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ウオッカ


ヨミ: ウオッカ
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88カキコ!

ウオッカとは、

  1. 東欧旧ソ連圏で作られるスピリッツの一種。ウォッカウォトカ
  2. 競走馬・繁殖(2004年4月4日生まれ、2019年4月1日没)。本稿で記述。
    曖昧さ回避 この記事では実在競走馬について記述しています。
    このを元にした『ウマ娘 プリティーダービー』に登場するウマ娘については
    ウオッカ(ウマ娘)」を参照して下さい。

概要


2007年日本ダービー

オークスを選ばずに、あえてダービーを選んだ

勝てるのか?本当に勝てるのか?

64年ぶり、ダービー制覇。ウオッカ。

も行かないを行け。茨の中に答えがある。

2013年日本ダービーCMより

な勝ち
2006年 阪神ジュベナイルフィリーズ(GI)
2007年 東京優駿(JpnI)、チューリップ賞(JpnIII)
2008年 安田記念(GI)、天皇賞(秋)(GI)
2009年 ヴィクトリアマイル(GI)、安田記念(GI)、ジャパンカップ(GI)


出生


日本競走馬タニノギムレットはタニノシスターはルション。鹿毛の
タニノギムレット氏が経営しているカントリー牧場から誕生した久しぶりのダービー母親中央競馬を5勝した実績があり、ルションは英GI2勝の実績がある。

名前の由来はのウッカからだが名は「ウッカ」と大文字なので注意。
ギムレットジンベースお酒なので、それよりも度数の高いウオッカとつけることでより強くあれという希望を込めた名前なのだとか。タニノ冠名をつけなかったのもストレートで飲むことでより強くという意味合いである。


デビューから2歳


居勝厩舎への入厩の時から、厩舎スタッフからジャパニィィィィズスーパースタァァァァァ!シーザリオォォォォォォ!級の逸材が来ると噂されていた。
調教したてでGIに食らいつくという素質の高さも見せ、である雄三も大物になると確信した。
そのため居が「クラシック登録は桜花賞オークスでいいですか」と聞いたら、は「5つ全部だ(先2つ+クラシック三冠)」と答えたという。

デビュー戦前から戦は四位洋文に決まっていた。しかし彼はに騎乗するため新戦は代打鮫島也が騎乗したが、ここを快勝。四位が初騎乗の2戦は2着に敗れた。

次に挑むのは2歳最強決定戦、阪神ジュベナイルフィリーズである。4番人気であった。
1番人気は重賞含む3連勝中のアストンマーチャン
ウオッカは中団から進め、最後の最後でアストンマーチャンを差し切り勝利くもGIとなった。勝ちタイムレースレコードと2歳芝の日本レコードを同時に更新という、格の違いを見せつけた。
阪神JFを勝ったことで、この年の最優秀2歳の座を獲得した。


3歳春~宿敵との出会い・桜花賞


2007年は、エルフィンステークスから他より重い斤量も何のその、なりで先頭に立ってそのまま勝利
次走の重賞チューリップ賞には「永遠の宿敵」と称された格の違うがいた。
そう、ダイワスカーレットである。
初対決となった同レースではスカーレット側がマッチレースを挑んできたが、これをクビ差で制した。

こうなればもうクラシックは貰ったか、と圧倒的1番人気で迎えた桜花賞
しかしライバルスカーレットは、前走の結果からまくりは不利と判断し先行策を取った。そして彼女の一貫したスタイルとなるのだが、それは向こうの記事に譲る。
ウオッカはいつも通りの中団から勝負にかかるが、スカーレット安藤勝己の進路塞ぎの巧みさもあってよれてしまい、差し切れず惜しくも2着。牝馬三冠の夢はまさかの1戦で消えてしまった。


ダービーへの挑戦


桜花賞敗退により、前々からダービーへの挑戦を考えていた営はオークスに出ようかと悩み始めた。居に判断を任せると伝えると、「ならダービーで」と返ってきたため、営は日本ダービーへの出走を決意した。

の出走自体が11年ぶり、その時の出走ビワハイジは見せ場なく13着に惨敗しており、話題提供したが勝つのはホウオーと、1番人気選ばれたのはフサイチホウオーであった。
ホウオーは父親がやはりダービーを制したジャングルポケットであり、しかも皐月賞3着ながら素晴らしい末脚、更に府中レースはこれまで全勝、更に上がスカーレットと同じアンカツこれで勝つる!と期待を一身に背負っていた。
まあ、あのデスブログである東原亜希が本命に推した時点で死亡フラグも立っていたのだが…

レースアササキングスが先行、アドマイヤオーラはかかり気味、皐月賞ヴィクトリーは後方待機の後上がり、それに釣られてかかってしまうホウオーと人気が軒並み自分のレースをできなかった中、ウオッカはいつも通りの位置から自分の競馬をすることができた。
最後の直線に入りかかって伸びないホウオーやアドマイヤオーラに突き抜け、前でっているアササキングスもかわし、上がり3ハロン33脚で駆け抜けた。

クリフジ以来64年ぶりのダービー制覇。戦後では初である。四位にとっても初のダービー制覇となり右手ガッツポーズ。またでのダービー制覇ともなり、2019年現在でも一の記録である。


3歳後半~勝てない日々


しかしウオッカはここから長いトンネルに入る。
ダービー制覇という大偉業を成し遂げたこともあり直後の宝塚記念では一番人気に推されたが、8着と大敗。凱旋門賞への出走を予定していたが、故障のための治療に時間を使ってしまい調教が万全にならなくなったため断念した。

トライアルしのぶっつけ本番で挑んだ秋華賞スカーレットどころかレインダンスもかわせずに3着に敗れた。
次走はエリザベス女王杯の予定だったがレース当日に故障発生し出走取消。結果ダイワスカーレットが制すこのレース実況馬場アナの「ウオッカのために負けられない!」の台詞はこのためである。
軽症だったのでジャパンカップに挑んだが最後追い込むも失速し4着。
有馬記念ではファン投票1位に選ばれ3番人気となったが11着惨敗。

結局3歳はダービー以降は全く勝てず、ダービー制覇という偉業を成し遂げながら最優秀3歳の座はダイワスカーレットに明け渡す形になってしまった。


4歳春~復活の安田記念


年明け初戦は京都記念であったが伸びきれず6着に敗退。

次走は初の海外戦であるドバイデューティーフリー。ここから上は武豊に乗り替わった。しく前競馬をするが4着まで。
短期放牧に出され挑んだヴィクトリアマイルであったがエイアンウインズに届かず2着。

勝てない――――気づけば最後に勝ったダービーからもう1年が過ぎていた。
ダービーを勝って燃え尽きは少なくない。彼女もまたそういう1頭だったのだ、と世間のがそういう評価を下そうとしつつあった。

もう負けられない営は中2週というハードな日程で同じくマイル戦だが混合の安田記念に出走を決意。ダービー制した安田記念に挑んだのはサクラチヨノオー以来19年ぶりとこれまた異例であった。
武豊スズカフェニックスへの騎乗が決まっていたため、岩田康誠に乗り替わって挑むことになった。

レースは好スタートを切り好位を確保すると直線で一気に抜け出し、あとは離すだけのアルマダに3身1/2をつけて圧勝。安田記念を制したのはノースフライト以来14年ぶり、ダービー2000m未満のGIを勝つこと自体が初の快挙だった。しかも安田記念がGI化して以来最大の着差である。

宝塚記念ではまたファン投票1位だったがここは回避。じっくり休養し万全でに臨むことにした。


4歳秋~白熱のデッドヒート・天皇賞(秋)


毎日王冠から始動したウオッカ。GI彼女しかいないのもあり1番人気に推され、逃げ切りを狙うもスーパーホーネットに差され2着に敗れた。

次走は天皇賞(秋)である。
ここには宿敵ダイワスカーレットも参戦しており久々の直接対決となったほか、NHKマイルカップダービーの変則2冠を達成し、かつての相棒四位が駆るディープスカイも参戦。人気的にもこの3頭が抜けており、3強対決の様相を呈していた。
上の武豊は「今までで一番状態はいい」と自信を見せた。スカーレットは故障明けであり、そして何よりウオッカはここまでの戦績、実はジャパンカップ以外はすべて府中レースを連対しているのである。
府中開催、そして武豊府中が得意である。勝利フラグは着々ともたらされつつあった。

レースはいつも通りスカーレットが先行、ウオッカはディープスカイにつける形で中団からの競馬となった。最後の直線でスカーレットを捉えんと鋭い末脚を見せるウオッカとディープスカイスカーレット全に3頭の叩き合いになった。ずるずると下がると思われたスカーレットは何と残り50mで差し返し、更にそれを差さんとするウオッカ、わずかに後方にディープスカイ、ウオッカが再びスカーレットに並んだところがゴールであった。大接戦ドゴーン!(この時の実況青嶋達也の言葉の空耳。実際は大接戦のゴールと言っている)

VTR映像でも分からないレベルのあまりにも僅差の勝負、結果は写真判定にもつれ込んだ。しかしスカーレット上のアンカツはこの時点で「負けたな…」と思っていたらしい。ただ番で暫定的に若い順だったスカーレットが上と書かれていたため、安藤は「負けてないですか?」と問いながら1着に入った。
写真判定は実に13分にも及び次レースの発走がずらされた他、テレビ中継も延長され、「もう同着でよくない?」とのも場内から聞かれ始めた。

そして長時間の写真判定の結果は…ウオッカのハナ差2cmでの勝利であった。これを見た武豊ガッツポーズスカーレット営は茫然となったという。
武、居、の三者で万歳三唱し、武は「劣勢と聞いて生きた心地がしなかった」と述べた。
天皇賞ワンツーフィニッシュ自体が50年ぶりであり、同着でもおかしくない程の僅差を演じた2頭のは共に称賛されるべきであろう。
この3頭のデッドヒートはぱんぱんの良馬場であったのも手伝いレースレコードをも生み、スペシャルウィークシンボリクリスエスが記録したコースレコードレースレコードを0.8更新した。

その後はジャパンカップに2回の挑戦。がスローペースとなったためスクリーンヒーローの3着まで。
有馬記念はまたファン投票1位となるが回避。なおレースダイワスカーレットが制しており、こちらはこちらで初の有馬記念1番人気勝利を成し遂げている。

安田記念の実績によりエアグルーヴ以来11年ぶりので年度代表と最優秀4歳以上いた。


5歳春~マイルの女王へ


年明け初戦は海外遠征となり、2戦となる2回の挑戦ドバイデューティーフリーは重馬場のせいもあり7着と敗退した。

その後は前年と同じように帰ヴィクトリアマイルに挑んだ。
ぶっちゃけこのレースいじめと言えるほどぶっちぎり、マイル戦、相手にリトルアマポーラカワカミプリンセスなどのGIもいたにも関わらず7身離して大圧勝。レースレコード更新。やはりスカーレットのいない戦では役不足にもほどがあった。


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最終更新日: 19/04/15 13:43
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