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ハードバージ


ヨミ: ハードバージ
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ハードバージとは、日本の元競走馬、元種である。

ファバージ、ロッチ、ダイハード
通算成績11戦3勝 な勝ち皐月賞毎日

競走成績よりもその悲惨な最期の方が有名になってしまった

齢表記は当時のものに合わせて旧表記で記載しています。 


概要


プリンスリーギフト系の有として重賞勝ちを何頭も輩出したファバージ、戦後日本を代表する名スターロッチという、当時としては良血である。

3歳時は6戦して未勝利とダメなおぼっちゃまという感じの成績だったが、明けて4歳になると初勝利、クロッカス賞(5着)を挟んで出走した毎日杯では重賞初挑戦にして初勝利と、その血に恥じない実を発揮し始める。
続く皐月賞では8番人気だったものの、「天才福永洋一を背に快勝。クラシック一冠を手にした。

その勝ちっぷりから二冠の期待がかかる日本ダービーでは1番人気に推されるが、皐月賞で2着に破ったラッキールーラとの叩き合いの末、アタマ差で敗北
直後に脚部不安を発症し、その血を残すために種入りした。

と、これだけ書けば惜しまれながら期の引退を余儀なくされたおぼっちゃまっぽく見えるのだが、この年のクラシック世代には、あまり高く、そして理不尽なが立ちふさがっていた。


悲運のクラシック世代


ハードバージが未勝利を脱出出来ずにもがき苦しんでいる頃、競馬ファンの間でそのレースぶりが騒がれているがいた。
そう、 ハードバージと同じ1974年まれのスーパーカーマルゼンスキーである。
持ち込みであるがゆえにクラシックレースに出られないという不運に見舞われたマルゼンスキーだが、その不運マルゼンスキー自身だけでなく、同世代のたちにも降りかかった。

なにしろ、例えクラシックの有補が出てきても、「どうせマルゼンスキーにはかなわないんだろ?」「マルゼンスキーが出ていたら勝ちの何身前を走ってただろうか」と、常に「クラシックレースに出走したマルゼンスキー」という幻影と較され、時には不当に貶められてきたのだから。例のレース[動]マルゼンスキー敗しやがったプレストウコウが原因の一端な気はする。
このため、この年のクラシックレースの勝ちマルゼンスキーに直接対決で負けたプレストウコウばかりでなく、マルゼンスキーと直接対決をしていないハードバージ、ラッキールーラも含めて、き巣狙いのクラシック勝ち三強じゃなくて三余り物みたいな扱いを受けてしまった。いやまあ、ダービーの勝ちタイムオークスより0.6遅かったのも悪いかもだけど。タヤスツヨシがこちらを見ている。
この不当な評価は引退後も続き、内産種不遇の時代が重なったことも手伝って、ハードバージは種としてもマルゼンスキーに遠く及ばない成績(それどころか一応は代表産駒と呼べるを輩出したラッキールーラプレストウコウにすら負けた)で、種用になってしまう。

ハードバージの短いながらも悲惨な日々は、この直後から始まった。


悲惨な皐月賞馬の最期


引退したハードバージは乗用になるために去勢手術を受けたのだが、実際に乗用としての調教を始めてみると乗用としての適正がないことが判明。
わずか3ヶで乗用引退することになる。

続けてハードバージが買ったのは福井県観光業者だった。ショーでの見世物用やを牽引する際のとして買われていったのだ。
そして「中世騎士の騎合戦」をテーマにしたホースショーへ参加したのだが、それはも含めて90kg以上という重量を背負って行うという過酷なショーで、3週間ぶっ続けで参加したハードバージは急に衰えて飼葉食いが悪くなった挙句、日射病に倒れてそのまま死亡してしまう。

この末路は新聞に取り上げられ批判が殺到。名の余世を考えるきっかけとなり、後に助成金制度や養老施設が作られる契機となった。

ちなみにダービースタリオンの「オオシマナギサorタケノマジック(共にゲーム内の初期繁殖)相手の種付け限定で強無料」ことマチカネイワシミズはハードバージの全であり、重賞勝ちのないイワシミズが種入りしたきっかけは皮なことにその血統が評価されてのことである。


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最終更新日: 12/03/31 00:45
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