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ナイトハルト・ミュラー


ヨミ: ナイトハルトミュラー
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ナイトハルト・ミュラー(Neidhart Müller)とは、「銀河英雄伝説」の登場人物である。

CV水島裕石黒監督OVA)。


概要


銀河帝国軍人。ローエンラム営の提督で、帝国461年生まれと高位の指揮官(旧王ローエンラム体制下で大将以上)の中では最若年。

砂色の、砂色の瞳をした長身青年軍人であり、心もち下がった左肩が過去の戦傷歴を物語る以外、せいぜい参謀の軍人に見える程度というおだやかな外見の持ち

攻防双方に高い評価を受け、特にバーミリオン星域会戦におけるり強い戦いぶりから「鉄壁ミュラーミュラー・デア・エイゼルン・ウオンド)の異名を受けた。当初の座乗艦はリューベック。新王成立後には新造艦パーツィバルが座乗艦となる。


経歴


初登場は2巻野望篇。ただし、リップシュタット戦役前にラインハルト麾下の将(中将)として名前が挙がり、ガイエスブルク要塞の戦いに参加していた程度で、本格的な描写は大将昇進後、3巻雌伏篇からとなる。石黒監督OVAでは時系列的にはよりく、アニメオリジナル外伝奪還者』にて、同盟領に潜入するラインハルトらを情報面から支援したフェザーン駐在武官として名前が出る。


ガイエスブルク移動要塞


帝国489年ガイエスブルク移動要塞をもちいた第八次イゼルローン要塞攻防戦に際しては、ラインハルト麾下の大将の中では若く席次が低かったことから、副官としてカール・グスタフ・ケンプ大将を補佐した。この時の座乗艦はリューベック戦闘中盤では艦隊を揮してイゼルローンの外に巨大な破孔をうがつことに成功したが、間隙をついて出撃したウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ率いる要塞駐留艦隊と要塞対の連係によって包囲され、アイヘンドルフ、パトリッケン両将の救援をうけてかろうじて脱出する。

この敗北によってケンプの叱責をうけたが、捕虜からヤンが要塞に不在であるという情報を知ると、信憑性をうたがいながらも、要塞に帰ってくるであろうヤンを捕らえるべく予備兵3000隻を展開して索敵網を配置。しかしミュラーの独断だったためケンプの怒りを招き、命は撤回された。

終盤、帰ってきたヤンの救援艦隊を前にしては、ケンプの作戦計画に対してガイエスブルクをイゼルローンへの牽制とする修正案を提言し受け入れられている。戦況がヤンの奇策の前に一挙に全な敗勢に傾くと、圧倒的に不利な状況下で戦列を維持し危地を脱すべく奮闘。最終局面では、ガイエスブルク爆発衝撃4本折、震盪など全治三ヵの重傷を負いながらも、拠るべき要塞と官とをともに失った帝国軍遠征部隊の敗走を揮し、その全面崩壊をかろうじて防いだ。

大敗の報告を受けたラインハルトは予想以上の大敗に激怒したものの、得難い人材を益に失うべきではないとしてミュラーを赦した。ミュラーは心身の苦痛と緊にたえながらもラインハルトに復命したが、敗戦の罪を赦され療養後の現役復帰を命じられたその場で失神し、病院へと運ばれている。


”神々の黄昏”作戦


療養後、帝国489年9月初頭に現役復帰し、第二として”神々の黄昏作戦に参加。翌年のランテマリオ域会戦では右翼側に配置される。バーミリオン星域会戦本戦に際しては、壮大な包囲殲滅作戦のためリューカス域の物流基地接収に出動し、運良く基地が降伏したため結果として帝国軍諸艦隊ではもっともバーミリオン域に帰着、ラインハルトの危地にかけつけることができた。

ヤンとしても計算外の参戦となったミュラー艦隊は、全速での来援ゆえに8000隻程度の少数ながらブリュンヒルトにせまるヤン艦隊に猛な横撃をくわえ、ライオネル・モートン中将を戦死させるとともに君の楯となって帝国軍敗勢の戦況をひっくり返した。さらに包囲下のラインハルト直属艦隊を救うべく、包囲いたに艦隊を差し向けたが、包囲内外から帝国軍が殺到して過密化したところに集中火を浴び、一転して危地におちいる。

この時、戦の中で艦隊旗艦をはじめとして座乗した艦を三度にもわたって失うこととなったが、それでもなお不退転の決意で揮を続行し、なお勇猛かつ献身的に君をまもりつづけた。そして条件停戦命による会戦終結後には、ブリュンヒルトを訪れたヤンを出迎え、親しく会話を交わし、ラインハルトのもとまで案内している。


新王朝と大親征


同盟の降伏とローエングラム朝銀河帝国成立にあわせて上級大将に昇進し、バーミリオンでの功績を賞されて同格者中の首席たるの名誉を受ける。また、あらたな座乗艦として新王で最初に完成した戦艦パーツィバルを下賜された。

ヘルムート・レンネンカンプ上級大将と同盟政府によるヤンの逮捕の際は、旧知のラッツェル大佐からの通報をうけて逮捕が讒訴による不当なものであることを帝国軍首部に明らかにしている。大親征にあたっては、皇帝ラインハルト直属艦隊のつぎ、全軍の最後衛を守り、後方フェザーン方面への補給路を維持し、フェザーン方面に変事ある場合には反転して最先鋒を担う大役を務めた。

帝国2年、マル・アデッタ域会戦でも全軍の最後衛に配置され、繞回して帝国軍後方を襲った同盟軍ラルフ・カールセン艦隊を迎え撃ち、死兵と化したすさまじいばかりの猛攻を支えて防禦線を維持。その後方をついたアーダルベルト・フォン・ファーレンハイト上級大将とともにカールセン艦隊相手に死闘を演じる。さらに底方向から突破を試みたアレクサンドル・ビュコックの艦隊を押し止めるべく兵の三割を分遣したが、兵が減少した間隙にカールセン艦隊の一部に突破を許している。

ハイネセン占領時には同僚たちとともに政府施設の接収や治安維持にあたった。フェザーンよりオスカー・フォン・ロイエンタール元帥に叛意ありとの疑惑がもたらされると、宿舎にロイエンタールを訪ねて出頭をもとめ、尋問も担当した。


回廊の戦い


ゼルローン回廊への侵攻にあたっては皇帝ラインハルトの本隊とともに艦隊をうごかした。回廊の戦い本戦の中盤では、ヤンによる二度の全面攻勢を前に、自らの艦隊を防としてラインハルトの前面に割り込み君をまもった。このためヤンはミュラー艦隊に一撃をあたえた程度で後退を余儀なくされたが、バーミリオンの時と異なりミュラーの戦列参加はヤンにも織り込み済みで、戦況を変させるには至らなかった。

戦闘後半では帝国軍の最終的な波状攻撃の第一を担い、第二との交代まで30時間のあいだ、ヤン艦隊に休息と要塞への後退の隙をあたえなかった。皇帝不予による全軍の撤退にあたっても全軍の最後衛をまもり、つねに逆撃の態勢をしめしてヤン艦隊による追撃に備えた。

ヤン暗殺後、かつてバーミリオンで対面した経歴から弔問の使者を任せられ、オルラウ少将ラッツェル大佐をともない皇帝ラインハルトの名代としてイゼルローンを訪問。ユリアン・ミンツの依頼を受け、要塞を去る者たちの帰路を保している。


ウルヴァシー事件


同年9月皇帝ラインハルトの新領土行幸において首席随員たるの任を命じられ、コルネリアス・ルッツ上級大将らとともに随行。折から新領土総督ロイエンタール元帥に叛意ありとの噂が再度流されており、出立にあたっては陰謀の存在を憂慮し、警護体制について宇宙艦隊長官ウォルフガング・ミッターマイヤー元帥と検討をかさねた。

その中途立ち寄ったガンダルヴァ惑星ウルヴァシーで発生したウルヴァシー事件では、ブリュンヒルトまで地上車で脱出する途中で叛乱部隊の弾からラインハルトたちをかばって背中に擦過射創を受け、さらにを降りた後にも銃撃戦からラインハルトをかばい右腕を撃ち抜かれている。この負傷のため、傷のルッツ殿の役をゆだねざるを得ず、そのまま君とともにウルヴァシーを脱出した。

この功績により、ミュラー皇帝ラインハルトよりジークフリード・キルヒアイス武勲章を授与される。同時に元帥号をも示されたが、功績なき身として固辞した。ロイエンタール元帥叛逆事件の間は、負傷により右腕をったまま皇帝ラインハルトに帯同し、”影の”要塞周辺まで進出している。


”獅子の泉の七元帥”へ


帝国3年1月29日皇帝ラインハルトヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ結婚式に参列。その後、新領土の混乱を収めるため軍務尚書パウル・フォン・オーベルシュタイン元帥ハイネセンへ赴任することとなると、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト上級大将とともに実戦指揮官として随行する。

ハイネセンにおいて、”オーベルシュタイン刈り”をめぐる対立でビッテンフェルトが謹慎処分とされると、オーベルシュタイン示で黒色騎兵艦隊の監督を代行するとともに、アウグスト・ザムエル・ワーレン上級大将ともども両者の和解に奔走。ラグプール刑務所での流血事件に際しては、やはりオーベルシュタイン示を受け、内への騒乱の拡大阻止揮した。

シヴァ域会戦時には後衛を揮。ラインハルト倒後、戦況が着すると幕僚総監エルネスト・メックリンガー上級大将よりブリュンヒルトに召喚される。イゼルローン共和政府軍がブリュンヒルトに突入し、ユリアン皇帝ラインハルトのもとに到達したところにも立ち会った。ラインハルトミュラーりかけたとおり、ユリアンラインハルト前までたどりついて倒れた二人人間であった。

ラインハルトの死去に際しては、待機するユリアンたちのもとに皇帝崩御を伝える勅使として赴いている。ラインハルトの遺言によって、その死後、ミュラー摂政皇太后ヒルガルドの名において同僚5名とともに帝国元帥に昇進し、ミッターマイヤーとあわせ”獅子のの七元帥と称されることとなった。


能力


作戦実行を有する戦術。作中では守勢下での艦隊揮において高い量を示すことが多いが、攻勢面でもしばしば並々ならぬを示し、ヤン・ウェンリーをして「良将」とたたえしめた。

特に難局での強さには定評があり、同数どころか1.5倍の兵を相手にしても、間違いなく長時間にわたり戦線を維持できるであろうとされる。その評価ゆえ、大親征以降つねに全軍の最後衛に配され、君の背中を守り続けることとなった。

彼の揮ぶりをしめす例として、第八次イゼルローン要塞攻防戦で駐留艦隊と対の集中攻撃をうけた際の防戦揮がある。ともすれば戦列が崩れかけるところを、旗艦を縦横に動かしての直接揮によってけんめいに支え、防御態勢をかためて救援の到達まで戦線を維持した。救援の到着にあたっては艦隊に残された最後の攻撃で一点突破をはかり、艦隊を脱出させることに成功している。

また、バーミリオン星域会戦では、来援々にモートン艦隊の残存兵のうち57.72000余りを一時間で失わしめる猛攻でもって艦隊を両軍の間に割り込ませてラインハルトを救い、攻勢における優秀さも示した。戦闘終盤では旗艦の被弾により退艦を余儀なくされ、さらに移乗した戦艦ノイシュタット、オッフェンブルフをもつぎつぎに失って揮座を戦艦ヘルテンに移すこととなったが、それでもなお断乎として戦いつづけ、のちに”鉄壁ミュラー”の異名をたてまつられる由来となった。


人物


基本的に、穏健で実で優秀という、絵に描いたような好青年。不満や不に対して気を強めることもあるが、仲間や人々の誤解や轢を解消するため折衝役を買って出るなど、なにかと気を配るところが多い。

といっても、第八次イゼルローン要塞戦で大敗を喫する頃までは、若さ相応の自信や自尊心を見せることも少なくなかった。ケンプの叱責に対しては、「以後は後方にさがれ」という内容もあって不満も覚え、ケンプが戦功の独占をねらっているのではないかと疑うこともあった。ヤンを捕らえられるかもしれない好機を前にしては、命視を本気で検討しすらしたが、参謀オルラウ准将の忠言により、あくまで副官の分にとどまることとしてケンプの示に従っている。

ケンプの戦死を聞いた時には気を荒げ、大神オーディンの名のもとにかならずやヤン・ウェンリーの首を取りケンプのを討つと宣言し、自分にはまだそのがない、とぎしりまじりに臥薪嘗胆を誓ったほどだった。しかし、こうした敵意と復讐の念はやがて、あまりにも偉大な敵将への敬意へと昇していった。屈辱的な敗戦はむしろ重な経験となって、バーミリオン星域会戦で必要ならばなく旗艦を乗り換えた柔軟さを生むこととなる。

こうした心の変化もあって、作品後半では温厚篤実さが強調されるようになっていく。ただし、彼の苛さがまったく喪われたわけではなく、ラインハルト倒した時には切れの悪い医の発言に発し、しい眼差しで怒をあびせてミッターマイヤーに制されるようなこともあった。

新王で上級大将中の首席となってもおごることはなく、逆に最年少の上級大将として謙虚かつ実でありつづけた。ロイエンタールの尋問を担当した時にも礼を篤くして対応し、それだけでなくロイエンタールの部下たちが動揺せぬようにハンス・エドアルド・ベルゲングリューン大将の同席すら認めている。ヤンの弔問も篤実なもので、対面したユリアンにも感銘をあたえ、もし帝国に生まれていたならばミュラーのような軍人になりたいと思ったであろう、と考えさせたほどであった。


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最終更新日: 19/11/10 07:02
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