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ポイズン澤田JULIE


ヨミ: ポイズンサワダジュリー

ポイズン澤田JULIEとは、日本プロレス界に「ファンタジー」という概念を定着させた元プロレスラーである。
本名は澤田篤男。デビューから引退までに名乗ったリングネームは、ホー・チー・ミン、ホー・デス・ミン(訪死民)、ポイズン澤田、ポイズン澤田BLACK改造人間ジャカイダー、ドリアン澤田JULIE澤田“マレンコ”篤男、ポイズンJULIE澤田など多岐に渡る。


概要


1964年2月5日東京都中央区出身。

新日本プロレス練習生になるもケガでデビューできず。その後、フロリダのマレン場でデビューして、その後は日本インディーマット界を戦場とする。DDTプロレスリング時代に「界転生」というギミックを生み出し、日本プロレス世界ファンタジーという概念を定着させた。DDT歴史にとって欠かせない存在の一人である。

2012年プロレスラーとしては引退するが、その後もDDTプロレス中継のゲストコメンテーターとして何度も呼ばれる。そして2015年に「流山の老人」として東京女子プロレスにて復活(ただし、プロレスの試合はしない)。


誕生、そしてプロレスデビュー後の混迷(そして蛇との出会い)


子供の頃は吃音症に悩むいじめられっこであったが、新日本プロレス藤波辰爾に憧れ一念発起。いじめっ子に頼み込み身体を鍛える。高校時代は柔道部に入部するものの合宿を風邪で休んだためにクビになったため、ジム毎日通い身体を鍛え続けた。
1982年高校卒業し、新日本プロレスに入団。練習生となるが、厳しい上下関係に悩まされ(進学した高校は新設校の為、先輩が居なかった。)、また身体は出来上がっていたものの格闘技経験がどなかった為にスパーリングでは毎回やられっぱなし。その上風呂場で転倒し、首とを同時に怪したために入門わずか1年でデビューも果たせぬまま新日本プロレス解雇されてしまう。

 その後は築地市場等で4年間働き資を貯め、アメリカの名門マレン場に入門入門後わずか2日にはアメリカ人に復讐する為にやってきたベトナムレスラー「ホー・チー・ミン」のギミックを与えられ、デビューする。その後1年でテレビマッチも含めて20試合ほど経験したが、ノーギャラであったため貯めた資が枯渇し帰。一旦就職してサラリーマンとなる。

92年にはウルトラマンロビン氏に誘われ、フリーランスの大会でリングネームを「ホー・デス・ミン」にデビューを果たす。翌年にはPWCを経て「ポイズン澤田」に名の上レスリングユニオンユニオンプロレス流山ユニオンとも呼ばれる)に参加。ザ・マミーとの抗争の末、まむデスマッチを行い勝利したものの、実際にまむしに噛まれてしまい病院直行。血清を打ち、一命は取り留めたものの数日間は高熱に悩まされ続けた。その後ユニオンプロレスを離脱。リングネームを再び「ホー・デス・ミン」に戻し西日本プロレスに参加するものの、こちらも団体が程なくして活動休止。西日本プロレスメンバーと新団体「Jet's」の旗揚げを模索するものの資難から頓挫し、しばらくはフリーとしてSPWF、レッスル夢ファクトリーなどに参戦していたが、再びを負傷したために2年半もの長期欠場に追い込まれ、三度プロレス界から離れてしまう。


DDT参戦、そして蛇界誕生


1999年にはアメリカ時代の仲間に誘われ、「ポイズン澤田BLACK」としてDDTプロレスリングに参加。当初は「もう一度きたいレスラー」として呼ばれており、本人も「後1~2戦だけだろう。」と思っていた。だが、そうした考えとは裏に、団体としての売りをガチガチの熱い戦いからエンターテイメント路線に切り出しタイミングで加入したDDTにとって、彼の存在は欠かせないものとなるのだった。


当初は女子レスラーにさえ圧倒されるというキャラクターであったが、2000年には24時間いつでもどこでも防衛戦が可なベルト「アイアンマンヘビーメタル級王者」を創設し、初代王者となる(が、すぐに菊澤信に奪われる)。その後アイアンマン王者はDDTエンタメ路線を徴するベルトとしてしく移動を繰り返し、時には素人や機物までも王者にしながら、900を越す王者を誕生させている。
そして2000年9月には自身に蛇神が降臨したとして「ポイズン澤田JULIE」に名し、ユニット界転生」を影、蝮、界坊ヘビダーと共に結成。この界転生はインディーマット界における一大ムーヴメントとなり、数多くの改造人間レスラーを生み出した(メンバーは後述)。 同年10月にはKO-D差別級王者にく。更に同年12月には高木三四郎に敗れて王座から陥落するものの、試合後の会場の映像装置には「首のないポイズンが自らの首を小脇に抱え、燃え盛る炎の中へ消えていく。」と言う映像が流される。この映像は大きな議論を読んだものの、このDDT高木三四郎社長は大きな手ごたえを感じ、DDTファンタジー路線の礎になったといわれている。


2002年には新日本プロレス日本武道館大会でDDT提供試合を行い、新日本プロレスリング入門から20年の時を経て初めて立つ。また、同年末には影をかばい石化して界転生第1章終焉。が、翌2003年9月には復活して界転生復活を宣言。更に翌2004年には宗教団体を立ち上げ、怪しい心療治療の先生と共に数多くのレスラー教に勧誘する。


ユニオンプロレス再興、そして蛇界復活からキャラクターの流転へ


2005年には男色ディーノとの「ホモコントラヘビ」に敗れ人間となり「ポイズン澤田」に戻った。そして教団の解散と、DDT下の新ブランドとしてのユニオンプロレスの再旗揚げを宣言し、ユニオンプロレスへと移籍。エースとして団体を引っる。
2006年1月にはユニオンプロレスで猛サソリデスマッチを行い、実際にサソリに刺されながらもサソリ固めで勝利。同にはDDT本体においてタイムマシン2000年からポイズン澤田JULIEやってきて界が復活する。また、この年には元新日本プロレス田中秀和(現田中ケロ)リングアナウンサー後藤達俊、長井満也との抗争が勃発するも、最終的には後藤長井両選手を人間改造してリングに上げることに成功した。

2007年にはユニオンプロレスでポイズン澤田がミスター雁之助と猛マムシデスマッチを行う。これに勝利するものの、デスマッチで死んだマムシの供養でボルネオにある塚へ向かうということで、ユニオンプロレスからの撤退を表明。その後ユニオンプロレスナオミ・スーザン代表・エース石川修司の新体制で再スタートを切ることとなる。
また、DDT本隊ではマンゴー福田と共にフルーツ軍団を結成し、「ドリアン澤田JULIE」に名。大鷲透を「鷲透」にし、当人のバラエティー班長化に大きく貢献する。が、その2ヵ後には高木三四郎の手によって改造人間手術を受け「改造人間ジャカイダー」となる。主題歌である「ジャージャージャカイダー」は自身によって歌われた。


2009年にはDDT内の総合格闘技色の強いイベントハードヒット」に「澤田“マレンコ”篤男」として登場し、佐藤光留と対戦。敗れたものの正統派プロフェッショナルレスリングでの闘いは高い評価を得た。また、8月には両国国技館でのDDT最大のビッグマッチ両国ピーターパン」が初開催され、新日本プロレス蝶野正洋と対戦。蝶野呪文をかけることには成功したもののKO負けを喫し、「この試合で私の中ではファンタジーに対して一つの区切りがついた。」とのコメントを残した。
2010年からはDDTとの契約東京近郊での試合にのみ参戦すると言う契約に変更する。そして同年の両国ピーターパン新日本プロレス中西学タッグを組んだ試合を最後に両肘の手術とリハビリを行うために長期欠場に入った。
そしてそこからちょうど1年の2011年両国ピーターパンでのMIKAMI戦で戦線復帰。同年8月にはアントーニオ本多占い師の姓名判断により、「ポイズンJULIE澤田」に名。入場曲も変更し、スタイルもこれまでの界転生から、都会パイレーツにチェンジし、プロレス界のお宝を集める「プロレス界賊」として活動する。 同年11月にはゴージャス松野との90コンビで、共に20代石井慧介入江茂弘組の持つKO-Dタッグ王者に挑戦。敗れはしたものの、ベテラン存在感を見せ付けた。


引退宣言、そして蛇界は永遠に…


2012年DDT15周年記念行「武道館ピーターパン」を終えた同年9月に「頚部椎間症による神経根損傷の悪化」によりドクターストップがかかった(いわゆる椎間板ヘルニアで、症状によっては治る見込みがある場合もあるが、「澤田選手の場合は治る見込みはなく、メスも入れられない。これ以上続ければ三沢光晴選手のようになる。」と宣告されたとのこと。)として引退を表明し、残りの大会は「ポイズン澤田JULIE」として界を復活させると宣言した。そして同年11月DDT後楽園ホール大会において、 ポイズン澤田JULIE、多咬刺、JARASHIMA(witn影、トグロハブ影、ナオミ・スーザン)組対妻木洋夫遠藤哲哉竹下幸之介組と対戦、ダンスイ~ン、呪文など界としての総決算を見せつけたが、竹下タッチダウンによってポイズンフォールを取られ、敗れた。
その後のセレモニーでは同日に名古屋行のあった一部のユニオン勢を除く全所属・出場選手やかつてのDDTらびにポイズン澤田に関わった選手、スタッフらに見送られ、日本プロレス史に名を残した界転生は幕を閉じた。


まさかの蛇界復活、それも東京女子プロレスで


2015年11月東京女子プロレス横浜大会にて、悪の組織流山の老人”から「東京女子の選手を改造し、東京女子を乗っ取る」というボイスメッセージが届く。「流山」「選手を改造」という時点で、年季の入ったDDTファンはある一人の元レスラーを思い出す。

そして翌12月春日部大会にて白髪をついたポイズン澤田JULIEが登場。まずはミウラアカネ人間ポイズンミウラ改造し、続いてKANNAもポイズンKANNAとなった。ついでに赤宮サキコーチだったはずの長井満也も井満也に(また)変身する。ついでのついでに甲田哲也代表も試合の流れで人間になったりした。

その後、すったもんだの末にポイズンKANNAと甲田代表は人間に戻ったが、ポイズンアカネ2016年3月現在人間のままである。

まるでアーリーDDTを思わせる、赤宮サキvs流山の老人ことPSJの抗争はいつまで続くのか? こうご期待。


得意技



エピソード



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最終更新日: 16/03/18 01:37
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