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エルコンドルパサー


ヨミ: エルコンドルパサー
掲示板をミル!
62カキコ!

98年 ジャパンカップ

エルコンドルパサー、戦のライバルたち。
らは、ひとりでは強くなれない。
 ―2011年ジャパンカップCMより 

エルコンドルパサーとは、1995年まれの競走馬。外であるが、配合を考えたのはオーナーブリーダーである日本人であった。強いインブリード配合やそのチートな強さ。海外遠征での好走など「リアルダビスタ」とか呼ばれた名である。

曖昧さ回避 この記事では実在競走馬について記述しています。
このを元にした『ウマ娘 プリティーダービー』に登場するウマ娘については
エルコンドルパサー(ウマ娘)」を参照して下さい。


概要


Kingmambo Saddlers Gal Sadler's Wellsという血統。ノーザンダンサーの3×4を始めとするかなりの近親配合でダビスタでさえ「危険な配合です」と言われかねない血統だった(血統詳細)。やや重苦しい欧州の一流種が血統表に並んでおり、同ヨーロッパ競馬にあっさり適応出来たのはこのためだったのかもしれない。

戦、500万条件とダートレースを物凄く強いレースっぷりで勝つ。ちなみに500万条件出走時。休み明けの事もあってエルコンドルパサーはそもそも大きなおでっぷが付き、毛ボーボー。ロバだかだか分からないような酷い体だった。新聞ではグルグルマークが一杯付いていたが、こんなん走るいと思ったら、ダート1800mしかも中山で9身差圧勝。が点になったものである。

これは強いぞということで芝への挑戦。共同通信杯に登録したらなんとこれがダート変更。当然圧勝して次走ニュージーランド4歳ステークスでようやく芝で走ることが出来た。これもあっさり勝つ。

この年のNHKマイルカップは前年の2歳チャンピオングラスワンダーで仕方がいというレースだったのだが、なんとグラスワンダー折して戦線離脱。ならばもう、このしかいないよね。ということでエルコンドルパサーは1.8倍の一番人気。そして勝。なんというか、この時点での様に強いな、とみんな思っていた。

しかし、朝日杯で驚異のレコード叩き出したグラスワンダーとどちらが強いかと聞かれると、どっちかというとグラスかな?と思っていた事も事実である。両の手綱を取っていた的場均騎手グラスワンダーを選んだ(色々あったらしいが)ことも影して、初の直接対決となった毎日王冠ではグラスワンダー人気で遅れをとっていた。

だが、今では伝説となっているこのレースで、サイレンススズカに詰め寄る2着に入る。グラスワンダーに先着した事で3歳外最強の座を明したのであった。

そして、次走をなんとジャパンカップに選ぶ。エルコンドルパサーはここまで2000m以上の距離を走った事がかったが、である渡邊氏が二ノ宮調教師に、ジャパンカップではなく実績のあるマイルGⅠのマイルチャンピオンシップにでた方がいいのかと尋ねたところ

どちらに出ても勝ちます、どちらがいいですか?

との答えが返ってきた。この答えに納得し、将来の欧州遠征をも見据えてジャパンカップへの出走を決める。なお、内で一敗戦を喫した毎日王冠サイレンススズカ天皇賞で故障・予後不良になっている。後に判明したことだがこちらもジャパンカップへの挑戦プランがあり、もし事だったら辱の機会が訪れていたことになる。

そうして出走したジャパンカップを堂々とした走りっぷりで優勝。特に同世代のダービースペシャルウィークをねじ伏せたことで、今度は世代最強を高らかに宣言したのであった。おかげでスペシャルウィークはこの後幾ら勝っても「まぁ、エルコンドルの方が強いけどね」と言われ続けることになってしまうのである。この後天皇賞連覇とジャパンカップ勝利というかしい実績を重ねるのだが…

有馬記念へは出走せずにこの年を終える。これはの方針によるもので、「本当の名は出るレースを絞る」「内的には有馬が一番馬券の売れるレースだが、世界的な評価はジャパンカップの方が上。そこを勝っているのだから理に有馬に出る必要はない」という考えだった。

エルコンドルパサーは翌年、凱旋門賞して欧州遠征を決断する。この前年、シーキングザパールタイキシャトルヨーロッパGⅠに勝っており、日本海外遠征する機運がかつてく盛り上がっていたのである。海外遠征と言っても1レースか2レース使って帰ってくるのが普通なのだが、エルコンドルパサーの場合は半年もの間ヨーロッパに滞在して調教を積むという現在でもあまり見られないい取り組み方をした。しかしこれが奏功し、向こうで過ごすうちに欧州馬場に合うように走法も体格も変わっていった。ここでも前述の方針の通り「2走、2走」とレース数を絞っていた。もちろん最後に走るのは凱旋門賞である。

果たして、1999年5月に行われたイスパーン賞(GⅠ)は直線実況が「これは勝ちます!」と言っちゃった程惜しい2着。次走、伝統あるサンクール大賞(GⅠ)は前年の凱旋門賞サガミックスや前年のヨーロッパ年度代表ドリームウェルを61kgという斤量をものともせずにねじ伏せて勝。これには当地の競馬マスコミも仰し、本番の凱旋門賞ではアイリッシュダービーモンジューキングジョージの勝ちデイラミと並ぶ三強の一と評価された。凱旋門賞直前には滞在していた調教場全体から応援されていた程で、状態のいいコースを優先的に使わせてもらっていた。

しかし凱旋門賞の本番当日までは悪が続き、コースが非常に柔らかい状態になっていた。コースの硬度の計測を始めてから最も柔らかい数値を出したのはこの日である。このためデイラミの営は当日の競馬開始後になっても出走取り消しを検討していた。

凱旋門賞本番。スタートポンと飛び出したエルコンドルパサーはマイペースで逃げ続け、そのまま直線中ほどまで手ごたえ十分なまま先頭。「勝ったか!」と日本中が思った間、モンジューがそこまでやらんでもというような脚で外から差し切ってしまった。モンジューは重馬場を得意としており、をも味方につけた勝利だった。モンジュー調教師も「晴れててコースが硬かったら敵わなかった。これだけこちらへの好条件がっていながら勝者が2頭いるも同然のレースをされたのだから」とっている。

結果的に負けこそしたもののモンジューとの斤量差、この後ろを5身もちぎったことから、現地でのレース評価は「今年は勝ちが2頭いた」というものになり、この年のワールドサラブレッドレースホースランキング距離部門において日本調教で歴代最高の134ポンドという破格の評価を受けた(モンジュー、デイラミは135ポンド)。ちなみに、2006年ディープインパクト127ポンドの評価であった。

エルコンドルパサーはこのレースをもって引退。種としての受け入れ先やファンからはジャパンカップ有馬記念に出走してほしいという要望が多く届けられたが、営はこれを固辞している。後になって考えてみれば、長い時間をかけて欧州に適応させた身体を日本に適応させなおすには時間が足りなかったと考えられる。引退式はジャパンカップ開催日の休みに行われた。

通算成績11戦8勝二着3回の連対率100%を達成しており、これはシンザン(19連対)、ダイワスカーレット(12連対)に次ぐ記録。もちろん長期の外遠征を含めてこの記録を達成したはエルコンドルパサーが一である。1999年内で走っていないにも関わらず、あまりに衝撃的なその活躍から年度代表に選ばれスペシャルウィークグラスワンダー涙目になった。これにはかなりの論争が巻き起こり、顕彰馬への選出まで15年もの時間がかかることになる。

期待を集めながら種入りしたのだが、2002年に腸捻転で死亡。まだ7歳だった。代表産駒にジャパンカップダートに勝ったヴァーミリアン菊花賞を勝ったソングオブインド。後継種は結構いるらしいので、孫の代に期待したいものである。

名前の由来はサイモン&ガーファンクルの歌「コンドルは飛んで行く」から。日本競馬ファンからすると海外へ大きく羽ばたいたまま帰ってこなかったような、そんな感じがするであった。


顕彰馬を巡るいろいろ


さてJRAには顕彰馬という制度があり、エルコンドルパサーはもちろん同期スペシャルウィークらと共に顕彰馬入りが期待される存在となった。
しかし、エルコンドルパサーは日本での実績はGⅠ2勝と顕彰馬としてはやや物足りないが、海外で残した実績は日本としては今でも屈の実績を持ち顕彰馬に相応しいとする意見に説得があるという割と微妙な立場であった。
それでいて6割前後は安定して票数を持っていき、ディープインパクトテイエムオペラオーウオッカというようなもが納得するくらいGⅠを勝ちまくったり圧倒的な成績を残したでもいない限り何故か該当なしなどの効票が増えるという、一部の選考委員に嫌われているかのような扱いを受け続けていた。
エルコンファンのみならず、顕彰馬選定から漏れそうなギリギリの位置にいたファンからもいろんな意見が噴出したが最終的には「く選ぶなら選んでしまえ選考委員」という結論になった。
WikipediaでGⅠ4勝で顕彰馬入りの安を満たしているのにほとんど票を獲得できずにいるマヤノトップガンの項にわざわざ顕彰馬入りについての恨み節的な記事を書かれるあたり、ある種「門番」と化した彼が選考委員のせいでファンに邪険にされてしまったのは事実である。

そんなこんなで彼が逝ってから12年の日が経った2014年、ようやく選考委員も観念したのか顕彰馬に選ばれた。この後にオルフェーヴルジェンティルドンナロードカナロアが続いているが、これ以外で選出に必要な得票を獲得できるは出ていない。ブエナビスタスペシャルウィークは毎年90票前後の「定位置」におり、未だに選出されていない。 令和元年にはキタサンブラックがあと一歩となる140票を獲得している(この年の選出には145票必要だった)。


血統詳細













エルコンドルパサー






Kingmambo

Mr.prospector
Raise a Native Native Dancer
Raise you

Gold digger
Nashua
Sequence


Miesque

Nureyev
Northern Dancer
Special

Pasadoble
Prove Out
Santa Quilla






サドラーズギャル


Sadller's wells

Northern Dancer
Nearctic
natalma

Fairy Bridge
Bold reason
Special


Glenveagh

Seattle Slew
Bold reasoning
My charmer

Lisadell
Foril
Thong

Special,Lisadel(全姉妹)3×3×4・・・血量25.00%
Northern Dancer3×4・・・血量18.75%
Native Dancer4×5・・・血量9.38%


主な産駒


2001年産
2002年産

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最終更新日: 19/12/24 19:54
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