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ドラえもん


ヨミ: ドラエモン
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ドラえもん』とは、

  1. 藤子・F・不二雄漫画本記事で解説する
  2. 1の作品に登場する主人公22世紀からやってきた未来世界ネコロボット)。→ドラえもん(キャラクター)
  3. 内藤はるみ・劇団NLTの楽曲。→ドラえもん(日テレ版op)
  4. 星野源の楽曲。→ドラえもん(星野源)

作品概要


ドラえもん02

野比のび太は、運動も勉強も苦手、かつ不器用で口下手で運も悪いという、何をしても駄小学生
ある日、机の引き出しから、22世紀未来世界に住む「のび太の孫の孫」=セワシから送られたという、ネコロボットのドラえもんが現れる。

のび太は、ドラえもんの持つ「すこしふしぎ」な未来具を使って様々な非日常的な体験をする。未来具のは時にのび太になり、時に思慮のい使い方のせいで、のび太や周りの人々を振り回す災いとなったりするのであった。

日本人なら言わずと知れた民的作品。東アジア圏を中心に世界的にもよく知られた傑作である。


原作(漫画版)


1969年12月小学館の学習雑誌(『よいこ』『幼稚園』『小学一年生』~『小学四年生』)にて連載開始。連載当初はそこまで大人気というわけではなく、基本その年度しか買わない(小学四年生3月号を買った次は小学五年生4月号を買うため、ドラえもんを読むことができない)学習雑誌の性格上連載終了もあったが(最終話が3作存在するのはそのため)、刊行した6巻までが大変な好評を博し、以降も続刊が決まり、エンドレス展開となった。後に小学五年生、小学六年生にも連載が開始されている。

1300作以上の短編を残し、そのうち自撰の作品を一部加筆なども行い、全45巻をてんとう虫コミックスに収めている。実際、作者が自分でオススメするだけあって、後述の未収録作品と較しても、完成度の高い傑作が集まっており、後述の未収録作品とべても知名度も段違いである。尚、てんとう虫コミックス『ドラえもん』は累計1億部以上売れている。

対して、てんとう虫コミックス、通称てんコミ収録作品以外は一般に未収録作品と呼ばれており、約400作品ほどが日のを見ずに埋もれていた。後に小学館によるドラえもんプラス(未収録作品だけをセレクションしたもの。名作45年後...」などもこれに含まれる)によって何作かはサルベージされ、手に届きやすくなったものの、依然FFランド収録作品などは閲覧困難な状況が続いていた。しかし、藤子・F・不二雄大全集の刊行によって全てが補されることになった(但し、作者原作ではない作品は対外な上に、言葉狩りに近い表現の書き換えが起きている《自選集出版時に、本人が意図的に書き換えたものもある》作品も少なくない。また、学年雑誌の掲載時から大きく展開が異なっている作品もあり、それらは未収録である…全く別展開のたまりの大ピラルク』、コミックスではカットされたページがある『うつつまくら』など)。

1977年には、ドラえもんをメインに創刊されたコロコロコミックでも大々的に連載が始まる。長年に渡ってドラえもんはコロコロ誌上でも破格の扱いを受け、劇場版新作長編アニメが上映される前になるとその原作となる漫画大長編ドラえもん)も掲載していた。作者亡き現在でもコロコロコミックの表や背表には、ドラえもんが大きく描かれている。劇場版については「大長編ドラえもん」の項を参照のこと。

1996年原作者の藤子・F・不二雄が逝去したため、最終回が描かれないままとなってしまった未完作品である。事実上の最終話は「ガラから来た男」である。現在では藤子・F・不二雄アシスタントが彼の意志を継ぎ、なんらかの形で作品は続いている。

漫画のドラえもんはあくまでギャグ漫画である(作者がそう発言している)。なので、教育上よろしくないだとか、のび太のような思考は子供をダメにするとか、そんな寝言は全くのお門違いである。だから、のび太に災難が降り注ごうが、が頭上に落ちようが、二階から落ちようが意に介さないのだ。

「あ、あいつはギャグ漫画人間だ…!!!」


アニメ版


現在放送中のテレビ朝日版と、1973年に放送されていた日本テレビ版の2つが存在する。

日本テレビ版ドラえもん

詳細は「日本テレビ版ドラえもん」も参照のこと。

通称「旧ドラ1973年日本テレビ動画(※日本テレビと資本関係はい)が制作したテレビ放送用アニメーション作品。当初は視聴率面で苦戦したものの、後半にはそこそこの人気を得るようになったそうである。しかし、制作会社が突然業したために半年で番組が打ち切りとなってしまった。

会社業の後フィルムを始め資料が散逸し著作権の帰属先も宙に浮いた状態になってしまい、特に1979年からテレビ朝日版が放送を開始してからは原作者や小学館側もこの作品を黒歴史として扱うようになったため、長年に渡ってに包まれた作品となった。だがインターネット発達と共に情報の共有化が進むと、当時の関係者が所有していたオープニングエンディング映像転載の末に動画共有サイトなどで投稿され、断片的ながらも30年以上ぶりに日のを見た。

後のドラえもんのイメージとは大きく異なる藤子・F・不二雄本人作詞テーマ曲が印的。いわゆる電波ソングかもしれない。なおF氏は本人原作の「ポコニャン」のアニメでも見事な電波ソング作詞している。

日テレ版ドラえもんの声優は「あっぱれ!さんま大先生シリーズCGキャラクター2代目バカボンのパパなどで知られるベテラン声優富田耕生(初代)と、「ドラゴンボール」の孫悟空や「銀河鉄道999」の星野郎などで知られる野沢雅子2代目が担当していた。ジャイアンテレ朝版ドラえもんのスネオ役を演じることになる肝付兼太のび太ママテレ朝版でのび太役を演じることになる小原乃梨子が担当するなど、一部声優が後のテレ朝版では違う役で登板することになった。

テレビ朝日版

[HV]ドラえもん 土曜17:0017:30 テレビ朝日

大山時代は「大山ドラ」、リニューアル後は「わさドラ」と区別される。
どちらの時代も劇場アニメ製作されており、現在まで毎年3月上旬に開。

大山ドラ時代

1979年放送開始。シンエイ動画制作アニメが放映されていた。当初は月曜日土曜日18:50~19:00の帯アニメとして始まり、日曜日総集編が放送されるという形態だった。1981年に長く親しまれた金曜19時00分~19時30の番組となる。この2度アニメ化によって爆発的な大ヒット作品となる。ドラえもんは「サザエさん」にならぶ民的人気キャラクターにまで登りつめた。現在でもテレ朝を代表するキャラクターとして「クレヨンしんちゃん」と共に君臨している。

ドラえもんのは今なお有名である大山のぶ代(3代が担当した。2010年代時点で20代後半以降ぐらいの者にとって、特に(日テレ版と合わせて)この3代のドラえもんを演じた大山のぶ代シリーズは高い支持を受けている。放送開始当初から1980年代中頃までは、後任の水田わさびとも程近いハイトーンボイスを用いていたが、1980年代後半以降は若干音域が下へ移行した。特徴的なそのダミ声・もしくはどらは、原作者の子Fをして「ドラえもんのってこういうだったんですね」とまで言わしめたほど。

世話焼きおばさん的なキャラクター像が確立したのも大山の功績が大きく、原作のドラえもんの性格にも大きく影を与えた。水田が担当して以降のドラえもんはそこから一変し、原作のような悪友的な性格に戻っているが、のび太への「のび太“くん”」という呼び名などは受け継がれている。こうしたキャラの性格の違いもあり、話は中期頃から原作漫画をなぞりつつも展開や結末を大きくアレンジされることもあった特に、大人しめの原作が初期を彷彿とさせるカオスギャグにまで昇された『の中で迷子原作の『ホームメイロ』)』『アメダスペン』『きこりの泉』、ホラー映画顔負けのトラウマ話に変化した『風船手紙コントローラー』、『珠製造アコヤケース』『3月』『雪だるまコントローラー』『ペッター』のようにコメディ要素が強い内容から感動路線に転向した作品群、『は呼んでいる』『エンゼルにおまかせ』『20世紀のおとのさま』のように中篇化してよりドラマチック変されたエピソードも少なくない。一方、原作での過すぎる表現が抑えられた『野次アンテナ原作のように爆発事故は起こらない)』『ゴルゴンの首』なども存在している。また、『ジャイアンテレビにでる!』(原作だと深夜テレビをつけっぱなしにしていた人は先生一人だが、当時深夜放送や深夜族は当たり前となっていた)などの作品は今の時代に合うように訂されている。原作ストックが少ない時期から放映されていたこともあり、アニメオリジナルエピソードも作られているほか、原作が豊富になった後でも未アニメ化作品に終わったエピソードも少なくない。一方で、他の子F作品を本作向けに変して使用することもあった(『魔の手がせまる』など)。

キャラクターデザインは当初より原作の画をあまり考慮したものとはなっておらず、ジャイアン出木杉しずちゃんなど、原作版とはほぼ別人レベルで異なるキャラクターも少なくない特にジャイアンやドラえもんは時期によって顔の描き方やの形状、ひげの位置などが大きく変化していた。一方でジャイアンやのび助をはじめとする「片で描写されるキャラクター」は、ほぼ全員きちんと白目を分けて描いたデザインに変更されている。。放映初期は学年誌と日本テレビ版の中間程度のデザインで、全体的にキャラクターの顔部分が大きく描かれていた。映画第1作上映当時からは頭が小さくなった代わりに全体的なバランスが見直され、このデザイン映画6作の『ドラえもん のび太の宇宙小戦争』ぐらいまで使われた。翌年の映画第七作『ドラえもん のび太と鉄人兵団』以降は当時より若干スマートになり、90年代ぐらいまではこのデザインマイナーチェンジしながら使用。末期になるとキャラクターオーバーな動きが強調されるようになり、顔も原作版寄りに若干変化していったちなみに、「藤子・F・不二雄大全集」版ドラえもん9巻にはこのドラえもんのためのキャラクターシートアニメスタッフに見せるためのキャラの表情や動きの簡単な見本)が資料特典として掲載されている。ここでは「装の色・模様は自由」という定がなされていたが、大山ドラ時代はレギュラーキャラ装はほぼ固定であった(この作品に限ったことではなく、当時のテレビアニメの一種の慣例。スペシャル版や映画でたまに色違いや柄違いが出る程度で、キャラクターごとにイメージカラーや固定衣装が決められていた)。

劇場アニメはすべてオリジナル作品で構成。毎年春休み映画館は親子連れで賑わったほか、多くの作品で配給収入が20億円近い大ヒットシリーズになり、ゴジラ映画に並ぶ東宝ドル箱シリーズになった。この頃から映画館に来てくれた全ての子供たち向けに劇場オリジナルおもちゃが配布されるのも恒例だった。そのうち『のび太の恐竜』から『のび太のねじ巻き都市冒険記』までの漫画原作子F自身が手がけ、『ねじ巻き都市』が子Fの遺作でもある(『のび太のパラレル西遊記』以外の作品は脚本、『のび太の日本誕生』以降の作品は製作揮も担当している)。

作品が大ヒットシリーズとなったことで民的に名が知れたことから、数年に一度程度で実写テレビ番組にも登場。中には90年代に発達し始めたCGを駆使してドラえもん本人が『徹子の部屋』に登場した回もあった。を担当していた大山と番組会の黒柳徹子は元々女優時代からの親友同士でもあり、『徹子の部屋』にも大山のぶ代として出演したこともあるほか、大山認知症で活動中止を余儀なくされた際には夫の砂川啓介が出演、ボイスメッセージを寄せている。


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最終更新日: 21/05/17 02:21
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