ニコニコ大百科モバイル

7/2(月)よりスマホまたはPCでアクセスした場合、各デバイス向けのサイトへ自動で転送致します


ダン・ミセリ


ヨミ: ダンミセリ
掲示板をミル!
35カキコ!
プロ野球選手一覧 > ダン・ミセリ

ダン・ミセリDan Miceli)様とは、伝説の元プロ野球選手であらせられる。


真実の概要


OB
ダン・ミセリ
Dan Miceli
基本情報
アメリカ合衆国
出身地 ニュージャージー州
生年 1970年9月9日
身長
体重
183 cm
98 kg
選手情報
投球・打撃 右投右打
守備位置 投手
プロ入り 1990年アマチュアFA
経歴
プロ野球選手テンプレート

2004年までメジャーリーグ素晴らしい活躍をなさったミセリ様は、2004年での現役引退を決意されておりました。
しかし、日本読売ジャイアンツという名誉ある球団から大変熱心なオファーを受け来日、栄巨人軍の一員となったのでございます。

その後のミセリ様の活躍は今更言うまでもないものでしょう。
野球ファンに絶大なるインパクトを与えられたミセリ様の勇士は、今もなお伝説としてり継がれて行くのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ここから本当の概要


たく言えば「史上最悪のダメ人」である。

これでも、1993年にはピッツバーグ・パイレーツ21セーブを記録しワールドシリーズ進出に貢献したり、1998年にはサンディエゴ・パドレスでは67試合に登板し10勝5敗の活躍を見せるなどし、一時期はあのロジャー・クレメンスとも並び称され、彼の「ロケット」というニックネームに合わせて「ミサイル」の異名で呼ばれたほどだった。

そんな々しいキャリアを持つ彼の日本球界入りは、上述の通り、引退するはずだったところを読売ジャイアンツ側の強い要望で撤回したものであり、ストッパーとして期待されての巨人入団だったが、止めるどころかむしろ相手の勢いを加速させるような投球しかできなかったのだ。
以下に、その酷さを記す。

4/1 対広島東洋カープ (東京ドーム)

9回表 巨2-1広

ミセリの日本登板試合。当初の予定通りストッパーとしてセーブのつく機会に登板
最初のバッタ嶋重宣は打ち取るも、

グレッグ・ラロッカホームラン(巨2-2広)
アキレス腱に爆弾を抱え全疾走ができない前田智徳内野安打
・代走福地和樹にはあっさりクイックモーションを盗まれ二盗される 
緒方孝市に2ランホームラン (巨2-4)

いともあっさり逆転を許し、負け投手になった。

ちなみにこの試合はシーズン開幕戦なのでもちろん全実況中継されており、
解説者の原辰徳からも「アウトバッターが手を出してくれて助かった」 「強気というより淡」とボロクソに言われ、
お茶の間にその醜態をす結果となった。 

4/5 対横浜ベイスターズ(横浜スタジアム)

12回裏 横3-3巨

この試合で実現したミセリと負けず劣らずのダメ人であったケビン・ウィットとの対戦は、
とてもプロ同士の対戦とは思えない低レベルな内容として、後に「ニコニコ迷勝負」に数えられるものであった。

詳しくは関連動画を参照されたい。 

4/7 対横浜ベイスターズ(横浜スタジアム)

6回表 横8-3巨

あまりの炎上ぶりに登板3試合にしてストッパー降格&敗戦処理
この試合でも 数多くの失態を演じた。

種田仁盗塁される(種田は決して足の速い選手ではない)
・先日サヨナラヒットを打たれた多村仁ホームランを打たれる
迷言リトルリーグみたいな球場だから打たれた」

4/10 対中日ドラゴンズ(東京ドーム)

9回表 巨0-10中

もはや敗戦処理でしか居場所のないミセリ。
奇跡的に1回を失点で投げ切るも、 もちろん連打を浴びる。
そしてこれがミセリの日本最終登板であった。 


解雇、観光、そしてその後


というレベルに達しておらず、おまけに肩の違和感を訴えながら契約二軍落ちが出来ないというこれ以上ないお荷物ぶりを示したミセリは、4月19日戦力外通告
球団史上最速解雇記録である。 
これ以降、フロント・首スカウトの体質が痛批判されることになる。 

一方ミセリ本人は、解雇通告されてからわずか数日後には、家族と共に東京浅草観光を楽しんでいた(仲見世リ)。
これに対し漫画家のやくみつる氏は「日本観光オプションツアーとしてジャイアンツ体験入団があった」と皮った。

しかし、この1ヵ後には、コロラド・ロッキーズマイナー契約を結び、さらに1ヵ後には々とメジャー昇格。
1勝2敗5ホールドとそれなりの成績を残したうえ、第1回WBCではイタリア代表に選出され、1試合のみながら1回を失点2奪三振に抑える活躍を見せる。

2006年にはタンパベイ・デビルレイズ契約し、1勝2敗4セーブ6ホールドというリリーフとして申し分のない活躍をし、日本ファンを中心に「巨人時代は、巨人(あるいは日本野球界そのもの)をバカにして手を抜いていたのではないか」と悪し様にられた。

2007年にはオープン戦ボロボロに打たれてしまい開幕前に解雇
その後、独立リーグに復帰したりしていたが、2009年を最後に全に引退し、その後は何をしているのか杳としてわからない。

現在は、少なくとも日本においては、元横浜ベイスターズスティーブ・コックスや元阪神タイガースマイク・グリーンウェルと共に、「史上最悪の助っ人外人」の補として野球ファンの間で記憶されているのみである。


通算成績


通算:15年 登板 完封 勝利 敗戦 セーブ ホール 勝率 投球回 四球 奪三振 防御率
MLB(14年) 631 0 0 43 52 39 39 .453 700.2 310 632 4.48
NPB(1年) 4 0 0 0 2 0 0 .000 2.2 2 3 23.63

関連動画



■sm1289822[ニコ動]

■sm7310465[ニコ動]


関連項目



最終更新日: 13/11/17 23:05
タグ検索 パソコン版を見る


[0]TOP
ニコニコ動画モバイル
運営元:ドワンゴ