、しかし人気だけでは生き残れないこと
- 『声優になりたい』夢を食い物にする悪い大人に捕まり、玩具にされて悲惨な目に遭う若者が多いこと
- 以上の声優業界の実態を、多くの声優志望者が知らないか根本的に誤解していること
などあらゆる観点から、声優という生き方がいかに理不尽で、やめた方がいいという主たる理由を語る。
著者は声優を取り巻く環境を本書で一貫して「ハイリスク・ローリターンな生き方」「理不尽すぎる博打」「無理ゲー」と称しており、まともな仕事に就ける人間がわざわざこんな世界へ足を踏み入れる必要は無いと訴え、これらの実情を知ってもなお「声優になりたい!」と思っているならそれはただの勘違いだからやめておきなさい、とバッサリ斬り捨てている。
こんなに商売として成り立っていないものを、安易に将来の「職業」として選ぶのは危険です。即刻やめた方がいい。実家が裕福でいくらでもすねがかじれるとか、声優が駄目でも実家の稼業を継げばいいとか、いつでもしっかりした勤め人のお嫁さんになれる身分だという人間でない限り、近づかないのが正解です。
第二章・「演じ続ける」しか私に生きる道はなかった
著者が声優として演技の世界でこれまで歩いてきた道のりや、演劇の世界へ入門したきっかけなどを、自身の演じてきた代表的な持ち役(スネーク、バトー、ライダー等)に対する感想と共に綴っている。
父・大塚周夫との関係や所属している江崎プロダクション(現:マウスプロモーション)で世話になった納谷六朗・納谷光枝元社長など関連の深い人物とのエピソードか描かれており、著者の遍歴を詳しく知る事ができる。
本書を執筆するにあたって著者自身も「この世界でいろんな人や運に恵まれたお陰でここまでやってこれた」と評しているが、しかし上記の理由から運だけで勝ち続けられる世界ではない事、声優の仕事の「オススメできない度」は年々上がっている事も念を押している。
(前略) ですから、人様から「大塚明夫は運が良かっただけだ」と言われれば「さようでございます、すみません」と返すしかありません。ただ、運だけじゃ勝てないよね、ということも合わせて言っておきたいと思います。いざ運が目の前に転がってきたときに求められるレベルのものを差し出せる人間になっていなければ、どんなに大きなチャンスであってもつかみ損ねるでしょう。
第三章・「声作り」なんぞに励むボンクラどもへ
第一章と並んで強烈な小題ではあるが、これは著者が声優業界に長く蔓延していると思われる「誤解」を取り上げている事による。
その誤解に捕らわれ「いい声」に拘る声優たちの風潮や、世間に蔓延る「声優とは、いい声を出す事に価値がある」という思い込みを、著者が自らの「役作り」にかける姿勢を語りながら粉微塵に叩き潰す。「大塚明夫としていい声だと思われたい」なんて意識をスネークが持ってるわけがない、と例えた上で、「いい声」という評価は自分の芝居が観客や視聴者の心に刺さった「結果」であると語る。
役者としての、「声」に関する思い入れを知った後にアニメや吹き替え等における著者の演技を見る(聞く)と、これまでとはまた違った観点から見られるようになる事は請け合いだろう。
「いい声」という褒め言葉に関して、著者は「ユーザーの方から聞ける分には嬉しいけど、同業者からは聞きたくない言葉」と述べている。
第四章・「惚れられる役者」だけが知っている世界
近年、声優になるために声優専門学校へ行く声優志望者が年々多くなっている事に関して疑問を呈する著者が、「安全でも確実でもないけどいいの?」と読者や声優志望者に自身の体験談を交えながら尋ねる。声優専門学校へ行くと大体は型にはまったステレオタイプの声優が出来上がるのだが、そのステレオタイプこそが芸能の世界では「すぐさま使い捨てられ易い」事、そしてそれらの大多数の中から抜きん出た何かを持たない声優が「量産型ザクとして配備される事はあってもガンダムとして重宝される事は無い」であろう事も語る。
そして、大多数のファンに惚れられるスターになりたければマネージャーやクリエイターなど身近な人間を惚れさせられなくてはならない、自分が本当にやりたいことがわかっていない役者に先は無い、など先の三章と合わせて内部の関係者にしか見えにくい一面も綴られている。
第五章・「ゴール」よりも先に君が知るべきもの
声優という職業がオススメできない理由をここまで語ってきた著者が最後の章で語るのは、「本当に声優になりたいのであればそれは声優として『演じたい』のか、それとも『人気者になりたい』からか」。その仕事をやりたい本当の理由が何であれ、そのモチベーションを維持するために本気で努力が積み重ねられるか、理不尽な環境でも楽しく生きられるかという事を問いかける。
この項の話はなにも声優(役者)の世界に限らず大半の職業や趣味にも当てはまる話と思われるが、「ゴール(=完成)の無い世界だけど、その遥か彼方にあるゴールをずっと追い続ける」事が役者を続けられる一番のモチベーションである事を、著者は自身が長く出演している『ムーミン』のニョロニョロになぞらえて語っている。
そして、本書を最後のあとがきまで読んでもなお「声優になりたい」と言い続けられる『バカな人』のために著者は、最後の最後に一言、メッセージを贈って本書を締め括っている。これは夢を諦めない覚悟を決めた若者に対する「侮蔑と期待が入り混じった一言」か、或いは将来著者をも脅かすであろうまだ見ぬライバルへ向けた「挑戦状」か・・・
関連商品
関連コミュニティ
関連項目
- 大塚明夫
- 星海社
- 声優 / 俳優
- いいセンスだ
- 小島秀夫(著者の代表作の1つ「メタルギア」シリーズを手掛ける監督。本書の帯にコメントを寄稿している)
- ハイリスク・ローリターン
- アイドル声優
- 生存戦略指南書
- エゴイスト
- 量産型声優
- 年齢制限/年齢上限
- ステレオタイプ
- オリジナリティ
「大塚明夫がやめとけって言うのならやめとこう」とすぐに思ってもらえないのは、私がまだまだ未熟な人間である証でしょうか。せめて本書を読んで、声優という夢をさっぱり諦めてもらえれば幸いです。
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