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グラナダ王国


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グラナダ王国とは、イベリア半島南部都市グラナダを中心としたイスラムである。歴史上二つ有る。

  1. ズィーリー。あんまり有名じゃないし、そもそもチュニジアを支配した本家の方も知られていない。
  2. ナスル朝。イベリア半島最後のイスラムと言うことで、世界史の教科書には大航海時代に入る前のレコンキスタ了のお知らせとして割と知られている。

ズィーリー朝


チュニジアを支配した、ズィールの一族がアル=アンダルス(イベリア)にやってきてウマイヤから独立したタイファの一つ。1013年に成立し、1091年にムラービトに征された。王自体は残ったが王は交代し、1145年にはムワッヒドによって滅ぼされた。


ナスル朝


イベリア半島最後のイスラム。ムワッヒドアル=アンダルスの影減退によって、アンダルスがさながら戦国時代となった。そんな中1232年ムハンマド1世が即位。1238年にはグラナダを首都と定めたため、グラナダ王国とも呼ばれる。北部のキリスト教の勢が伸する中、カスティーリャ王に貢納や臣従も行って命脈を長らえた。キリスト教南部に延びるに従い、イスラム系住民がアンダルス最後のイスラム地域としてグラナダ王国になだれ込むことになる。この人口増加と、カスティーリャ王弱体化、イベリア半島における微妙政治的均衡によってグラナダ王国は最盛期を迎え、首都グラナダは欧州最大の都市として栄えた。

しかし、15世紀に入り、カスティーリャ王とアラゴンの接近、アフリカ西北部のイスラーム弱体化キリスト教によるジブラルタル海峡握といったように、グラナダ王国の独立を存続させた状況が失われ始めた。そんな中でも王では内紛が続いていた。

カトリック両王の攻勢の結果、包囲されたグラナダは、1492年に降伏。700年続いた、イスラムによるアンダルス支配は終わりを告げた。


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最終更新日: 18/04/09 19:14
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