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アドマイヤベガ


ヨミ: アドマイヤベガ
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アドマイヤベガとは、日本の元競走馬・種である。
1999年クラシック三強を皐月賞テイエムオペラオー菊花賞ナリタトップロードとともに形成したダービー。 


見も知らぬ兄弟


サンデーサイレンスベガトニービンというピッカピカの良血サンデー言わずもがなベガ二冠にいた名
のアドマイヤボスアドマイヤドンも重賞を勝っており、掛け値しに一流の血統である。
しかし、このアドマイヤベガには全…いや全になり得たがいた。しかし、「双子は大成しない」ということで、ベガの胎内でその子は葬られた。
そういう経緯で生まれたのがベガの初である彼なのだ。残酷かもしれないが、双子で生まれて大成できたかどうかはわからない。
下手すると、身体が小さすぎて競走馬にもなれずに二頭とも淘汰されたかもしれない。名も知らぬ彼の兄弟の犠牲は駄ではなかったと信じたい。
ちなみに、ベガでありながら「流星に変なほくろがあって三白眼恐竜みたい」と脚がひん曲がってたこともあり見かけの評価はなのに底辺だったとは違い
息子である彼は、秀麗なイケメンという評価が下されていた。カーチャン涙目。ただし左前脚の曲がりっぷりはそっくりだった。


天に輝く一等星


1998年11月デビューし、人気に応え快勝…かと思われたが、最後の直線で斜行し4着降着となってしまう。
この後も戦として乗る武豊はその前の週にサイレンススズカ事故で失っており、そのショックがあったと言われる。
ちなみにこの騎乗停止の影は広範に渡り、エアグルーヴエリザベス女王杯スペシャルウィークジャパンカップも乗り替わりとなった。
話を彼に戻すが、その後は未勝利戦ではなく格上挑戦となる500万条件戦のエリカ賞へ。ここでは強な末脚で快勝。
ラジオたんぱ杯三歳ステークスでも東の大器マチカネキンノホシを下し重賞初制覇。戦は幻だったんや!

そして迎えたクラシックシーズン弥生賞から始動。上がり最速で突っ込むがナリタトップロードを捉えられず2着。
皐月賞での巻き返しが期待されたが体調不良ボロボロのまま出走し6着に敗。
捲土重来を期し、体調を整えて臨んだダービーでは僅差でナリタトップロードに一番人気を譲ったが、皐月賞テイエムオペラオートップロードめに競り合う中
冷静に仕掛けどころを見定めて仕掛けた武豊ファインプレーもあって、見事先頭で駆け抜けダービーとなった。

その後、初戦でトップロードを一蹴し迎えた菊花賞では距離不適だったか伸び切れず6着。その後休養し翌年宝塚記念標に調整されたが
靭帯炎で2000年引退した。もし事だったなら、その切れ味で覇王となったテイエムオペラオーの対抗になれていただろう存在であり
非常にもったいない引退であった。

引退後は種となったが、ファーストクロップデビューである2004年破裂で死去してしまった。享年8歳。
しかし産駒はストーミーカフェキストゥヘヴンのようにスピード熟性を持つもの、ブルーメンブラット・プレミアムボックスのように本領発揮までに時間はかかるが安定して長く活躍する短距離
サンライズベガ・アドマイヤフジのように息長く中距離で活躍するタイプ、テイエムドラゴンメルシーモンサンのようなハードラーまで多な個性を輩出しており、世が惜しまれた。 


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最終更新日: 13/08/20 17:41
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