ニコニコ大百科モバイル

7/2(月)よりスマホまたはPCでアクセスした場合、各デバイス向けのサイトへ自動で転送致します


ドゥカティワークス


ヨミ: ドゥカティワークス

ドゥカティワークスとは、ドゥカティレース活動を行うためにメーカー直営で運営するチームである。

本稿では、MotoGPの最大排気量クラスに参戦するドゥカティワークスについて記述する。


ライダー


アンドレア・ドヴィツィオーゾ (個別記事あり)

ホルヘ・ロレンソ (個別記事あり)


ドゥカティワークス上層部の変遷


ドウカティ社長CEO)     トルキオ[外部]2007)ドメニカーリ[外部]2013)

ドウカティコルセ社長CEO)  ドメニカーリ[外部](1999

監督General Manager   プレツィオージ[外部]ゴブマイヤー[外部]2013)ダリーニャ[外部]2014)

事業監督Project Director   チコニャーニ[外部]チャバッティ[外部]2013)

チーム監督Team Manager   スッポ[外部]グワレスキー[外部]2010)タルドッツィ[外部]2014)


MotoGPの国際中継カメラに良く映り込む現在のスタッフ


ルイージ・ダリーニャ(Luigi Dall’Igna)が正式な名前である。ジジルイージ称。

イタリア北部のヴェネト州ヴィチェンツァ県ティエーネ出身。

1966年生まれ。1992年アプリリアに入社した。もともとはエンジン設計の技術者だった。

1997年から2001年まで原田哲也と一緒に仕事をしていた。

2006年2007年ホルヘ・ロレンソ250ccクラスチャンピオン獲得に貢献した。

2009年スーパーバイクに移り、中野真矢やマックス・ビアッジと一緒に働いている。

2010年2012年マックス・ビアッジのスーパーバイクチャンピオン獲得に貢献。

2013年末に、アプリリアからドゥカティへ引き抜かれドゥカティワークス総監督に就任。

2016年シーズン初頭、ホルヘ・ロレンソヤマハからドゥカティに引き抜くことに成功。
ホルヘは「またジジ・ダリーニャと仕事をしたかった」と述べていた。


チームのまとめ役であり、人を使うのがとても上手い。
原田哲也は、「ジジ・ダリーニャが怒ったことを見たことがない」と発言している。

2017年終戦バレンシアレース後には、ライバルであるレプソルホンダの人たちと抱擁し、
健闘を称え合っていた。かなりしいで、ジジ・ダリーニャの人柄を感じさせる。

ライダーコースに出て走っているときは、ライダー用のイス(体に優しいなもの)に
ちゃっかり座り、くるんくるんと半回転しながら、表情を変えず落ち着いてモニターを見ている。

twitter[外部]インスタグラム[外部]アカウントがある。

1957年生まれ。
1981年スウェーデンの航空機・軍需品メーカーであるSAAB[外部]の広報部に就職した。
1990年日本自動車メーカーであるマツダに引き抜かれる。
1997年に輸出部門責任者としてドゥカティに引き抜かれる。

1999年からはドゥカティSBKプロジェクトリーダーとなる。
トロイ・ベイリスジェームズ・トスランド、ニール・ホジソンのチャンピオン獲得に貢献。

2007年よりSBKを運営するインフロントというイタリア企業に引き抜かれ、
インフロントオーナーであるフラミニ兄弟と共にスーパーバイク運営に当たった。
インフロントMotoGP運営するドルナの商売敵であり、チャバッティドルナと舌戦を繰り広げた。

2012年末にスーパーバイク運営権がドルナの手に渡り、インフロントドルナに降伏した。
チャバッティドルナ従するを選ばず、ドゥカティに戻るを選んだ。
2013年からドゥカティワークスの事業監督となる。

かなり異色の経歴で、もともとは営業ビジネスマンであり、技術にもの凄く詳しいわけではない。

ダンディで格好いいのでドルナ際中継カメラに良く映る。

2016年オランダGPではレース中断の最中にホンダ中本修平HRC社長となにやら会話をしていた。
ワークスチームボス同士がレース中に会話するのは極めてしいである。

このときはの中でレースが行われ、各ライダーマシンにテールランプがともっていたが、
ヴァレンティーノ・ロッシマシンだけテールランプがっていなかった。
「ロッシにペナルティを課すべきだ」と一緒にドルナへ申し出ようか、と相談していたのである。

イタリア北部・エミリア=ロマーニャラヴェンナで1959年1月30日に生まれる。

1984年1985年MotoGP250ccクラスで数戦ずつスポット参戦している。
その後はイタリア内のスーパーバイクレースを続け、7回チャンピオンになっている。
1988年にワールドスーパーバイクが発足、その記念すべき1シーズン目第1戦目で勝利した。[外部]
このシーズンは最多の5勝を挙げるが後半失速、惜しくもランキング3位に終わる。
1991年スーパーバイク欧州選手権(750ccクラス)でチャンピオン1992年をもって引退

そのあとはドゥカティレース部門であるドゥカティコルセに就職、レース監督として
かしい成功を収める。カール・フォガティトロイ・コーサー、トロイ・ベイリス
ジェームズ・トスランド、ニール・ホジソンは彼とともにチャンピオンを獲得した。
彼の監督時代はドゥカティ黄金時代である。

2009年シーズン末に突如BMWワークスに引き抜かれる。
2010年シーズン途中に、同じラヴェンナ出身のマルコメランドリを口説き落とし、
BMWワークスに引き抜こうとしていた。しかし2010年シーズン末にBMW解雇された。

2013年シーズン末にドゥカティMotoGPチームに舞い戻る。

ビシッと髪型を決め、いつも腕組みしてモニターを見上げている。
情熱的な人で、ホルヘ・ロレンソの形相で叱していたこともある。
レースを勝ったときの喜びようはいかにもといった感じのイタリアンな感じ。

アンドレア・ドヴィツィオーゾチーフメカ。 Twitter[外部]Instagram[外部]アカウントあり。

トリノ工業大学(Politecnico di Torino)[外部]出身、2008年末からドゥカティコルセMotoGP部門就職。
2012年スーパーバイク部門に行き、2013~2014年はドヴィチームメカニック
2015年はプラマックに移動。2016年からドヴィのチーフメカになる。結構な若手である。

2017年からホルヘ・ロレンソチーフメカレプソルホンダの「かつて在籍したスタッフ」に詳細あり。


たまにドゥカティワークスピットに現れる人たち


説明不要のハリウッド大物俳優で、バイクレース大好き。浮浪者みたいな格好でやってくる。
ヤマハホンダのところにも訪れるが、ドゥカティワークスに出没する確率が一番高いようだ。

2015年鈴鹿8耐にやってきてデモ・ランを行い、チェッカーフラッグを振っていた。[外部]
ケーシー・ストーナーが出ると聞いて居ても立ってもいられなくなったようである。
このときくまモンと2ショット写真を撮っている。[外部]

2007年ドゥカティで最大排気量クラスチャンピオンく。

2010年シーズン末にドゥカティを離れてレプソルホンダへ移籍した。
ドゥカティ最上層部(にガブリエレ・デル・トルキオ社長)には不信感があったが、
ヴィットリアーノ・グワレスキやフィリッポ・プレツィオージとの仲は最後まで良好だった。

2012年シーズン末にロッシがドゥカティを離れると表明したときに
ドゥカティのみんなが可哀想だ、文句ばっかり言って出ていくなんて」と非難していた。

2015年鈴鹿8耐でホンダマシンに乗るも大転倒を喫し折2ヶ所の重傷を負う。
転倒の原因はマシントラブルだった。

2015年シーズン末にドゥカティテストライダー契約を結び、ドゥカティに復帰した。
本人は「鈴鹿8耐の転倒が原因ではない」とコメントしているが、ここは察してあげるべきだろう。

テストを少々、代役参戦はなし、という状況であり、イメージキャラクターとして雇われている。
ドゥカティチャンピオンをもたらした伝説ライダーとしてイメージは非常に良い。

ドゥカティテストライダーとして開発の中心を担う。

2011年バレンシアGPでmoto2クラス勝利2013年からドゥカティテストライダーとなった。

シーズン終盤でスポット参戦してシングルフィニッシュ、という偉業をたびたび成し遂げている。[外部]
シーズン終盤はレギュラー参戦ライダーレース勘や体調がピークに達しているときであり、
そういった速いレギュラー参戦ライダーに混じって互以上の戦いをする姿は驚異的である。

2017年シーズン末にヤマハワークスが引き抜きを試みたがドゥカティ残留を選んだ。

ボローニャ大学機械工学を学び、1991年ドゥカティ入社。(ドゥカティの本社はボローニャにある)
1999年からドゥカティレース部門であるドゥカティコルセの社長
ドゥカティコルセはドゥカティレース部門で、ドゥカティの全従業員の1割がここの職員である)
2013年4月からドゥカティ本社の社長も兼任している。

インテリだが上品な喋りで嫌みが全くなく、とても感じの良い人物。


F1フェラーリ監督ステファノ・ドメニカーリ(Stefano Domenicali)[外部]という人がいる。
この人も優秀な人で、日本語版Wikipedia[外部]がある。
ただ、クラウディオステファノの間には血縁関係がなく、他人同士である。


かつて在籍していたスタッフ


ドゥカティ社長(CEO)


次へ»
最終更新日: 17/12/27 22:43
タグ検索 パソコン版を見る


[0]TOP
ニコニコ動画モバイル
運営元:ドワンゴ