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マチカネフクキタル


ヨミ: マチカネフクキタル
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マチカネフクキタル(Matikanefukukitaru)とは1994年まれの日本競走馬毛の

競馬開催を経て急を付けてのGI戦線を賑わせる「の上がり」の代名詞。

名前は冠名の「マチカネ」に「笑う門には福来たる」の後半部分を付けたもの。
ちなみに「マチカネワラウカド」もいる。マチカネニハは知らん
※年齢表記は現表記に統一

曖昧さ回避 この記事では実在競走馬について記述しています。
このを元にした『ウマ娘 プリティーダービー』に登場するウマ娘については
マチカネフクキタル(ウマ娘)」を参照して下さい。

生い立ち

クリスタルリッターズ、アテナウショウ、トウショウボーイという血統。

父親米国まれの仏国でGⅠ2勝。1988年日本に種として輸入され、「南関東哲学者」ことダートアブクマポーロをはじめ、芝ダートを問わず活躍を出した。は「天馬」と称された名にして内産種の雄。
は13戦2勝だがクイーンカップ3着がある。

系は日本の名門系たるシラオキ系で、トウショウの名前の通り、トウショウ牧場が1960年代から育ててきた系の出身である。あ、出生はトウショウ牧場じゃなくて河の信成牧場です。

マチカネ」の冠名で有名な細川益男(粉体処理機械最大手、ホソカミクロンの代表)に購買され、東の二分久男厩舎に管理され、競走馬へのデビューが着々と進められた。

夏を経て、待ちかねし福、淀に来る

デビューは2歳11月末の新戦だがここを3着に敗れ、折り返しの新戦も4着に敗れた。
戦2つ使ってる? 実は2002年まで同一開催なら何回でも新戦が使えたのである。

3歳になって勝ち上がり、1戦挟んで500万条件を勝利。この時皐月賞は既に終わっており、ダービー出走権をかけてプリンシパルSに挑みサイレンススズカの2着を確保。ダービー出走権を獲得したが、肝心のダービーではサニーブライアンの二冠達成を後ろで7着に敗れる。ただ、7着ではあったが着差は3身以内に収まっており、内容として決して悪いものではかった。

ダービーから1ヶ後に900万条件を快勝。
の中央開催が始まると、まず手始めに神戸新聞杯へ挑む。このレース圧巻で、逃げ込みを図っていたあのサイレンススズカを、直線入口最後方にいたはずなのにとんでもない勢いで上がり、逆に1身突き放して快勝するというヤバい競馬。これ、ゴオオオオと音が聞こえてきそうな程凄い勢いである。
次にトライアル2戦京都新聞杯を選択。当時はトライアルを2つ使うことは一般的である(神戸新聞杯から菊花賞の間隔が結構く為)。レースでは馬場中央から一気に抜け出し、大外から追い込んできたメジロブライトの追撃を振り切り勝利トライアル連勝を果たした。

本番に迎えた菊花賞は3番人気。 3番人気? トライアル連勝してんのに?
その理由は、第一にクリスタルリッターズ、トウショウボーイという血統が「中距離」という印を与えた事。トウショウボーイが長距離で好成績を残していないのはご存知の通り。クリスタルリッターズも戦績は2000m以下に偏っていた。
第二にシルクジャスティス(1番人気)が古相手に京都大賞典を制して出走してきた事。当時は関西菊花賞トライアルである神戸新聞杯と京都新聞杯がどちらも芝2000mと短く、菊花賞天皇賞(秋)後の開催で間隔にも余裕があったので、有には時々このローテを使うがいた。翌年のセイウンスカイなどがその好例である。
第三にメジロブライト(2番人気)の血統が菊向きと思われた事。こちらはクラシックディスタンスで活躍したメジロライアンが産駒に菊花賞が2頭いるマルゼンスキーと、明らか距離が伸びた方がいい血統だったのである。

そんなこんなで出走した菊花賞中は中団につけて進み、4コーナーでは較的群が詰まったような体勢。外からメジロブライトロングパートを仕掛けて前に立とうとしている中、マチカネフクキタルは快に群をこじ開け、上の南井連打に応えるように抜群のキレ脚で一気に先頭に躍り出る。そのまま後続の追撃を許さず、1身突き放してゴールラインへと飛び込む。

「またまた福が来た! 神戸、そして京都についで菊の舞台でも福が来た~!」
杉本アナは実況し、4連勝で菊花賞を制したマチカネフクキタルはの上がりとしての評価を得た。

福の後

しかし、マチカネフクキタルはこれ以降きを失ってしまった。
というのも裂蹄など蹄の故障に悩まされて満足レースを使えず、かつて彼が見せた抜群のキレ脚と音が聞こえてきそうな程のストライドは鳴りを潜めてしまった。丁度この時期にかつての相棒、南井引退したのも影した。

それでも5歳時に京都記念と産経大阪杯で2着に入ったのは菊花賞の意地と言うべきか。
6歳の宝塚記念8着後、調教中に屈腱炎を発症し引退

通算成績は22戦6勝、6勝は全て3歳時に挙げたものであり、結局菊花賞後は1つも勝てなかった。

その後のマチカネフクキタルは、クリスタルリッターズの後継種としてスタッドインしたが、人気はあまりなく、代表産駒は中山グランドジャンプで2着に入ったリワードプレザンに留まった。

2010年に種引退し、同5歳年上のマチカネタンホイザと共に山梨小須田牧場に功労として繋養され、現在も健在である。今でもたまに、引退の繋養事業に関するイベントで姿を見せる事もある。

余談

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最終更新日: 19/02/22 00:56
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