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オールナイトニッポン


ヨミ: オールナイトニッポン
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オールナイトニッポンは、ニッポン放送キー局に全ネットで放送されている深夜ラジオ番組である。

略称ANNBITTERSWEET SAMBAテーマソングしまれている。
この記事ではオールナイトニッポンと名の付く番組すべてを一まとめにして紹介する。


概要


偶然にも当番組と同じ年に始まった「JETSTREAM」(TOKYO FM)と並び、現在放送されているラジオ番組でも有数の歴史を誇る深夜番組である。ニッポン放送で開局以来放送された番組の中でも2番に長い歴史を持つ(最長寿番組は「テレフォン人生相談」)。

トーク体のラジオ深夜番組のイメージ現在の形に決定づけた番組の一つであり、ラジオ深夜番組のパロディなどでほぼ確実に番組テーマ曲である「BITTERSWEET SAMBA」が使用されるほどの認知度を誇る。

放送開始以来変わっていない番組の特徴として、番組スポンサーが「提供」ではなく「協賛」という形でついている点が挙げられる。
スポンサーからの番組内容の過剰な干渉を避けるためにこの形が取られ、それが現在に続く長寿化へとつながった秘の一つとされている。 

ANN1部のみのネット局では27時でネット飛び降りとなる。そのため1部のパーソナリティーエンディング「このあとは○○のオールナイトニッポンZEROです」といっても放送されない地区も多い。


変遷


放送開始から50年以上の歴史を持つ大長寿番組である。様々な変遷を経て今日まで続いている。


勃興期~全盛期


1967年放送開始。当初は局アナメイン音楽番組だった。この頃は深夜1時から5時までの4時生放送。この頃の代表的パーソナリティー糸居五郎高崎一郎、淵昭信カメ、元:ニッポン放送社長)、斉藤アンコー)など。当時、深夜に流す番組がないローカル局に積極的に働きかけ、ネット局を増やすことに成功した。

開始から1970年代まではTBSラジオの裏番組「パックインミュージック」と同様、月曜深夜の放送を「火曜日」と明けの曜日呼称を用いていた。土曜深夜に放送されていた「笑福亭鶴光のオールナイトニッポン」がサンデースペシャル(サンスペ)」と呼ばれていたのはその名残である。

1972年7月編で前半2時間と後半2時間をそれぞれ帯番組にするなどてこ入れを行うが、競合裏番組である「セイ!ヤング」(文化放送)や「パックインミュージック」(TBSラジオ)に苦戦。1973年7月編でアナウンサーからタレント体のラインナップに変更。1974年7月編では前半と後半が全に分割される2部制が導入され、1999年までこのおなじみの体制が続くことになった。
放送が増えた分新規のパーソナリティーも積極的に開拓されるようになり、1970年代1990年代前半に人気番組となった。この頃の代表的パーソナリティー笑福亭鶴光タモリ所ジョージ中島みゆきビートたけしとんねるず、鴻上尚史、デーモン小暮、サンプラザ中野伊集院光大槻ケンヂウッチャンナンチャン電気グルーヴ松村邦洋福山雅治など。

1994年にはANN史上最長放送記録を立したナインティナインのオールナイトニッポンスタートしている。


迷走期


1998年にそれまでの1部・2部の呼称から、2部を「オールナイトニッポンR」に変更。
そして1999年4月編にはニッポン放送の放送LF+Rエルエフアールと総称することとなり、それまで1部で放送された番組を10時台のワイドに新設されたallnightnippon SUPER!」に移動。旧1部を@llnightnippon.com(オールナイトニッポン・コム)、そして旧2部のallnightnippon-r」と、3部に移行した。
しかし、「SUPER!」は当初関東ローカルでそれをインターネットのストーリミング放送で未ネット地域に補するというシステムを敷く、「com」「r」も番組内に番組を乱立させるなど、悪ともいえる編成を行ったため低迷。半年ほどで「ナイナイのANN」の「com」への移動、「SUPER!」の全ネット拡大などを行ったが、その隙にライバルTBSラジオが「UP's」~「JUNK」で足場を固めて形勢を逆転される。22時台もTBSラジオは「バトルトークラジオアクセス」が大ヒット番組となり、「SUPER!」も大苦戦を強いられることになる。秋田放送新潟放送南日本放送といったJRN寄りの編成を行う局が「アクセス」をネットしていたため、「com」にべて「SUPER!」のネット局は少なかった。
なお、TBSラジオ深夜の足固めに貢献した番組の一つがにも「オールナイトニッポン」出身の伊集院光が始めた伊集院光 深夜の馬鹿力であった。

また「第2の開局」と称して大幅なイメージ変更をするに当たり、LF+Rカラーに合わないという理由で貢献者であった松任谷由実松村邦洋のオールナイトニッポンを人気があったにも関わらず打ち切った事もリスナーの怒りを買う結果となった。

この頃より、ラジオへのスポンサー減少が業界全体に広がっていき、それまで自社制作若者向けワイド番組を放送していた地方局は製作費削減を兼ねて22時台~23時台の東京キー局の番組をネットするようになり、地方局のワイド番組の多くが終了していった。

このオールナイトニッポンブランドの地位低下を招いたLF+Rは、「これから訪れるネット時代に対応した放送形態に進化する」という意図で「SUPER」のネットストリーミング放送、番組公式サイトの開設、電子メールによるメッセージ投稿の開始と大々的にイメージチェンジを図ったが、特にネットストリーミング放送に関しては明らかに時期尚過ぎたのが大きな敗因であったのは否めない。2000年代半ばに登場したYouTubeニコニコ動画などの動画配信サイトによる生放送2010年サービスを開始したradikoによるラジオ番組のネット配信の一般化など、時代の潮流としては確かにLF+R立ち上げ当初のニッポン放送側の論見は結果的に間違ってはいなかったが、それを実現させるための技術やリスナーの意識がまだ追いついていなかったことが迷走の引き金を引いたと言えよう。


21世紀以降


LF+R末期は初期の「com」のような番組乱立状態ではなくなり、結局元のに収まる形で2003年に「LF+R」が消滅、「com」を再び「オールナイトニッポン」に戻し、半年後には旧2部の「R」の月曜木曜を中高年向けの「オールナイトニッポンエバーグリーンに転換した。2004年にはワイドで放送されていた「オールナイトニッポンいいネ!」(「SUPER!」の後継番組)を終了させ3部制も撤退したものの低迷は続き、かつて十数社もあった協賛スポンサー減し、3~4社ほどとなってしまった。

2009年11月30日から22時台に5年8ヶぶりにオールナイトニッポンのブランド名をレギュラーで冠する番組「オールナイトニッポンGOLDスタート。これにより実質的にANN3部制が復活。ただし以前のSUPER!、いいネ!とは異なり、GOLDヤングタイム番組としてではなくターゲット年齢層を30代から40代と高めに設定した番組として構成されている。

2012年4月編において、2003年以降中高年向けに方向転換していた旧2部を若手育成枠に再び戻すこととなり、「オールナイトニッポン0(ZERO)」スタートした。
初代パーソナリティに選ばれた面々は募によって選ばれた。選考にいてはYouTubeに自身のトークを録画した動画投稿した上で応募するという形が取られたのも特徴的である。
なお、旧2部が全曜日生放送に復帰するのは1998年編以来14年ぶりである。「オールナイトニッポンR」という名称は土曜日のみ残される形で2018年3月まで存続した。

2021年4月編において、「オールナイトニッポン」「オールナイトニッポン0(ZERO)」のパーソナリティがほぼ盤石で、アイディンティティである世の中がまだ知らないしゃべりに魅がある人を発掘するというチャレンジがしにくくなっていたため、新たに「第3のオールナイトニッポン」として、「オールナイトニッポンX(クロス)」スタートした。
2013年に「オールナイトニッポンイチ」が誕生して以来、8年ぶりのオールナイトニッポンの新ブランドの誕生となった。


ネット局の関係性


番組開始当初はニッポン放送のみのローカル番組だったオールナイトニッポンだが、1970年6月30日よりSTVラジオ静岡放送ラジオ大阪の3局が番組ネットを開始し、拡大路線が始まる。
特にSTVラジオ(旧:札幌テレビ放送ラジオ局)では元々1962年開局とAMラジオ局としては非常遅れ先発HBCラジオに大きくをあけられていたという事情があり、間のプログラム不足を補うために1968年24時間放送に踏み切りネット開始。当時、HBCは自社製作深夜番組「オールナイト北海道ミッドナイトスパーク」を放送していた事。当時のSTVフジテレビ系列局(正確には日本テレビ系列フジテレビ系列クロスネット)であり、フジサンケイグループ(ニッポン放送)との関係が非常に強かったことから北海道地区はSTVネットする事になった。
STVラジオANNネット受けを開始した1970年に、このANNの前の時間帯である24時台に自社製作深夜番組アタックヤングも開始。このアタックヤングANNの相乗効果により北海道若者リスナーの開拓に成功している。アタヤン出身のSTVアナウンサーは後にSTVテレビでもエースとして活躍し、同局の人気に大きく貢献した。

1970年代以降、ANNネット局は急拡大。JRN系列の「パックインミュージック」(TBSラジオ)のネットからANNネットへ切り替える替え局を大量に得たり、そもそも平日深夜帯も放送休止にしていたものを新規にANNネット開始することで日曜深夜以外の24時間放送化に踏み切る地方局も多く生んだ。
しかし、東海地区において大問題が発生する。
東海地区では本来NRN系列局である東海ラジオネットするのが筋である。しかし当時、25時から27時にかけて大人気自社制作番組ミッドナイト東海が放送されていた。「ミッドナイトの放送を打ち切ってまでオールナイトは放送できない」とネットを断られてしまった。
そこで「ミッドナイト東海」に大きくを開けられていたJRN系列の中部日本放送(現:CBCラジオ)が自社製作からANNネットに転換。しかし中部日本放送JRN単独系列で、ANNNRN系の回線を使い配信されていたため番組の同時ネットが厳しいという問題に直面する。そこでニッポン放送中部日本放送東京支社に直接回線を通すという異例の形で系列外ネットを行った。これにより、東海地区のオールナイト腸捻転体制が確立した。
1983年ミッドナイト東海は終了。しかしネット局は東海ラジオに移らず、現在CBCラジオネットを続けている。そのためTBSラジオ制作深夜番組「パックインミュージック」「スーパーギャング」「UP's」「JUNK」といった番組は東海地区では全く放送されないという問題も抱えている。
なお、深夜27時(午前3時)以降はCBCラジオ3時以降本来の系列であるTBSラジオの「CITY CHILL CLUB」という音楽番組をネット東海ラジオでは長らく「走れ!歌謡曲」(文化放送)を土曜日ネットしていたが、2021年3月に「走れ!歌謡曲」が終了したのを機にANN0のネットへと切り替えた。(金曜ANN0のみ4時30分飛び降り)。
ANN旧2部に関しては2018年3月までCBCラジオ土曜日のみネットするという状態が長らく続いていたが、3年の中断を経て逆に平日のみのネットへ入れ替わっている。


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最終更新日: 21/09/14 20:40
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