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パーソナルエンスン


ヨミ: パーソナルエンスン
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パーソナルエンスンとは、アメリカの元競走馬・繁殖である。

ラフィアンゼニヤッタらと並んでアメリカ史上最強補に挙げられる名である。カナ表記では「パーソナルエンサイン」と表記されることも。


デビュー、故障、そして快進撃


インサイドフォーメーション(ブリーダーズカップディスタフ制覇)、二冠イーストオブザムーンらの活躍を多数輩出することになるプライヴェートアカウント(ただし活躍産駒はパーソナルエンスン以外は90年代に集中しているのでパーソナルエンスン誕生時にはまだ実績のない種だった)
凱旋門賞連覇のアレッジドを輩出したホイストフラッグという良血として、1984年、パーソナルエンスンはアメリカの地に生まれた。
なお、全サバーバンハンデワイドナーハンデの2つのGIを勝利したパーソナルフラッグがいる。

時は流れ、ベルモントパーク競馬場デビューしたパーソナルエンスンはデビュー戦を圧勝すると、二戦のGⅠフリゼットステークスもアタマ差で制して、くもBCジュベナイルフィリーズ、そして翌年のクラシック戦線の役になるかと騒がれた。
しかし、パーソナルエンスンの圧倒的なはまだまだ幼い脚には負荷がかかりすぎたのか、調教中に折。競走喪失寸前の大怪を負い、復帰できたのはほぼ一年後。
上半期に両方のレースを行なうアメリカ競馬において、それはクラシックシーズンを棒に振ることを意味していた。

だが、スタッフの懸命の努もあって、翌年9月に復帰したパーソナルエンスンは、そんなクラシック回避のうっぷんをらすかのように圧勝。しかもこのレース、一般競走で相手が弱いとはいえ、脚に5本のボルトが入ったままで走ってこの結果である。

故障明けという決して万全ではない状態でこの結果なのだから、じゃあ怪治したら?などとは考えるまでもない。
たたき台の一般競走をまたもや圧勝すると、GⅡレアパフュームS、GⅠベルデームSと楽勝して続いてはアメリカ競馬最大のお祭りブリーダーズカップ……と行きたいところだったが、ローテーションが詰まりすぎていたため、故障明けの脚への負担を考慮して再び休養へ。

休養を挟んだ翌年も快進撃は続き、7月GⅡモリピッチャーHを勝つ頃には連勝を9と伸ばし、重賞を6勝(うちGⅠは4勝)と、ブリーダーズカップの本命の一頭として然注を集めるようになっていた。

ただ、それでもパーソナルエンスンを評価しない向きがなかったわけではなかった。
ここまで勝ってきたGⅠは、ブリーダーズカップのステップレースであるベルデームS以外は格が落ちるとされるレースばかりだったし、相手も一線級ではないという見方をされていたのだ。

だが、続くGⅠホイットニーHでは、3頭立てではあったもののここまでGⅠ6勝(この年のブリーダーズカッププリントを制して7勝)の強ガルチを下して、パーソナルエンスンは一線級を相手取っても十分に戦えることを示す。

を倒せる実があるのなら、当然限定戦なら敵がいるわけがない。ブリーダーズカップディスタフなら圧勝できるだろう……と言いたいところだが、ここに至ってもまだパーソナルエンスンが圧倒的な本命視をされるには至らない。

なぜならこの年、一世代下のたちが顔負けの大暴れをしていたのである。
史上2頭ケンタッキーダービーウイニングカラーと、そのライバルでありアメリカ競馬史上屈アイドルホースグッバイヘイローの実は同世代たちの実をもぐとされ、パーソナルエンスンがブリーダーズカップディスタフの挑むのなら彼女たちが最大の障になるだろうと予想されていた。
日本競馬で言うなら、ウオッカダイワスカーレットが一世代下にいて、エリザベス女王杯での突が確実視されているようなものである。
彼女が絶対的な本命視されなかった理由もわかってもらえるだろう。

実際、その片割れであるウイニングカラーズと初めて突したGⅠマスケットSでは、2歳時のフリゼットステークス以来の僅差となる3/4身差まで詰め寄られ、本番が楽なレースにはならないであろうことを示唆するような結果となった。


激闘、ブリーダーズカップディスタフ


故障明けということもあってローテーションが制限された前年と違い、今度は万全の状態でブリーダーズカップに臨むことになったパーソナルエンスン。前走のベルデームSも当然の大楽勝で終え、もちろん一番人気
ウイニングカラーズ、グッバイヘイローは共に前走でを喫していたため二番人気と三番人気となったものの、勝つならこの3頭のいずれかだろうと言われていた。

ハリケーンの影で大の降りしきる中でスタートしたレースは、先行したウイニングカラーズが快調に飛ばし、グッバイヘイローは二番手。パーソナルエンスンは少し離れた中団を進む。

コーナーでウイニングカラーズの脚色が鈍ったところでグッバイヘイローが捕まえにかかるが、腐ってもダービーである。なんと、ウイニングカラーズは直線に入った間に突き放しにかかったのだ。
負けじとグッバイヘイローも脚を伸ばし、再びウイニングカラーズとの差をじわりと詰め、もはやこの2頭でレースは決まったかと思われたその時、グッバイヘイローの外からなんかバタバタしながら襲いかかる影が見えた。

そう、パーソナルエンスンである。一気にグッバイヘイローを抜き去ると、残る獲物は先頭を走るウイニングカラーズただ一頭。
ダービーの意地でりこみを図るウイニングカラーズと、プライドを守るために襲いかかるパーソナルエンスン。
意地と意地のぶつかり合いは、ちょうど2頭が並んだところでクライマックスを迎えた。

結果は、パーソナルエンスンのハナ勝利

このレース彼女は、あのマンノウォーセクレタリアトネイティヴダンサーすら成し得なかったアメリカ競馬(1908年のコリン以来80年ぶり)として引退。その戦績から、ミス・パーフェクトという異名で呼ばれている。

限定戦の出走が多かったため敗の価値を疑問視する向きもあるが、戦った相手を考えればそんなものは彼女の栄になに一つ傷をつける要素にはならないだろう。


繁殖牝馬として


繁殖入りしたパーソナルエンスンはとしても活躍。

ジョッキークラブゴールドカップを制したマイナーマークを皮切りにGⅠを次々と輩出。第4子マイフラッグとその産駒ストームフラッグフライングはBCジュヴェナイルフィリーズを制し、3世代連続のBC制覇も達成。1996年にはケンタッキー州最優秀繁殖に選ばれ、さらに1998年には自身の名を冠したGⅠレース・パーソナルエンスンハンデキャップ(旧名ジョンA・モリハンデキャップ)が誕生するなど、引退してなおその名を高めた。

なお、現役時代に闘を繰り広げたガルチ(イーグルカフェ)、グッバイヘイロー(キングヘイロー)、ウイニングカラーズ(ゴールデンカラーズの)ほど産駒が日本競馬に縁がないものの、競走馬としては大成しなかった第二子アワエンブレムが種として二冠ウォーエンブレムを輩出。

ウォーエンブレムは種として日本に輸入され、金髪ロリ好きとして有名に種付けに苦戦したもののブラックエンブレムを筆頭に活躍を輩出している。

数々の栄に包まれたパーソナルエンスンは2010年4月、老衰で死亡プレイヴェートアカウントの眠る墓地埋葬された。


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最終更新日: 16/11/05 01:25
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