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グリーングラス


ヨミ: グリーングラス
掲示板をミル!
25カキコ!

グリーングラスとは、1973年まれの競走馬トウショウボーイテンポイントと共にTTG三強と並び称された名である。とにかく渋いであった。


概要


インターメゾ ダーリングヒメ ニンバスという血統。正直言ってなんじゃこりゃ?というほど古くて非メジャーな血統構成。しかも生まれは青森。この時点で既に渋い。

しかしながら雄大格と調教の動きで評判になり、くからかなり期待されていたらしい。ところが2歳のに肺炎を患うなど色々とトラブルが起きてデビューは3歳になってから。デビュー戦は2番人気に支持された。

ところがここには、後に生涯のライバルとなるトウショウボーイが出走してきていたのである。名門牧場の良血というなんだよその形満という感じのトウショウボーイは並外れたスピードでグリーングラスを置いてきぼりにする。グラスは4着だった。

これでけちがついてしまったグリーングラスは、クラシックの表舞台から遠ざかってしまう。3戦で何とか勝利したものの、ダービー挑戦への望みをかけたNHK杯では12着惨敗。上も安田富男騎手に代わって渋さが増す。しかし、あじさい賞、鹿島特別と地味なところを勝利して、なんとかクラシック最後の大舞台菊花賞に出走することが出来た。

その菊花賞皐月賞トウショウボーイダービークライムカイザー関西の期待テンポイントが三強と呼ばれ、間違いなくこの3頭で決着すると思われていた。実況杉本清アナウンサーも三強を交互に取り上げ、トウショウボーイ先頭で迎えた直線「テンポイントトウショウボーイクライムカイザーか!」と言った。しかしこの時には既に、直線の一番内を通ってグリーングラスが抜け出してきていたのである。明らかに脚色の違う伸びでテンポイントを一気に交わし、テンポイントびいきの杉本アナウンサーの叫びもむなしく、先頭でゴールを駆け抜けたのはグリーングラス。その間、杉本アナウンサーは「グリーングラスです・・・、内を通ってグリーングラスです・・・」と呆然としたように言った。

12番人気。単勝配当は現在でも菊花賞レコード5250円である。裏街道を歩いてきた苦労人が、大舞台スターを打ち負かしたという浪節溢れる筋書きは、グリーングラスをよりいっそう渋い存在とした。

年明けのアメリカジョッキークラブカップでは天皇賞アイフルを向こうに回して、3コーナー大捲りで直線りこむという強い競馬レコード勝ち。いやいや、これは本当に強いだ、と競馬ファンは再認識。続く天皇賞ではテンポイントに続く2番人気に支持された。

ところがである。大であったグリーングラスはこのあたりから脚元に不安が出始める。おまけ虫歯やなんやらで順調さを欠いたグリーングラスは、菊花賞と同じ作戦を取ったものの、テンポイントから離される4着に敗れてしまう。

念願のタイトルを獲得したテンポイント。そして世代の王者トウショウボーイ。そしてグリーングラスが二度にぶつかり合ったのが次走、宝塚記念だった。人気1・2・3人気を独占。実はこのレース、既に天皇賞を獲っているアイフルダービークライムカイザー、後に天皇賞を勝つことになるホクトボーイという物凄いメンバーが集まっていたのである。しかしレーストウショウボーイテンポイントの独壇場。グリーングラスは3着を確保したものの、二頭からは大きく離された(しかしその後ろも大きく開いている)。

中山2500mで行われた日本経済賞は流石にレベルが違ってレコード勝ち。天皇賞は、既に天皇賞を勝ち抜けてしまった(当時は天皇賞を一度勝ってしまうと、二度と同レースに出られなかった)テンポイントがおらず、トウショウボーイとグリーングラスだけの一騎打ちされていた。ところが、レースではあまりに互いを意識し過ぎたのか、トウショウボーイと並んでガンガン飛ばしてしまい、直線沈没。ホクトボーイの5着に敗れる。

続くは有馬記念TTG最後の対決である。この伝説レーストウショウボーイテンポイントマッチレースとして今もり継がれているが、先を行く二頭をぴったりマークし、直線で死闘を演ずるTTに向けて、一気に詰め寄ってきたのはあろうグリーングラスであった。その時大川慶次郎氏は「武士の情けだ(二頭で勝負をつけさせてくれ)グリーングラス!」と叫んだ。グリーングラスはトウショウボーイに半身まで迫る3着。大川慶次郎氏を安堵させた

トウショウボーイ引退テンポイント日経杯で故障。ただ一頭残ったグリーングラスがついに役としてターフに君臨するかと思われた。しかし、このあたりから脚部不安が深刻化。満足が行く調教も出来ない状態となって、二戦を2着3着。不調が伝えられる中、岡部幸雄騎手上に天皇賞へ向かった。

かしこレースではまた内から抜け出すと、直線りこんで念願の天皇賞制覇を達成した。ちなみにこれが、岡部騎手にとって初めての天皇賞勝利である。岡部騎手は後に、グリーングラスを相当高く評価している。

この後、グリーングラスは故障が更に悪化。この年は二走しか出来なかった(それでも天皇賞対決だった宝塚記念エリモジョージの2着を確保)。「一年の半分は温泉暮らし」と言われれば優にも聞こえるかもしれないが、実際は関係者の必死の努が続いていたわけである。6歳になってもほとんどレースに出られない。それでも出たレースではアメリカジョッキークラブカップで2着、宝塚記念では3着、オープン戦を2着と好走している。

そしてこの年の有馬記念。グリーングラスはついにこのレースでの引退が決まった。このレースには前年のダービーサクラショウリ、同じく有馬記念カネミノブ、二冠インターグロリア天皇シュウチカラ・テンメイホクトボーイ皐月賞ビンゴガルー、菊花賞インターグシケン天皇賞2着メジロファントム菊花賞2着ハシクランツ、ダービー2着リンドプルバン、南関東競馬三冠ハツシバオー、西の元3歳王者で、重賞7勝を揚げたバンブトンコート等々、驚くほどのメンバーっていた。

そんな中グリーングラスは2番人気に支持された。故障に苦しみ、勝ちから見放されていた彼をファンは見捨てていなかったのである。

そしてこのレース。グリーングラスは3コーナーで堂々先頭に立った。直線で追い込んでくる後輩の強の挑戦を受けて立つ構えである。しかし最後の最後で脚が止まってしまったグリーングラス。大斜行しながら猛然と追い込んでくるメジロファントム実況の盛山アナウンサーが叫ぶ。「メジロファントムが追う!グリーングラスが慢する!」

最後の最後にもう一りしたグリーングラスがメジロファントムいで、トウショウボーイテンポイントに続いて有馬記念となったのだった。この勝利が評価されてグリーングラスはこの年、ついにTT二頭に続いて年度代表となったのであった。

菊花賞天皇賞有馬記念に勝っているのだから歴史に残る名であることは間違いい。故障に苦しみながら6歳まで走り、常に好走したことはもっと評価されるべきである。

しかしながらスター性のあるTT二頭にべて地味であったことは間違いく、しかもこの二頭とったレースで勝てたのは出し抜けをかました菊花賞だけ。宝塚記念有馬記念は3着。それも越えられない壁を感じさせる3着であった。このため、なんとなくTTGではなくTT Gと書くのがしっくりくるような関係で、どうしても脇役であったと言わざるを得ない。

しかしながらTT引退死亡した後にグリーングラスががんばって走り続け、後輩を負かしてタイトルを獲得したおかげで、相対的にTT二頭の評価が高くなっていった事は忘れてはならない。その存在感役をよりかせる事が出来なければ名脇役の誉れを受けられないのである。その意味でグリーングラスは競馬史に残る名脇役であった。

引退後は種になり、あまり人気かった中でエリザベス女王杯ワードウイングや、自身と対照的にド手なルックスで誘導も務めたトウショウファルコを出すなど健闘した。しかしながら、ここでもトウショウボーイ々しい活躍にべれば渋い活躍だったと言うべきであろう。

引退後、一時行方が不明になるという事態になったものの、佐賀県ファンの方が自費で引き取り、穏やかな晩年を過ごしたようである。

2000年死亡28歳。TT二頭よりはるかに長生きした。しかし死亡記事はTT二頭にべて格段に地味だった。

散々脇役扱いしておいてなんだが、実はグリーングラス、八大競走3勝はTTGで最多。獲得賞も3億2845万円で3頭の中で一番多いのである。この辺はもう少し評価されても良いと思うのだがどうだろう。

トウショウボーイテンポイントと並んで彼も顕彰馬にすべきだという意見は多い。


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最終更新日: 14/03/03 22:56
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