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かとうひろし


ヨミ: カトウヒロシ
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かとうひろしとは、日本漫画家である。むとうひろしとは一字違いだけど別人。


語ろうじゃねぇか。概要をよ・・・


1951年5月10日生まれ。

伝説漫画雑誌COM』のぐらこんというコーナー投稿した「女の中の男一匹」でデビュー(1973年8月)。
しかし、この作品は本人の意思に反して面節約の都合で4分の一サイズに縮小されての掲載だった。

その後、1980年まで『COM』『マンガ少年』に投稿、持ち込みを繰り返すが、連載獲得には至らず。
この間に1日だけ手塚治虫アシスタントも経験している。

暫くはデザイナーとして働くが、漫画家へのを捨てきれずに、小学館への投稿も行う。1991年に描いた『ドラゴン my フレンド』が子賞佳作に入選し、小学館から再デビュー現在公式サイトの名称はこの再デビュー作から採られている。

その後、90年代前半は『ワールドヒーローズ』『仮面ライダーSD 疾風伝説』といったゲームSDタイアップ作品を連載し、一定の人気を得る。

1995年には初のオリジナル作『サイファー』を連載。短期間で完結した作品であるが、話自体はよくまとまっているほか、ガイ魔の不気味ホラー描写は今でもみんなのトラウマとして深く根付いており、かとうひろし=コロコロホラー作家としての認識があるのもだいたいこの作品のため(実際にはホラーマンガ読みきりの方で多い)。
なお、を受けた作家つげ義春水木しげるを挙げており、「ギャグホラー一重」という格言を胸にホラーへの挑戦はずっと続いている模様。 

1996年には作は前作とよく似ているが、全く方向性の異なる新作『はるかなる甲子園 駆けろ!大』をスタート。児童誌らしからぬ高校野球舞台にしたリアルな駆け引きを取り入れたこの作品は高学年の子供たちを中心に人気が出たが、読者層の低学年にはウケが悪かったらしく、サイファーより少し長いが全18話で完結した。
中でも作中の変化球ホークホッパーを真似しようとアンダースローに転向した野球少年も結構いたとか。

1998年には少し落ち着いたファンタジー作品の『ZQ』を掲載。好評であれば連載予定だったものの、読み切り1話で終わる。そのため、雑誌版とネット版では結末が(しかし非常に重要な部分)一部差し替えられた。かとうが最も気に入っている短編で、ホームページプロフィール写真をはじめとしてこの作品の主人公ヒラリンが随所に使われているほか、東日本大震災時の復支援イラストも新作イラストヒラリンが大々的に登場した。

この作品の雰囲気が気に入ったのか、同年に連載開始した『チョコボのふしぎものがたり』では較的丸い線を多用した前2作のリアル系統とは異なる児童誌的な画調で描かれ、これはかとう作品としては初めてのヒット作となり、単行本も6巻刊行された。

2001年の『風のクロノア』を最後に小学館から離れ、以後は新作発表をインターネットで行っている。

また、2003年6月1日に自身のホームページを自前で立ち上げ、ここで過去オリジナル作品全てを無料開した。当時は電子書籍もまだ一般的でなく、マンガインターネット上に無料開するというのは極めてしかった。

2004年より、マンガ専門学校講師に就任し、後進の育成にも積極的になる。
この仕事から『マンガマンガ』というマンガの描き方講座をそのまま漫画にした作品も発表。
元々全1巻として発売されたが、較的好評だったとみえて、現在Twitter上でマンガ理論をつぶやいているほか、不定期で『マンガマンガシリーズpixiv継続している。

現在自画像はこの作品の講師として登場しているかとうの姿がそのまま使われている。 

2012年9月27日よりTwitterを開始。最初のつぶやきは同日19:45の「よく分からないけど、遅ればせながら始めてみた。 そのうち使い方に慣れてくると思う。」だった。Twitterスタートは好評を以て迎え入れられ、戦友ともいえる上山道郎おぎのひとしからもメッセージが送られていた。Twitter上では先述の通り、マンガ理論をつぶやくほか、不定期で過去の作品に登場したキャラクター現在の筆で再筆してくれることもある。


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最終更新日: 17/07/19 21:39
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