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中田翔


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中田翔(なかた しょう、1989年4月22日-)とは、広島県出身の日焼けサロン大好きなプロ野球選手である。現在北海道日本ハムファイターズに所属。

概要

北海道日本ハムファイターズ #6
中田翔
基本情報
日本
出身地 広島県広島市中区
生年 1989年4月22日
身長
体重
183cm
95kg
選手情報
投球・打撃 右投右打
守備位置 外野手一塁手
プロ入り 2007年ドラフト1位
経歴
際大会
代表チーム 日本日本
WBC 2013年2017年
日米野球 2014年
プレミア12 2015年
プロ野球選手テンプレート

大阪桐蔭高校時代は投手兼外野として活躍。練習試合、公式大会を問わない通算本塁打87本は、当時の最高記録であった(その後抜かれ、現在は4位)。
甲子園には1年(4強)、2年(2回戦敗退)、3年(8強)と3回出場。

2007年高校生ドラフト1位北海道日本ハムファイターズへ入団。背番号は6。
プロスカウトからは、に打撃での評価が高く、唐川侑己佐藤由規と共に高卒ビッグ3と評されていた。
ミスターファイターズ二つ名で親しまれ、前年に引退した田中幸雄が着けていた背番号6を受け継いだ。守備位置をどこに置くかという問題も浮上したが、球団が三塁手で登録。当時まだ暫定レギュラーだった小谷野栄一と競わせる方針だった。

日本ハム時代

2008年(1年)は、キャンプの全体練習で寝坊して遅刻し外出禁止1ヶと罰処分を受け出鼻を挫かれると、金属バットから木製バット内野環境への対応に苦しみ、また左手首の折もあって一軍昇格はならなかった。


2009年には一塁手へ登録を変更。5月に一軍初昇格を果たし、5月23日東京ヤクルトスワローズ戦で7番指名打者として初出場、その日に一軍初安打も記録。
セ・パ交流戦終了後に登録を抹消されるが、二軍では新記録となる30本塁打と、タイ記録となる95打点で二冠にく。打率イースタン2位となる.326を残したが試合前の練習の遅刻が相次ぎ、10日間の試合出場停止とシーズン終了まで外出禁止の処分を受けた。11月に行われた大学生選抜チームとの親善試合に指名打者で抜されるが、ほぼ怠慢にしか見えない走塁が問題になった。


2010年は、森本稀哲痛で離脱したチーム事情もあり、一軍ではアマチュア時代に経験がある外野での出場が多くなった。福岡ソフトバンクホークスとの開幕戦には7番左翼手先発出場したが、4月19日二軍落ち。21日には二軍の試合で左ひざ半月を負傷し、5月10日に手術を受ける。7月19日に一軍に昇格し、20日の千葉ロッテマリーンズ戦で大嶺祐太からようやく一軍初ホームランを記録した。
この年は65試合に出場し打率.233本塁打9本(全て7月から8月までの試合で記録したもの)、打点22という成績を残し、序々にその才を開させた。


2011年は、左翼手としてスタメンで出場しオールスターにも人気投票で選出。また、それまで四番を任されていた小谷野栄一の離脱後には4番を任されるなどし、初の規定打席到達、リーグ3位となる18本塁打91打点マークした。兄貴分と慕いしょっちゅうイジられるダルビッシュ有登板試合でよく活躍した。 しかし、一方でリーグワースト2位の133三振打率.237出塁率リーグワーストの.283などに確実性に課題を残す。


2012年は全試合4番で出場。開幕から不振だったが、8月以降に復調し、打率はワースト3位の.239だったが、ホームランリーグ2位となる24本塁打リーグ3位の77打点マークした。


2013年WBC日本代表に選出。第2ラウンドの台湾戦では、日本勝利に導く犠牲フライを放った。レギュラーシーズンではホームランダービーを独走していたが、8月下旬に美馬学左手への死球を受け離脱。本塁打王は同僚のミチェル・アブレイユが獲得し、2位に終わったが、打率は初めて3割をマークベストナインにも選出された。


2014年8月5日オリックス・バファローズ戦で通算100本塁打を達成。最終的に全試合に出場し、100打点で初めて打点王を獲得した。11月から行われる日米野球日本代表に選出された。


2015年一塁手に転向。30本塁打102打点2014年を上回る成績を残した。オフWBSCプレミア12日本代表に選出。大会では打点王を獲得する活躍で、日本の決勝トーナメント進出に貢献。ベストナインを受賞した。


2016年は4番として出場を続けていたが、6月に打撃不振に陥り、27日の埼玉西武ライオンズ戦で代打を送られ、翌日はりを理由にスタメン落ちした。それでも打点王を獲得した2014年を上回る110打点マークし、二度打点王を獲得。日本ハムの4年ぶりの優勝に貢献した。
クライマックスシリーズでは2本のホームランを放ちMVPを、日本シリーズでは1ホームランを放った活躍で優秀選手賞を受賞した。


2017年WBC日本代表に選出され、筒香嘉智の後を打つ5番打者を担当し、3本塁打、8打点マークした。
レギュラーシーズンでは打撃不振に陥り、4月27日福岡ソフトバンクホークス戦でようやく1号ホームランを放った。しかしその後も調子が上向かず、6月10日には4番をブランドン・レアードに奪われ、8月10日には足の怪から3戦連続でスタメン落ちした。レギュラー定着後ワーストの打率.216、16本塁打67打点に終わった。オフFA権による去就が注されたが、11月13日に行使せず残留することを表明した。


2018年将となる。5月9日オリックス戦で通算1000安打8月24日楽天戦で通算200本塁打を達成した。この年は140試合の出場で25本塁打106打点と長打が復活した。清宮幸太郎一塁手で出場した影もあり、3試合だけレフトで出場している。


2019年右手痛の影二軍で調整したこともあり、124試合の出場で打率.242、24本塁打80打点に留まった。

プレースタイル

応援歌

球団 レス No プレイヤー
大阪桐蔭 応援歌のピコカキコ一覧#1430 14573
日本ハム 応援歌のピコカキコ一覧#1454 14853

成績

年度別打撃成績









































2009年 日本ハム 22 38 36 3 10 2 0 0 1 0 0 1 1 0 15 0 .278 .289
2010年 65 230 210 20 49 5 1 9 22 0 0 2 15 3 61 8 .233 .291
2011年 143 572 527 49 125 32 2 18 91 4 0 8 31 6 133 12 .237 .283
2012年 144 606 547 79 131 25 1 24 77 5 0 4 50 5 101 8 .239 .307
2013年 108 459 407 67 124 14 1 28 73 1 0 1 45 6 77 11 .305 .381
2014年 144 602 531 64 143 18 0 27 100 0 0 7 58 6 89 12 .269 .344
2015年 143 611 539 72 142 26 0 30 102 1 0 7 64 1 120 11 .263 .339
2016年 141 624 569 61 142 26 1 25 110 2 0 5 47 3 126 14 .250 .308
2017年 129 542 472 56 102 23 0 16 67 0 0 4 61 5 103 14 .216 .310
2018年 140 599 540 51 143 32 0 25 106 0 0 13 43 3 81 24 .265 .316
2019年 124 514 450 55 109 21 0 24 80 0 0 4 55 5 83 16 .242 .329
NPB:11年 1303 5397 4828 577 1220 224 6 226 829 13 0 56 470 43 989 130 .253 .321

通算守備成績


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最終更新日: 19/11/06 00:44
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