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メジロライアン


ヨミ: メジロライアン
掲示板をミル!
19カキコ!

メジロライアンとは、1987年まれの競走馬。要するにあの「ライアン!」のライアンである。


概要


アンバーシャダイ メジロエイサー メジロサンマンという血統。ノーザンテーストの代表産駒である。

この年のメジロ牧場産は当たり年で、実際メジロマックイーンメジロパーマーなどGⅠを複数勝つが出ているが、中でも最も期待されていたのが他ならぬメジロライアンであった。

ところがこの、気性が幼く、初勝利は4戦であった。その後は順調に出世して、不良馬場で直線一気を決め弥生賞を勝った頃には「クラシック最有補」と騒がれていた。ちなみに、毎年この「最有補」はかしら出るものだが、だからと言ってクラシックに必ず勝てるとは限らない。むしろ死亡フラグになる場合も多い。

そうとは知らない若き横山典弘騎手は「ゴール間、この先(クラシック)が全部見えた気がしましたね!」と言ってしまった。死亡フラグ確定である。

案の定、皐月賞ダービー共に追い込んで届かない。特に皐月賞では「ああ、横山やっちゃったな」とみんなが思ったものだった(ダービーは仕方がい)。

になって京都新聞杯をレコードで制し、今度こそとの思いを胸に菊花賞へと向かうも、ここには同期の桜、いや、メジロメジロマックイーンがいた。名だったこのは、ゆっくりと成長して菊花賞に出走してきたのだった。よりにもよってこいつは先行抜け出しのそつがレースをする、要するに追い込み一手のライアンとは極めて相性が悪いだったのだ。

横山騎手はいつもより速めに動き、マックイーンを捕まえに掛ったのだが、届かない。実況杉本清アナウンサーは「メジロでもマックイーンの方だ!」と叫んだ。このレースライアンの方が一番人気だったのだ。

クラシック冠に終わったメジロライアンは、有馬記念に出走する。メジロ牧場はライアンタイトルを獲らせたいがために、マックイーンを回避させることまでしたという。メンバーは一見だが、実は既に全盛期を過ぎてしまったばかりで、ライアンにとっては絶好のチャンスだった。このレースは希代のアイドルホースオグリキャップ引退レースでもあり、中山競馬場満員であった。

このレーススローペースから3コーナー手前で突然ペースが上がるのだが、ライアンはここで一置かれてしまう。ここでスーッと上がっていったのがオグリキャップ。4コーナーから直線に入るとオグリが一気に抜け出す。場内がうおおお!っとどよめき、実況大川アナウンサーも大奮して「オグリキャップ先頭!」と叫んでいた。もちろん、テレビ桟敷の前の競馬ファンもまさかのオグリ走に思わず立ち上がった。

そこに突然りゃいあん!」と変なおっさんが聞こえたんである。?と思っているともう一度「らいあん!」とでかいが。

後で聞くところによるとこの競馬解説者であった大川慶次郎氏の叫びだったんだそうである。何でも直線、暗くて大川氏にはオグリキャップが良く見えず(オグリキャップ灰色なので)、それなのに大川アナウンサーは「オグリキャップ」と叫んでいる。あんな終わった来るわけい、と思っていた大川慶次郎氏は猛然と追い込んでくるメジロライアン(大川氏の本命)を大川アナウンサーが見えてないんじゃないかと思って?つい「ライアン!」と叫んだんだそうである。

大川慶次郎氏の援に応えてライアンは物凄い勢いで伸びたのだが、オグリキャップも脚が止まらず、オグリが一着でゴール大川アナウンサーは「オグリ一着!右手を挙げた武豊!」とガッツポーズの手を間違えるほどの大奮。しかしながら場内のファンたちの奮の仕方にべれば可愛いものであった。何しろ、みんな泣いていたのである。マジ泣きだ。オグリキャップが勝ったことが。復活したことが嬉しくて、意味もく叫び、知らない連中と肩を抱き合い、オグリの名前をの限り叫んでいた・・・。

あ、ここ、ライアンの記事だった。ま、まぁ、競馬史に残るドラマの引き立て役なんてそうそう出来る役回りじゃないからこれはこれでライアンのためには良かったんではないかと思う。この負けで、競馬ファンはメジロライアンには妙に優しくなったのだから。

翌年は中山記念で二着。天皇賞では勝ったメジロマックイーン薄するどころか4着。情けない負け続きにメジロ牧場の関係者も怒って「横山を降ろせ!」という騒ぎにまでなった。横山騎手はメジロライアンを勝たせられないことについては物凄く責任を感じており「ライアンが一番強い。負けたのは自分が悪かったから」と騎乗ミスを認めることまでしていた。

そして迎えた宝塚記念。ここにはメジロマックイーンも出走していた。この年は京都2200m。つまり京都新聞杯でレコードを出した距離である。この距離ならライアンに分がある横山騎手は「ここを負けたらライアンが強いとは二度と言わない」と強い覚悟を決めて望んだ。

レースでは、なんと追い込みライアンマックイーンよりも前に位置していた。そして、3コーナーの手前から進出すると直線では一気に先頭。外を回されたマックイーンが体勢を整える前にスパートを掛けて差を大きく開くと、猛然と追い込んできたマックイーンを抑えてゴール

ゴール前で脚が止まったライアンを押し込む横山騎手の形相であった。何としてもこのタイトルを獲らせるのだという執念がえる好騎乗だった。

メジロライアンはこの後、屈腱炎を患った事もあって3戦1勝で引退引退式では横山騎手は大泣きだったという。

流星で流麗な美しいなのだが、たてがみを短く刈っていた(皮膚がかぶれるかららしい)こともあってなんとなくやんちゃ坊主っぽく見えるであった。実際、気性が幼く、乗り易いではなかったようである。実際、見た感じ一番良い勝ち方だったのは一番最後のレースとなった日経賞で、良い位置から楽々抜け出して勝っている。これは気性が成長していたからだろう。その意味では、もう少し走れればマックイーンやトウカイテイオーと名勝負を繰り広げてくれたんではないかとも思う。

負けて人気が出る、不思議なであった。特にあの有馬記念での負け以降、ファンはどうも「オグリを勝たせてくれた」ライアンに優しかった気がする。宝塚記念を勝った時にはもが祝福したものだ。このせいか、マックイーンはあんまり人気かったのだが。

引退後は種になり、メジロブライトメジロドーベルを出すなどして活躍した。残念ながらくに受精くなって種引退せざるを得なくなった事と、代表産駒メジロブライト世で後継種には恵まれなかった。実に残念である。

引退後はメジロ牧場、2011年の牧場閉鎖後は牧場施設を引き継いだレイクヴィラファームで余生を送った。息子メジロブライト同期メジロマックイーンメジロパーマーに先立たれながらも、時折函館競馬場でお披露もされるなど老いてなお元気な姿を見せていたが、2016年3月14日に容体が急変。スタッフの懸命な治療もしく、老衰のため17日に息を引き取った。29歳という大往生だった。

引退後も多くのファンが牧場まで会いに来たという、生涯ファンされただった。後継者に恵まれなかったのは心残りだが、メジロドーベルがまだ繁殖として健在で、その孫であるショウナンラグーンが重賞を勝つなど、まだ血統表に名を残すチャンスはある。記憶に残る・メジロライアンがファンの記憶に残れるかどうか、子孫たちは頑りどころを迎えている。


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最終更新日: 19/04/20 11:08
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