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ヴァンフォーレ甲府


ヨミ: ヴァンフォーレコウフ
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ヴァンフォーレ甲府とは、山梨県甲府市を中心とする全県を本拠地とするプロサッカークラブである。


概要


日本プロサッカーリーグ
ヴァンフォーレ甲府
基本情報
創設 1965年
クラブカラー
本拠地 山梨スタジアム
ホームタウン 山梨県甲府
を中心とする全県
プロサッカークラブテンプレート

ユニフォームホーム。アウェーは
ホームスタジアムは山梨県小瀬(こせ)スポーツ公園陸上競技場(山梨県甲府市)。山梨中央銀行が命名権を取得したため、現在は「山梨スタジアム」の名称で案内される。

1972年から2005年までJSL2部→JFL2部→JFL(1部と2部が統一)→Jリーグ2部と
日本サッカー界の「2部リーグ」に在籍し続け、「2部の名門」として知られる。

前身は1965年創設の甲府サッカークラブ
1972年日本サッカーリーグ(JSL)に2部が創設されると参加し、1992年JSL終了まで在籍し続けた。
その後JFL2部→旧JFLへ参加。1995年現在の「ヴァンフォーレ甲府」と称。
1998年には4位の好成績を残し、1999年にはJリーグ2部に参加するが、3年連続最下位。
2000年には「6連敗の後1分けを挟み19連敗」と悲惨な状況に陥っていた。ちなみに19連敗はJリーグ記録である。
同年末には存続問題も浮上するが、新たに社長に就任した海野一幸氏、
スタッフ、選手、山梨県民、果ては他チームサポーターなどの協もあり、存続が決まった。

2002年以降成績も上向き、3年間中位に定着。
2005年には攻撃サッカーで3位となってJ1柏レイソルとの入れ替え戦に出場。
見事勝利して2006年からJ1所属となる。
この年、債務過が解消されたことも発表され、チーム消滅の危機はようやく脱した。

堅実な運営サポーターの拡大に努めた結果、J2でもコンスタントに1万人をえる動員を記録。
クラブ専用ではないが、念願のクラブハウス練習場も2013年完成した。
いまや、すっかり地元に定着した成功モデルになりつつあった。 

とはいえ、2008年J2へ逆戻りとなったが、2010年2位となってJ1復帰を果たす。
J1所属となった2011年は、日本代表FWハーフナー・マイクが得点を量産するも、
成績は16位で1年でのJ2逆戻りになってしまった。

2012年、元FC東京監督福浩が監督に就任。ハーフナー、パウリーニョなど選手が大量に流出したが、
昨年途中に期限付き移籍したダヴィの活躍により、4試合を残してのJ1復帰が決まった。 
この日に立した「20試合」はJ2記録である。 さらに次節、アビスパ福岡との対戦を制しJ2の初優勝を決めた。最終的には「24試合」でシーズンを終える。

2013年、昇格の立役者であったダヴィ、そしてフェルナンジーニョといったFWの大半が離脱。
助っ人外国人シーズン開始前に何とかえたものの、怪チームスタイルが合わないといった理由からシーズン中盤には助っ人外国人総取っ替えという事態に陥る。チームも8連敗を喫し降格圏内に転落。
その後は3バックに変更したこと等が功を奏し、チームは復調。第19節アウェーC大阪戦で勝利し8連敗及び降格圏を脱出した後は、シーズン終了まで15位をキープJ1残留を決めた。

2014年は開幕前のキャンプ中に山梨県全体を大が襲い、県内の練習場が使えなくなったうえ開幕戦を国立競技場に振り替えざるを得なくなるなど苦しい状況から始まる。
それでも堅守とFWとして再契約された盛田剛の活躍などによりブラジルW杯前は残留圏内に位置するも先述のや商標権問題の解決による支払W杯期間中のキャンプを短縮せざるを得なくなり、再開後第15節から第22節まで8戦未勝利(5分3敗)と降格圏まで陥落。
しかし第23節の鳥栖戦で9試合ぶりの勝利から2勝3分2敗と持ち直し第30節の川崎戦に勝利し降格圏から脱出した後続けてC大阪広島にも勝利。他の残留争いのチームが伸び悩んだこともあり第32節終了時点でJ1残留が決定し、最終順位は過去最高の13位。ビスコ杯は3勝したものの予選リーグで敗退。天皇杯ベスト16でJ2北九州に2年連続でPK戦で敗退。

チーム初となるJ1連続3シーズンを迎えた2015年樋口靖洋が新監督に就任。が大幅に入れ替わる形となった。
ところが、シーズン前にジバウが、開幕直後にエンリケも退団した。また樋口監督による新しい戦術は機せず開幕から不振に陥り第11節終了時点で2勝9敗、さらに得点だけでなく失点までリーグ最下位に陥ったことから5月樋口監督が辞任し代わりにGM佐久間監督に就任。4月にはマルキーニョス・パラナを再獲得し、5月にはバレーが9年ぶりに復帰。アドリアーノ、野田シーズン途中に退団したが戦術を昨年まで福が取り入れたものに戻したことでその後は4勝2分と降格圏を脱出し、1stステージを12位折り返した。2ndステージも降格圏に落ちることなく14位、総合順位は13位となり3年連続のJ1残留を決めた。ナビスコ杯は未勝利のまま予選敗退、天皇杯ベスト16でに敗れている。

2016年は開幕戦に勝利して初めてJ1首位に立ったものの相次ぐ選手の負傷によりその後の順位は低迷、6月に今季から復帰したクリスティアーノが古巣全移籍してしまい1stステージは降格圏内の17位に終わった。2ndステージ開幕前に補強を行うも残留は最終節まで持ち越され、2ndステージは13位、年間順位14位で残留が決定した。但し年間勝ち点31は残留した年で過去最低となり、年間7勝は2007年の降格時に並ぶJ1在籍最低勝利数、得点数は32リーグワースト3位、失点は58と前年15も増加しリーグワースト2タイとなった。

2017年は久間が監督を退任し後任に新潟監督をしていた吉田達磨が就任。
開幕直後に千葉から阿部が約1年ぶりに復帰を始め外国人の補強を行った中で迎えたシーズンは前年課題となった守備については大生の活躍などで善されたものの得点不足は善されず、また残留争いをしているチームに連敗するなど取りこぼしが多かった。途中加入のリンスの活躍で得点善が見られたものの今度は肝心なところで逆転負けを喫するなどし、最終節でベガルタ仙台勝利したものの15位の清水勝利したことでJ2降格が決定した。 また、2001年よりプレーしていた石原哉がこのシーズンを最後に現役引退


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最終更新日: 19/11/20 01:08
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