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モンズーン


ヨミ: モンズーン

モンズーン(Monsun)とは、1990年まれのドイツ競走馬である。

現代ドイツ競馬を代表する大種であり、自身もドイツ競馬徴するような血統を持っていた。
名前はモンスーン、季節の意。媒体によってモンスーン、モンスン、モンズンと複数の表記が見られるが
ここではモンズーンに統一する。


概要



え、ドイツって競馬やってるの?


やってますよ。2度に渡る世界大戦や東西分割もあったが競馬は行われており、1945年に産まれたBirkhahnというは、東ドイツダービーを制覇した後、西ドイツに遠征し東西ドイツダービー制覇という歴史的偉業を成し遂げた。冷戦突入後も限定的ではあったが東西ドイツ間で交流があったらしい。

1995年ジャパンカップ優勝ランドドイツである。

近年、競馬界を「ドイツ血統」が賑わしており、現在欧州を中心に活躍しているガリレオシーザスターズ兄弟アーバンシー系はドイツ土着のものであり、日本では「ドイツのSライン」という系に属するビワハイジブエナビスタを輩出、マンハッタンカフェがリーディンサイアーとなり、また特にドイツ色の濃いエイシンフラッシュダービー等GI競走2勝を挙げるなど、日増しに影は増している。

因みにビワハイジエイシンフラッシュ、本などドイツ由来の系を辿っていくと同じイニシャルから始まるズラッと並んでいることに気づいただろうか。これはドイツではの名前はと同じイニシャルを付けなければならないという規則が存在するためである。

試しに本モンズーンの系(の...)を辿ってみると
MonsunMosellaMonagiaMonacensiaMotette→Morchel(独)→Morning Breeze(英)
Dawn-wind(英)と、ドイツに根付いた5代からずっと「M」から始まる名前である。


血統


ケーニヒスシュトゥール(Konigsstuhl)、モゼラ(Mosella)、ズルムー(Surumu)という血統。

は独2000ギニー、ドイチェスダービー、独セントレジャー優勝した史上一の独三冠馬。独で走り20戦11勝2着7回、の大レースジョッキークラブ大賞を優勝した、類なきドイツの名であり、独リーディング2度と種としても活躍した。

ズルムーはドイチェスダービー優勝し通算9戦3勝。種として独リーディンサイアー6回という大成績を残し、産駒にドイチェスダービーAcatenango(ランド、独リーディング5回)やPlatini(エイシンフラッシュ)がいる。おじにテスコボーイがいると言えば、染み深いだろうか。

系は今では本を介したラインしかほぼ存在しないブランドフォードの直系であり、も今では断絶寸前のダークロナルド系という、血統マニアものの血統だが、ドイツの名同士を掛け合わせた、確かな血統である。


競走生活


モンズーンは2歳時、1992年8月デビューを迎え、2歳時は4戦2勝で終わる。

3歳になったモンズーンは初戦のGIIIを勝利し、準重賞2着を挟んでGII、準重賞を連勝。ドイチェスダービーを5番人気で迎えると、1着と1身半差で2着を確保。この時の優勝は後のジャパンカップ優勝ランドである。

ドイツ最強決定戦アラルポカル(GI)を優勝し初GI制覇を果たし、1戦勝利を挟んでの大一番、オイロパ賞(ヨーロッパ賞)へ挑むと3身つけて快勝しGI2勝を飾り、ドイチェスダービーバーデン大賞を優勝したランドを抑えてドイツ年度代表く。

4歳となり初戦のGIIを快勝した後、人生初の英国遠征を敢行、コロネーションカップに出走するが起伏のしいエプソム競馬場に難儀したか優勝アップルツリーから4身半差の6着に敗戦する。ドイツに戻った後3戦連続で敗戦(3着・2着・2着)したが、オイロパ賞では逆襲を果たし連覇を達成。この年は7戦2勝、この年はランド(バーデン大賞・ジョッキークラブ大賞)に年度代表を譲る事となった。

5歳になっても現役を続行し、初戦のゲルリンク賞(GII)を連覇、GII4着を挟み続くハンザ賞(GII)を2着入線から1着の降着に伴い繰り上がり勝利となる。

2年ぶりの勝利しアラルポカル(GI)に挑むが、ここでは折り合いを欠き5着に敗北。この時の優勝ウインドインハーヘアであろうディープインパクト母親であり、この時アラジを受胎していたのである。日本では考えられないが、欧州では割とあること...なのか?

アラルポカルを最後に引退し、この年は4戦2勝。通算23戦12勝、GI競走3勝という成績で、勝ち2200~2400mに固まっている。


種牡馬入り後


1996年からドイツで種入りし、初年度産駒デビューとなる1999年に独新種ランキング1位となり、翌年にはSamumが自身の成しえなかったドイチェスダービーを制覇。以後も順調に活躍を輩出し続け、2000, 02, 04, 06と4回の独リーディンサイアーにいた。

産駒の傾向として、自身同様2200m以上のレースで活躍する産駒が多く、また2歳から活躍するのではなく3歳以降に本格化していく晩成傾向にある。論傾向であって、2歳GIやマイル戦で戦える産駒も多数存在する。

代表産駒をざっと挙げると

因みにメルボルンカップにやたら強い事で有名で、2012年から5年連続でモンズーンの血をひくが連対し、うち3勝している。直近の2017年ではにモンズーンを持つマックスダイナマイトが3着に入った。

日本での直ピュアブリーゼ(オークス2着)が代表格である。

代表産駒であるStacelitaやNovellistについて聞いたことはいだろうか。スタセリタノヴェリスト
前者はオークスソウルスターリング母親であり、後者現在日本で種入りし、モンズーンの血を日本に広める役割を担っている。

晩年は全盲で暮らし、2012年9月に急性の神経疾患により安楽死の措置が執られた。享年22歳。
世界的に絶滅傾向にあったブランドフォードの系統をらせたドイツの大種は、その血脈を子孫に託してへと昇った。

翌年、終生のライバルであり種としても活躍したランド23歳で亡くなった。


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関連項目



最終更新日: 18/06/26 09:52
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