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スターリングラード


ヨミ: スターリングラード
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スターリングラードとは旧ソ連都市のひとつである。


概要


スターリングラードと呼ばれる以前はツァリーツィンと呼ばれていたが、ヨシフ・スターリンの内戦における功績を記念して名された。

しかし、その後の1961年スターリン批判の流れの中でフルシチョフによって「ヴォルゴグラード」に名された。現在もその名で呼ばれているが、独ソ戦歴史的記念という意味合いからスターリングラードに戻すよう請願する動きもあるという。

スターリングラード戦を讃え、全体が「英雄都市」の称号を持っている。


第二次世界大戦におけるスターリングラード「「地政学」は殺傷力のある武器である。」兵頭二十八徳間書店 2016


スターリングラードは「小タンカーに積んだバクー油田の石油、およびカスからの英支援物資モスクワ方面、方面へ運河や鉄道によって輸送するための交通結節点」であったので、ソ連にとっては特別に重要な場所だった。

1941年6月バルバロッサ作戦ドイツの対ソ侵攻)が開始された後、ヒトラーは自身の的を部下にった。「が来る前に達成すべきなのは、モスクワの占領ではない。必ずクリミアの油田とドネツの工業地帯を占領し、コーカサスからソ連軍への石油供給を切断せよ」独ソ開戦時点でソ連石油の84%がコーカサスの油田(バクーグロズヌイ、マイコップ。このうちバクーだけで72%)で生産されており、モスクワ方面への石油供給はカスから河用タンカーで行われていたのである。

ソ連独ソ戦開始後にバクー油田の設備を疎開させたので燃料補給がままならなくなった。そこで英はソ連への燃料補給を開始することにした。バルトドイツに面しているので不可、バルカン半島ドイツが制しているので不可能、やむなく英国北極経由で、米国はウラジオトクからシベリア鉄道で物資輸送を行ったが量的に十分でなく、ペルシャ湾→イランカスという第三のルートが構築された。カスからはソ連の船に積み替え、そこからボルガ北上して最前線に物資を配ることができた。

1942年6月にスターリングラードとバクーす「作戦」が発動。ヒトラーは恐らくカスから英の援助物資が送られてくるのを察知し、その北上補給の遮断を考えたのだろう。

スターリングラードよりバクー油田の占領を優先しても結果は変わらなかった。確保した石油は、船を使用してボルガ河口からスターリングラードまで行き、そこでミニ運河を使ってドン流に入る…という形でしかドイツに届けられなかったのである(カスの間にパイラインがあったが、独ソ戦開始時に撤去されていた)。


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最終更新日: 18/08/05 22:20
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