ニコニコ大百科モバイル

7/2(月)よりスマホまたはPCでアクセスした場合、各デバイス向けのサイトへ自動で転送致します


マッスル坂井


ヨミ: マッスルサカイ
掲示板をミル!
15カキコ!

マッスル坂井とは、日本の元プロレスラー、現屋のゴミ専務である。本名は坂井二つ名は「模倣の天才」。

ここでは両者の関連は不明だが、何故か共通項が多いプロレスラー『スーパー・ササダンゴ・マシン』についても記述する。


概要



黎明期~マッスル坂井はいかにして爆誕したか


出身は新潟県新潟市高校時代は剣道部に所属しつつ、漫画家に憧れビッグコミックスピリッツ投稿し努賞を受賞したりしていた。

その後早稲田大学に進学し、「シネマ研究会」に所属。ここでプロレスドキュメンタリー映画を撮るためにアニマル浜口ジム練習生として参加、2002年にはDDTプロレスリングにも練習生として参加したことで、彼の運命は大きく動き始めた。

その後、DDTでは練習生として正式デビューもしないまま通算で200試合以上をこなし、大学中退した2004年に正式デビューを果たす。
そして同年、DDT内の別ブランドとして「マッスル」が発足。高木三四郎社長の狙いとしては、

 があったようで、実際にDDTメインベンターに成長したアントーニオ本多現在DDTGMである鶴見亜門、今やDDT内の一ブランドである「新北京プロレス」を任されている趙雲などを発掘したが、諸々の事情でマッスル坂井に行の内容を全て任せた「マッスル」は、その後高木社長の想像もしない方向に進むこととなる。


躍進期~「マッスル」はいかにして業界を進撃したか


「マッスル3」では、DDT映像班の藤岡典一が会場である千葉BlieField(現REINAアリーナ)の破壊をもくろむ「地底王メガーネ」として登場。そしてメインイベントの8人タッグマッチ(マッスル坂井、アントーニオ本多趙雲ペドロ高石 vs DJニラ上越たく、石川はじめ、稲三郎組)の試合中には突如音楽が流れ、全ての動きがスローモーションになるなど、今までのプロレスでは絶対にありえなかった演出を気で連発(進行役を務めた男色ディーノも共犯だった模様)。

次の「マッスル4」では、舞台俳優今林久弥氏が演じる「鶴見亜門」が登場。日本プロレス界では大きなタブーであった「演出」を堂々と口にし、それを全面に押し出して行を展開する。

その後も3~4ヶに1回というペースで、事前に出場選手もカードも発表されない状況であるにも関わらず、後楽園ホールでの行もチケット即日売という人気を博した。マッスルは「今一番チケットが取りにくいプロレス」とまで言われるほどの人気の高まりを見せ、日本武道館での行を標とする」と宣言するまでに成長する。

また、マッスル以外ではDDT内ではエクストリーム級選手権試合でNOSAWA論外と数多くの名(迷?)勝負を繰り広げたり、そのNOSAWA論外の自行や故・森谷俊之氏催の夏祭りプロレスでは菊タロータッグを組み、鈴木みのる高山善廣と対戦した。2005年には自身の坂井ヨシヒコを「ヨシヒコ」としてデビューさせる。

その後はプロレスラーとして表舞台に上がったり、裏方に専念したりを繰り返す。DDTの社内ではDDT映像部門である有限会社DDTテックの代表取締役に就任した。また、2009年には自身がマッスルの元ネタとしたはずのハッスルに練習生として参加。TAJIRIとのシングルマッチでハッスルにデビューしたが、直後にハッスル自体が崩壊してしまった。(余談だが、ハッスル参加にあたって坂田と飲んだ際にはお前女優が抱けんのか。」と凄まれたそうである。)

プロレス行以外でも「マッスル」は存在感を見せ、2007年にはテレビ埼玉で「マッスル牧場classic」というマッスルレギュラーを起用したバラエティー番組を作成した。シネ研の経験が生きてますね。
また、フジテレビの『めちゃ×2イケてるッ!』の色取り忍者で徳綱引役として出演。お笑いイベントにも多数出演し、本業のお笑い芸人に対してお笑い勝利するなど多才っぷりも見せつけていた。 


引退~さらば(?)、マッスル坂井


しかし2010年8月業を継ぐために突如引退を表明。その後DDTCEO制からGM制に移行するためのGM決定ランブルに優勝し、マッスルで関わりの深かった鶴見亜門氏をGM名。そして同年10月の「マッスルハウス10~負けるから即引退させてくれSP~」にて、ガチコスパリングとしてアントーニオ本多ヤス・ウラノペドロ高石→”天使“沼澤邪趙雲男色ディーノと連続で対戦し、最後は鈴木みのると対戦してゴッチパイルドラバーで敗れる(鈴木みのる戦の最中には入籍と夫人の妊娠も発表された。)。そして次回「マッスルハウス11」を20年後に自分たちの子供プロレスラーに育てて参加させると宣言し、マッスルハウス11の招待券を無料で入場者に配布。現役を引退した。 

その後は全にプロレス界からは身を引いた…と思われたが、2012年2月19日DDT後楽園大会で「マッスルの亡霊」が登場。その場で同年8月18日日本武道館で行われるDDT行「武道館ピーターパン」のダークマッチとしてマッスル提供試合が行われることが発表され、「マッスルハウス10.5」が念願であった日本武道館で開催された。

新潟に帰郷後はの経営する新潟工場「坂井精機」に専務として入社。経営に携わる一方で新潟大学大学院へ進学し、経営を学んでいる。他にも新潟総合テレビNST)のローカル番組「八千代コースター」に出演するなど、ローカルタレントとしても活動を開始しているようだ。
が、2014年以降は、お盆休み前を含めた平日に連続で会社を休んでいる事が発覚し、ニコ生で『ゴミ専務』の称が与えられた。

2014年7月には盟友であった男色ディーノからの名を受け、団体最大のビッグマッチである両国ピーターパンDDT EXTREAM級選手権試合の挑戦者となる事が発表された。
試合形式はインポータントサムシング時限爆破デスマッチ。お互いの大事なものとして立会人として会場に来ていた山里亮太さんの肛門を賭けて闘われたこの試合は直前に男色ディーノが体調を崩すと言うアクシデントに襲われたものの、山里亮太さんが男色ディーノの変わり身となり大喜利対決をこなして時間を繋いで何とか場をつないだ。その後山里亮太さんの肛門残に爆破されてしまった上、最後はスローモーションからお芸の煽りパワーポイントを「回想パワーポイント」と言う形でぱくられた上に最後はスローモーションで敗れた。
なお、この試合について肛門を爆破された山里亮太さんは物凄く感動し、ラジオなどのメディアで「この行はDVD化されるから是非買って内容を確認してくれ!」と繰り返していたが、山里亮太さんの肖像権のためにDVDからこの試合だけカットされると言うオチがついた。
また、この行では「プロレスキャノンボール2014」と言う映画監督として撮り、開されることが発表された。彼にとって映画監督になることは前述の通り大学生時代からの夢であったが、このことに関しては「諦めても夢はう。」との名言を残した。
映画の撮影は2014年10月に行われたが、出演が撮影やそれに関する交渉の模様を逐一ツイッターで報告しながら撮影を進める(ただし当然報告されないサプライズもあり)と言うスタイルで撮影の段階から大きな盛り上がりを見せた。この盛り上がりは映画開の段階まで持続し、当初開は都内の1映画館で1週間の連続レイトショーのみの予定であったが、全てのチケットが前売り段階で売した。これを受け、その後都内だけでなく札幌仙台さいたま新潟名古屋大阪福岡沖縄等様々な都市開され、ついには2015年8月両国ピーターパンDVDが発売された後も劇場開が続くと言う異例のロングヒット作となった。
そしてその2015年両国ピーターパンでは映画第2弾として『山田孝之東京都北区赤羽』などで知られる映画監督江哲明氏とタッグを組み、2015年DDTの1年を追ったドキュメンタリー映画たち文化系プロレスDDT(仮)』と言う映画を撮影の上開することが発表された。


マッスル坂井と「スーパー・ササダンゴ・マシン」の共通点を検証する


事の発端は2013年6月。同年7月に開催が決定していたDDT新潟市屋野総合体育館大会に「怪覆面MS」なるレスラーの参戦が発表されたことである。ユニオンプロレスに参戦している覆面軍団を彷彿とさせるネーミングセンスだが、覆面軍団との関連はないらしい

事前に発表されたわずかな情報によると、 1977年11月5日生まれで工場の跡取り息子だということだけはDDT側も掴んだようだ(後述する煽りパワーポイントの中では新潟県新潟市東区在住である事も明かされた。)。ちなみにこのパーソナルデータはマッスル坂井のものと一致するが、この大会でタッグパートナーを務めたDJニラ

「そんなのこ田園地帯に何万人居ると思ってるんだ!?

との発言もあったので、ただの偶然であろう。MSもマッスル坂井のイニシャルと一致するが、これもただの偶然と思われる。

その後、DJニラに対し鶴見亜門GMがしつこく怪覆面MSの正体を探ろうとしたためDJニラがキレてしまい、GMに対してサソリ固めを仕掛ける暴挙に出る。すると、会場にレッド・ツェッペリン移民の歌が流れ、全身緑色マスクマンが登場。サソリ固めで苦しむGMに対してさらにキャメルクラッチを仕掛け救出(因みに鶴見亜門GMは後に「このとき本気で背中バキバキ言った」と話している。) 。ここで怪覆面MSの正体がローカルプロレス団体新潟プロレス所属のレスラー「スーパー・ササダンゴ・マシン」であることが明かされる。

ここでの試合内容はDDTが発売したDVD「これが21世紀のバカプロレスだ!」 (購入はこちら[外部])に収録されているので割愛するが、高木三四郎飯伏幸太組という強敵を相手にしながらも、偶然にもマッスル坂井と同じ必殺技であるバーディクト勝利。ちなみにマスクマンでありながら、勝利に対するあまりの喜びからか、コーナーポストに登ってマスクを取ってしまう。その顔はマッスル坂井氏そっくりであったが、ただの偶然であろう。世の中3人は自分に似てる顔がいるって言うし。

試合後、戦いに敗れた高木三四郎社長が、翌に控えた両国ピーターパンの初日にライブを行う純烈PVをマッスル坂井に作ってくれという伝言をスーパー・ササダンゴ・マシンに託した。この試合は休憩前の前半戦最後の試合だったため、スーパー・ササダンゴ・マシン偶然にもマッスル坂井と同じポーズ「マッスル!マッスル!」でこの行の前半戦をた。 

その後、DDTにはわずか1回しか参戦していないにもかかわらず、2013年DDT48総選挙49の選手としてエントリー。極端に露出が少ないにもかかわらず、中間発表では23票を集め7位。最終的には9位に入り、選抜メンバーとして行に出場。アントーニオ本多の所持していたDDT EXTREME級のベルトにドンスリープデスマッチで挑戦するなど、その人気の高さを示した。

「スーパー・ササダンゴ・マシン」の活躍は新潟プロレスDDTにとどまらず、2013年10月新潟県新発田・サンビレッジしばたで行われた大日本プロレス行にも“天使”沼澤邪とのタッグで出場した。因みにこの“天使”沼澤邪もかつてマッスルに出場した、偶然にもマッスル坂井とかかわりのあるレスラーである。

2014年に入ってもその勢いは衰えず、年明け々に行われたDDT行ではHARASHIMAの所持していたDDT EXTREME級のベルトに再び挑戦。3月にはKO-D王者へのいつでもどこでも挑戦権を獲得すると、6月行で挑戦権を使用。煽りVならぬ煽りパワーポイントKO-D王者への対策や意気込みを表明してから王者HARASHIMAへ挑戦するという新な手法を見せ付けた。


次へ»
最終更新日: 19/10/14 23:14
タグ検索 パソコン版を見る


[0]TOP
ニコニコ動画モバイル
運営元:ドワンゴ