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ヨハン・ザルコ


ヨミ: ヨハンザルコ
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ヨハン・ザルコ[外部]とは、フランス南東部カンヌ[外部]近郊のアンティーブ[外部]に生まれアヴィニョン[外部]で育ったMotoGPライダーである。

1990年7月16日生まれ。

2007年レッドブルルーキーカップ(若手向け登竜門レース)の初代チャンピオンになった。

2009年からMotoGP125ccクラスに参戦を開始した。
2011年には125ccクラスランキング2位となった。

2012年からMoto2クラスに移り、2014年には戦闘力の劣るマシンで表台を4度獲得した。
2015年2016年戦闘力の高いマシンを使うチームに移り、Moto2クラスチャンピオンを連覇した。

2017年2018年は最大排気量クラスに移り、ヤマハサテライトのTech3で表台を合計6回獲得。
2019年からはKTMワークスで最大排気量クラスに参戦する。
 


ゼッケン5番


ゼッケンは5番を用している。

なぜ5番かというと、ヨハンにはコーチの役割を務めるローラン・フェロン[外部]がいて、この人は1980年代フランスライダーであるマックス・シャバルMax Chabal)のメカニックだった。そのマックス・シャバルはゼッケン5番を付けていた。ローラン・フェロンマックス・シャバルのことを絶賛していたので、ヨハンもゼッケン5番を付けるようになった。※この記事[外部]が資料
 
2007年のレッドブルルーキーズカップのとき[外部]はゼッケン5を付けていた。
 
20092010年125ccクラス1年・2年シーズンゼッケン14を付けていた[外部]

この2年間はフランスライダーアレクシ・マスブーが5番を付けていて、ヨハンは5番を使えなかった。
困ったヨハンはゼッケン14番を付けることにした。
これは後述するがハンガリーライダーガボール・タルマクシ[外部]を尊敬していたからである。
タルマクシはゼッケン14をつけて2007年125ccクラスチャンピオンとなっていた。

2010年中盤のアラゴンGPからアレクシ・マスブーは資金難で出走できなくなった[外部]
2011年の開幕戦にも間に合わず、アレクシ・マスブーは選手登録できなかった。
このためヨハンは気兼ねなく5番を使うことができた。

2012年からはヨハンMoto2クラスアレクシ・マスブーはMoto3クラスと分かれた。
Moto2クラスには他に5番を使うライダーがおらず、ヨハンは5番を使い続けることができた。


2016年まではただの5番だった[外部]が、2017年からはゼッケンに2つの金色五芒星を付けている[外部]
これは、2度のMoto2クラスチャンピオンを獲得したことを示している。
 


ヘルメット


フランスのヘルメットメーカーSHARK[外部]契約している。

旭日旗ヘルメット

わりと気分でコロコロヘルメットデザインを変えるが、一番多いデザインは旭日旗である[外部]

ヨハンにはコーチの役割を務めるローラン・フェロン[外部]がいて、この人は19911992年頃にMotoGPメカニックをしていて、日本人ライダーファンだった。1990年代125ccクラスを席巻した上田昇[外部]坂田和人[外部]青木治親[外部]のことをヨハンに熱くっていて、それによりヨハン日本人ライダーを尊敬するようになり、旭日旗用するようになった。

旭日旗ヘルメットについての発言は、この記事[外部]と、この記事の後半部分[外部]にある。


紅白旭日旗ヘルメットを使うことが最も多いが、たまに違う色にすることがある。

チャンピオン獲得の直後や、地元フランスGPのときは旭日旗画像1[外部]画像2[外部]

2018年2月タイテストでは白黒旭日旗[外部]
2018年10月マレーシアGPでは銀色旭日旗[外部]

2018年10月オーストラリアGPの大会スポンサーフランスタイヤメーカーであるミシュランだった。ミシュラン企業色は黄色なので、青・黄色の旭日旗にしている[外部]
 

万国旗ヘルメット

最近ではあまり見られなくなったが、かつては、ヘルメットの側面に万国旗[外部]みたいな感じに複数の国旗を並べるヘルメットデザインを使っていた。この記事[外部]にはいくつか万国旗ヘルメットの画像がある。

これは、色んなからやってくる多籍のライダーに敬意を表する意味がある。この記事の後半部分[外部]っている。

ハンガリー国旗

後述するようにヨハンハンガリーライダーガボール・タルマクシに恩義を感じており、ハンガリーに対して感謝の心を持っている。

ゆえにヘルメットハンガリー国旗[外部]をあしらうことが多い。側面に上から赤・白・緑と配色する[外部]ことが、2016年シーズンまで盛んに行われた(2017年以降のヘルメット側面[外部]モンスターエナジーに占拠されてしまい、ハンガリー国旗を入れることができなくなった)

このように[外部]ライダースーツのZarcoもハンガリー国旗フランス国旗で配色している。

「ヨハン・ザルコはイタリア系なのでイタリア国旗ヘルメットライダースーツにあしらっている」と言われるがどうもそうではなさそうなのである。ミシェル・プラティニサッカーの大選手)を初めとしてイタリアフランス人は結構多いのだが、ヨハン・ザルコはそうではないようなのだ。

イタリア国旗[外部]ハンガリー国旗[外部]はよく似ているが、イタリア国旗は横に3色並べるので、少し違う。
 

小規模スポンサー

ヨハンには小規模なスポンサーがついていて、年に1回、そのスポンサーへの感謝のため、スポンサーカラーヘルメットにする。小規模スポンサーヘルメットを表にすると以下のようになる。

2015年 カタルーニャGP[外部] イギリスGP[外部] 日本GP[外部] マレーシアGP[外部] バレンシアGP[外部]
2016年 オランダGP[外部] バレンシアGP[外部]
2017年 カタルーニャGP[外部] オランダGP[外部]
2018年 スペインGP[外部] フランスGP[外部] イタリアGP[外部] カタルーニャGP[外部]

 


ハンガリー人ライダー ガボール・タルマクシとの縁


2007年レッドブルルーキーカップの初代チャンピオンいたヨハン・ザルコ。
しかし彼の祖国フランスはそれほどMotoGPの人気が高いわけではなく、スポンサー探しに難儀した。
結局、2008年はどこからも参戦できなくなってしまう。

失意のどん底に陥っていたヨハンだったが、そこに手を差し伸べたのはハンガリーライダー
ガボール・タルマクシ[外部]だった。ガボールはヨハンに優しくをかけ、トレーニングに誘った。
貧乏ヘルメットしか持っていなかったヨハンライダースーツブーツを贈った。
ガボールの父親が所有するゴーカートトラックで一緒にバイクを走らせた。
さらにはヨハン2009年MotoGPへ参戦できるように取り計らっている。

なぜガボールと親しくなれたかというと、ヨハンコーチであるローラン・フェロン[外部]さんであるアンドレア・フェロン[外部]ハンガリー人で、同じハンガリー人のガボールに親しく話しかけることができたからである。

当時のガボールは125ccクラスチャンピオンを獲ったばかりでハンガリーの期待を一身に背負っており、
スポンサーも多く、羽振りもよかった。
貧乏なときに親切にされると一生恩を忘れないものだが、ヨハンもまさにそうであった。
ガボールとの絆は続いていて[外部]ヨハンハンガリーを第二の故郷と感じている。

この動画[外部]には、ヨハンガボールのところへ行ってミニバイクで遊んでいる様子が映っている。

※この項の資料・・・記事1[外部]記事2[外部]記事3[外部]記事4[外部]
 


地中海風の姓とドイツ風の名前


ヨハン・ザルコ(Johann Zarco)という名前から、いくらか考察することができる。
 

Zarcoという姓は地中海周辺で見られる

ザルコ(Zarco)という姓は地中海周辺でしばしば見られる。

15世紀のポルトガルの探検ジョアン・ゴンサルヴェス・ザルコ[外部]という人がいる。
イタリアヴェネツィア大学教授に、ジュリエッタ・ザルコ[外部]という人がいる。

Zarcoという姓を研究しているこのページ[外部]では、スペインで多く見られる姓だと解説している。

ヨハン・ザルコはカンヌ[外部]出身で、これも地中海周辺の都市カンヌ出身の人がザルコ姓を名乗るのは、ごく自然なことと言える。
 

Johannという名前はドイツ風の名前

ところが、ヨハンJohann)という名前は、カンヌに似つかわしくないドイツの名前である。

ヘブライ語のヨハナンという名前がヨーロッパに伝わり、イギリスジョンJohn)、フランスジャンJean)、ドイツヨハンJohann)と変化して定着した。

ヨハンの日本語版Wikipedia[外部]を見ても、ヨハンという名前を付けるのはほとんどドイツ語圏である。
フランス語圏なら、普通ジャンという名前を付ける。ジャンの日本語版Wikipedia[外部]を見てもフランス人ばかり。

ザルはなにかドイツに縁があるのだろうか・・・
 


経歴


13歳でレースを始め、17歳にチャンピオンになり、18歳に浪人する


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最終更新日: 19/03/01 00:09
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