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ドバイミレニアム


ヨミ: ドバイミレニアム
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ドバイミレニアムとは、イギリスUAEの元競走馬・種である。
数多の名を所有してきたH.H.シェイク・モハメドが、生涯一番のに選ぶであろう名である。 


概要


ミスタープロスペクターで種としても競走馬としても活躍したシーキングザゴールド日本でもシーキングザパールゴールドティアラを出した)、
は名フォールアペンコロラドダンサー4000万ドルシンジケートが組まれたシャリーフダンサーという良血。
ヤゼールという名前を付けられ、デビューする予定だったのだが
2歳の時、モハメド殿下調教を見に来た時、動きを見て一発で惚れ込み、2000年ドバイワールドカップを勝つのはこの子だ、ビジョンが見えた。現実にして欲しい」
という思いを抱き、ヤゼールからドバイミレニアムに名したという経緯を持つ。

2歳時はデビュー戦1戦のみで終える。論圧勝である。3歳ダービーステークス制覇に絞ってローテーションを組み、
ついでにモハメド殿下専属の腕利き調教師、サイード・ビン・スルールの厩舎に転厩。2歳の時の調教師とは一体。
条件戦と準重賞を圧勝ダービーステークスへ向かう。ここでももちろん一番人気だったが、血統面からタフなエプソム2400mは理とか
勝ちっぷりからしてもスピードありすぎだし2000mに伸びた準重賞で着差が縮まったためダメだろうというも多かった。
その懸念は的中しオースの前に9着惨敗。この敗戦で営はマイル路線転向を決める。
まずジャックルマロワ賞を当面の標に据えGⅡのユジェーヌアダム賞に出走し楽勝。本番でも軽々勝利。GⅠ初勝利である。まあ何の感慨もない感じだが仕方ない。
彼の器はこんなもんじゃ済まないのである。続くイギリスマイルGⅠの総決算クイーンエリザベス世ステークスを6身差圧勝。わぁお。
そして大標の2000年ドバイワールドカップ制覇を標に休養に入る。

3月初旬のマクトゥームチレンジラウンド3で復帰。初のダート戦だったがあっさり1:59:6というコースレコード叩き出し圧勝。そして迎えたドバイワールドカップ本番。
アメリカからはベーレンズら、まあ確かに一流ではないんだが決して弱くはないメンツがった。日本代表ワールドクリーク加藤地味すぎるとか言わない。
しかしそんなメンツがった中をハナを切って飛び出し、最終コーナーを回った後は必死に追わずとも離す一方。
上のデットーリが残り200過ぎで振り返り、大差を確認するとゴールしてないのにガッツポーズし始める有様で6ぶっちぎって圧勝。
叩き出したタイム1:59:5は前走のレコードを更に縮めるレコードであった。とりあえず動画を見て欲しい。ひたすらに暴力的である。とにかくヤバい。ヤバい。
モハメド殿下ぐみながら「になって20年所有見てきた中で、これほどのは二頭といません」と大絶賛、
デットーリも「これまでに乗ったで間違いなく一番です」と賛辞を惜しまなかった。
モハメド殿下といえばドバイワールドカップ催者なため壮大な自作自演もいいところなのだが、そんな野暮なことを言うんじゃないよと言いたくなるほどの圧勝であった。

そしてイギリスに舞い戻りプリンスオブウェールズステークスに出走するのだが、GⅠ4連勝中の同い年、センダワールが一番人気に推された。
今考えると、???ってなるが当時はセンダワールに勢いがあると思われていたのである。
しかし、なんだ?の強さを知らないのか?なら見せてやる。と言わんばかりに、8ぶっちぎって圧勝。
この強さに、クールモアエースモンジュー営がアイルランドチャンピオンステークスに出て来てくれ、勝負しよう」と挑戦状を叩きつけて来た。
しかしドバイミレニアム営はこれを拒絶。そして「どうせなら、サシでやろうじゃないか…賞は、600万ドルだ。こっちが出そう」マッチレースを逆提案。
クールモア側も「やってやろうじゃねぇか、王様!」ノリ気であったが…ドバイミレニアムが調教中に折し引退となってしまったため、実現はしなかった。
これで、の大標であったブリーダーズカップクラシック出走も露と消えた。見たかったなあ、ジャイアンツコーズウェイティズナウと戦うドバイミレニアム。
…ドバイミレニアムがぶっちぎるだけという展開が想像出来てしまうのがこのの恐ろしいところである。

これだけの卓越した成績を残し、さらに良血。故に大いなる期待を抱かれ種入りしたのだが…
供用一年4月に奇病急性グラスシックネスという病気にかかり死亡。わずか一世代を残し逝ってしまったのである。
ちなみにその一年の産駒からドバウィアイルランド2000ギニー、ジャックルマロワ賞を勝つなど実績を残し種入り、
そのドバウィも一年からやはりジャックルマロワ賞と2000ギニーを勝ったマクフィを輩出。たった一世代の細い糸ながらジャックルマロワ賞親子三代制覇を成し遂げたのである。
ドバウィはその後も種として好調であり、ドバイワールドカップ2頭、Golden Hornを初めて負かしたArabian Queenキングジョージを勝ったPostponed、サドストームティハーフの(元)ラッキーナインなど活躍を多数輩出する欧州を代表するミスタープロスペクター系種へと成り上がっている。
ちゃんと種生活が出来ていれば世界中に猛スピードで彼の血が広まった可性は非常に高い。なんと惜しいことか。

思えば、出来過ぎたであった。ダービーで惨敗こそしたが1600~2000mなら馬場不問であり、あらゆる展開に対応できる万(後半、いつも逃げたのはスピードが違いすぎるからとはデットーリ談)で、
のモハメド殿下が創ったレースで、千年紀最初の年に記録的圧勝を遂げ、25年ぶりに禁断のマッチレースすら解禁されかけたほどの不世出の
何もかもができすぎていたから、これ以上はダメと神様に可性を遮られたとさえ思えてしまう。ゲームチートが否定されるかのごとく。
そりゃあ、良血や走るしこたま持ってきたモハメド殿下ももう二度と会えないほどのと入れ込んだ訳である。
こんな凄い、もう出会えないかも知れないもんなあ。 


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最終更新日: 15/09/19 02:53
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