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ゲーム機大戦


ヨミ: ゲームキタイセン
掲示板をミル!
1949カキコ!

1975年9月12日

日本初のテレビゲーム機「テレビテニス」が世に放たれた。

それは共に、現在へと続くゲーム機達の覇権をめぐる争いの始まりでもあった。

ゲーム機大戦。

これは、それらの歴史を辿りゆく果てしなき物語である…

ゲーム機大戦とは、MIDORIKAWAおよび、その後継作者手描き動画各作品のことである。
なお第1作に限ってはタイトルゲーム機戦争と表記されている。


概要


ゲーム機歴史戦争形式で紹介するという趣旨の動画で、テレビテニスから始まる日本ゲーム機(一部輸入)の栄枯盛衰を描く。ゲーム機自体の優劣をるものではなく、どちらかと言えばゲーム機開発と営業戦略の歴史とみて取ることができる。

作りとしては時系列や過程に脚色があり、結果の大筋について大体あってる系の動画。だがこの動画を通して時代を振り返り、不足ならばゲーム機紹介動画などを作ってみると良いだろう。ニコニコ動画歴史を保存することのできる媒体である。


登場するゲーム機


動画登場順


『ゲーム機戦争』編


1972年海外で初のゲーム機オデッセイ』が開発された3年後、を越えた地、日本にて初のゲーム機が生み出された。それは同時に、現在に至るゲーム機戦争への火種を生む…

テレビテニス発売からファミリーコンピューター発売の1983年に至るテレビゲーム明期を描いた第1弾。


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1975 テレビテニス(エポック) ¥19,500 日本初のゲーム機ポンテニスを楽しめるが、二人強制プレイになる
1977 テレビゲーム15任天堂 ¥15,000 ゲーム全15種類。ステージの違うポンテニス14種+射撃ゲーム
1979 カセットTVゲームAtari 2600をエポックが輸入販売) 57,300 当然性Atari 2600と同じもの。当時は今と違って円安の時代なので、価格も跳ね上がってしまった。
1981 カセットビジョン(エポック) ¥12,000 カートリッジ式。コントローラは本体一体CPUソフト側に搭載されており、ゲーム機本体は電テレビだけのためにある。
1982 ぴゅう太トミー 59,800 日本語BASIC(といっても、PRINTがカケになっている程度のお粗末なもの)採用。キーボードゴム製で、コントローラの操作性も劣悪。実はこの時代で16bitCPUを搭載している。VDPにTMS9918を採用しており、スプライト表示が可
1982 M5(ソード。動画ではタカラ 49,800 CPUZ80A、VDPにTMS9918を搭載しており、翌年発売されたMSXSC-3000ハード構成が酷似している(互換性はない)が、メインボードZ80 CTCを搭載しており、割り込み処理が可であったBASIC-I付属ナムコゲーの移植恵まれていた。
 ※タカラ発売のゲームパソコンM5BASIC-Gとコントローラ付属で¥59,800
1983 アルカディアバンダイ ¥19,800 クソゲーキャラゲー充実。互換機が30機以上存在するが元締めは不明
1983 コンピュータビジョン光速船(バンダイ 54,800 ベクタースキャン方式採用の9インチモニタとの一体ゲーム機である。実は海外GCE社が「Vectrex」(ベクトレックス)という名前で出したハードであり、日本で売られていたのはローカライズ版。バンダイはこの時期に上記のアルカディアインテレビジョンなどもローカライズしている。
1983/7/15 ファミリーコンピュータ任天堂 ¥14,800 説明不要の伝説ハード初めて十字キーを搭載した
1983/7/15 SC-3000セガ ¥29,800 本体はキーボード一体CPUZ80A、VDPにTMS9918を搭載しており、別売ではあるがBASICカートリッジを購入すればプログラミングも可であった。海外でも発売。
1983/7/15 SG-1000セガ ¥15,000 SG-3000からキーボードカセットインターフェースなどをオミットして低価格化。SC-3000との全互換性があり、キーボードなどを別途購入することでプログラミングも可だった。
1983 ぴゅう太Jr.(トミー ¥19,800 廉価版ぴゅう太キーボードなどをオミットしてゲーム専用機化することで低価格化に成功。SC-1000と違い、上位機種と同等にすることは不可能だった。
1983 カセットビジョンJr.(エポック) ¥5,000 廉価版カセットビジョン。上述したようにカセットビジョン本体には大した機がないため、大胆な低価格化が可だった。本家メーカーによる廉価版ハードとしてはゲーム機史上最安値を記録。ある意味伝説


『第2次 ゲーム機大戦』編


ファミコン発売からの2年間を描く。彼がゲーム機の地位を築いていく中、他メーカーはこんな機種を世に生み出していた。

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1983 RX-78 GUNDAMバンダイ 59,800 SHARPとの共同開発であり、Z80Aを搭載して当時のホビーマイコンとしては性は悪くなかった。インベーダーガンダムゲームが楽しめるゲームパソコン
1983 TVボーイ学習研究社 ¥8,800 本体一体ジョイスティック形式。電車でGО!コントローラーに近い形状。当時学研の学習雑誌を購読していた子供以外には、知名度がほとんどないのではないか?
1983 マイビジョン日本物産 39,800 圧倒的ボタン数。から見ても麻雀ゲーム以外の用途が見当たらない
1983 PV-2000カシオ計算機 ¥29,800 称は楽がき。CPUZ80A、VDPにTMS9918を搭載しており、SC-3000と違ってBASICインタープリタも標準搭載していた。MSXハード構成が酷似しているが、互換性はない。
1983 PV-1000カシオ計算機 ¥14,800 PV-2000の下位モデルだが、ハード構成そのものが異なっており、両機に互換性は全くない。
1983 オセロマルチビジョンツクダオリジナル ¥19,800 セガSG-1000との互換性を備えたオセロ専用機
1983 C1シャープ 145,000(ブラウン管、19) ファミリーコンピュータテレビ合体。内部ではRGBで繋がっており、画質の良さでゲーム雑誌編集部には好評だった。全互換性があるかと思いきや、動かないゲームもある。今でも館に多く生息している(?)
1984 SG-1000セガ ¥15,000 SG-1000マイナーチェンジ版。機体の形を変更し、本体直結だったコントローラを着脱式に変更した。同時に、評判の悪かったジョイスティックも止されてパッドになった。
1984 オセロマルチビジョン2(ツクダオリジナル ¥19,800 オセロマルチビジョンの後期版。ジョイスティックをパッドに変更
1984 ぴゅう太mk2トミー ¥29,800 ゴムキーボードプラスチック製に変更し、英文ベーシックも搭載した
1984 スーパーカセットビジョン(エポック) ¥14,800 この時代では画期的な128枚表示可スプライトを搭載したが、単色表示のためグラフィックは見劣りした。
1985 セガマークⅢセガ ¥15,000 SC-1000グラフィックを大幅強化(CPUは変わらない)。64色からカラーパレットを選択可になり、スプライトは16色表示が可となった。SC-1000との互換性も維持しているが、一部色の発色がおかしくなる不具合がある。


『第3次 ゲーム機大戦』編


ファミコン発展期からゲームボーイ発売までの3年間を描く。PCEメガドライブなど、現在バーチャルコンソールなどで楽しめるタイトルを輩出したゲーム機が登場。

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1986 ファミリーコンピュータディスクシステム任天堂 ¥15,000 ファミリーコンピュータの周辺機器。規格はクイックディスクであるが、販の生ディスクが使えないように外形は変更されている。ディスクライター安価に書換が可なのが売りだった。
1986 ツインファミコンシャープ 32,000 ファミリーコンピュータディスクシステム合体別々に買うより定価が高いが、RFにしか対応していないファミリーコンピュータと違ってビデオが可だった。
1987 PCエンジンNEC-HE) ¥24,800 ファミリーコンピュータの4倍速CPUを搭載し、8bit機ながら驚異的な高性を実現した。最大512色表示可であり、最大32x64ドットスプライト64枚表示可
1988 メガドライブセガ 21,000 当時アーケード流であった16bitMPU・MC68000搭載ゲームが面いのはハード限界があったからだ!
1988 PCエンジンCD-ROM2NEC-HE) 57,300 世界CD-ROMゲーム機。性は凄いが大人スネ夫専用
1987 X1twin(シャープ ¥99,800 シャープNECライバル?元々PCエンジンハドソンが開発したゲーム機のため、NEC以外からの発売も可だったのです。
1989 ゲームボーイ任天堂 ¥12,800 携帯ゲーム機省エネ白黒画面。爆撃叩き付けにも耐える耐久


『第4次 ゲーム機大戦』編


舞台1990年代へ突入。スーパーファミコンネオジオの台頭により、技術の進歩は新たなステップへ。

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最終更新日: 20/07/25 12:34
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