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ネオユニヴァース


ヨミ: ネオユニヴァース
掲示板をミル!
12カキコ!

ネオユニヴァースとは、日本の元競走馬で現種で、2003年皐月賞日本ダービーを制し、21世紀になって初の三冠馬の挑戦権を得、菊花賞で3着に敗れたの二冠である。上の手さと負しばきも有名。称は『ネオ』『ネオユニ』。

瀬戸口勉厩舎所属。騎手福永祐一騎手ミルコ=デムーロ騎手


出生


サンデーサイレンスポイテッドパス Kris
は説明不要の名種日本に来る前はさほど注されていなかったが、何と6年連続サンデーサイレンスと交配された(うち不受胎の1年を除く5頭出産)。いくら社台の持ちでもそこまでサンデーと連続して交配されるは余程のに限られる。その余程の連続サンデー交配の理由は

チョウカイリョウガ(サンデーとの間にもうけた最初の)のものすごい体が忘れられなかった」

ということらしい。チョウカイリョウガ自身は条件戦を4勝しただけに終わったが、その当歳時の体を再現できれば、という思いがあったらしい。ちなみにKrisイギリスで、種としてはやたらばかりが活躍したというである。

しかし、そんなを持ったネオユニヴァース自身はというと、そんなすらえられるかどうか疑問に思われる程の過小評価を受けたようである。事実、社台サラブレッドクラブの一口募集価格は総額7000万円と「サンデー産駒としては」つつましやかな価格であった(同じ社台サラブレッドクラブ同期一番の期待ダンシングオンの募集価格が約3倍の2億円である)。


2歳~3歳 ~スプリングS


ネオユニヴァースは「オグリキャップの所属厩舎」として有名な瀬戸口勉厩舎所属となった。しかしデビュー前の過小評価は、デビュー後もしばらく変わらなかった。ある1勝と併せで互の走りを見せたことから「そこそこ」位の評価であった。そしてデビュー戦こそ快勝したものの、2戦中京2歳Sで3着に敗れて一旦底を見せた格好になり、賞で2勝を挙げたものの相手関係が楽だったためとされ、注を集めなかった。

しかし、後の世から蓋を開けてみれば、併せの相手は朝日杯FSの勝ちシンチャンエイシンチャンプだし、賞で破った相手にはNHKマイルカップの勝ちウインガーウインクリューガーが混じっていた。本来ならもっと高評価でもよかったのだが、論当時の人にはわからない。

ネオユニヴァースの実が本格的に評価されるのはその後である。きさらぎ賞GIII)、スプリングS(GII)と連勝すればさすがに評価は変わってくる。特にスプリングSでは福永騎手シンチャンエイシンチャンプに専念することになった(ノ`)事情によりデムーロ騎手と乗り替わったものの、1番人気サクラプレジデントを問題にせず粉砕し、遅ればせながら補として名乗りを上げたのである。


3歳 ~日本ダービー


こうして皐月賞では堂々1番人気となったネオユニヴァースだが、そんな皐月賞ではネオユニヴァースは4コーナー付近でに阻まれるという危機的状況に陥った。しかし一群がいた隙を見逃さずに体をねじ込んで進出していった。サクラプレジデント中不利もなく今度は互の争いをしていたが、最後にはネオユニヴァースに頭差及ばず、ネオユニヴァースは一冠を手中に収めた。

サクラプレジデント上の田中騎手は万全の状態で挑んだ皐月賞で不利を受けた相手に負けたことに衝撃を受けたが、その後さらに頭に衝撃を受けた。物理的な意味で。なんとネオユニヴァース上のデムーロ騎手が頭をはたいていったではないか。奮しすぎ。まあこれだけ不利なレースを制したんだから仕方ないよね

続くダービーでは、前日のの影で重馬場となった。しかしネオユニヴァースは荒れた馬場の内を避けて外へ持ち出す他の有騎手達をに、較的内側でレースを進めた。デムーロ騎手は知っていたのである。内もそれほど荒れてはいないということに。なぜなら、当日の他のレースで内を突いて勝っていたから。ゆえにネオユニヴァースとデムーロ騎手を外側でマークしていた他の騎手達の作戦空振りに終わり、ネオユニヴァースはゼンノロブロイを1/2身退けて二冠を手中にした。


3歳 ~菊花賞


二冠を手中にしたネオユニヴァースだが、その次のレースは皆が驚いた。なんと宝塚記念に出走するのだという。宝塚記念は3歳の出走を促すため1996年に開催が1ヶ程繰り下がったのだが、論見とは異なり3歳の出走はほとんどなく、この時点では皐月賞ダービーを制したが出走することは皆無だった。(後にダービーウオッカも出走)
かしこの時点ではやはり古は厚かったのか、ヒシミラクルの4着に敗退した。

休養後、短期免許の切れたデムーロ騎手に変わり神戸新聞杯では福永騎手と再びコンビを組むが2番人気で3着に敗退。の初戦での二冠が1番人気でない例はほかにセントライトクモハナといった競馬明期にあるのみである。ちなみに1番人気を降ろし武豊を迎えて札幌記念を勝ってきたサクラプレジデント(2着)、1着は3番人気ゼンノロブロイであった。

しかし、菊花賞では1番人気に支持された。菊花賞では「同一で同一年にGIを2勝以上した場合、それに騎乗した騎手はその年にそのがGIに参戦する開催日にのみ短期免許期間に関わらず騎乗を認める」という「どう見てもネオユニヴァースのための正です、本当にありがとうございました。オグリの時もこれくらい速やかに正しろよby瀬戸」という正がありデムーロ騎手が騎乗できるということもあったが、それ以上にやはり三冠の期待が大きかったのであろう。
その菊花賞。3コーナー付近から仕掛けていくライスシャワーのような戦法を採ったザッツザプレンティを追うように上がっていくネオユニヴァース。4コーナーではネオユニヴァースの脚色がいいように見え、これは!と思わせたがそこからの伸びがくザッツザプレンティを交わし切れず、さらにリンカーンにも交わされて、神戸新聞杯同様3着に敗退。三冠の夢はく散っていった。


その後


その後はJCタップダンスシチーの大逃げにぶっちぎられ4着。翌産経大阪杯を制して二冠の意地こそ見せたものの、天皇賞(春)10着に大敗、その後故障を発症して引退した。しかし同期ゼンノロブロイが活躍したり、自身も意地の勝利を見せていることからネオユニヴァースの二冠の価値が揺らぐことはなかった。

引退後種入りしたが、既にサンデーサイレンスが亡くなっており、サンデー同様ノーザンダンサーミスタープロスペクターというサンデー以外の流血統を持たないことが功を奏して人気となる。
そして初年度から親子クラシック制覇を成し遂げるアンライバルドやロジユニヴァースを輩出し、2年の産駒からはドバイワールドカップを制するヴィクトワールピサを輩出するなど順調以上の成績を上げていると言えるだろう。
しかし、上記の達はたびたび脚部不安や故障を発症する等の体質の弱さを見せており、また熟気味ではないか、という摘も挙がっている。産駒の特徴としては、中山で非常に強いという点が挙げられる。また活躍は先述の通り芝が多いが、実は勝利数自体はダートのほうが多い。ヴィクトワールピサもドバイWCで勝ったし、産駒がパワーに出やすいのだろうか。

ネオユニヴァースは21世紀初の三冠馬への挑戦を行い、日本における三冠の価値がいまだ健在である事を示した。ネオユニヴァースの後に誕生した4頭のの二冠のうち3頭が三冠挑戦を行っており(内ディープインパクトオルフェーヴルの2頭が三冠達成)、後の三冠馬誕生に貢献したとも言えるだろう。しかし一方で3歳時における宝塚記念出走は未だ賛否両論であり、ウオッカの挑戦こそあったものの、ウオッカもやはり古の前に敗退。この路線を踏襲する営は未だにほとんどいないのが現状である。


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二冠を制したレース

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三冠ならず
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最終更新日: 17/07/30 17:03
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