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人間のクズ


ヨミ: ニンゲンノクズ
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関連項目



余談


人を罵倒する意味で「人間」やそれに類似した言い回しを用いる例は古くから存在している。

いかに若気の誤りも、一生村のになれと、勘当はなさるまい。人間男子、親兄弟を笑はせて、生まれた子までにする、

清水琴 『移民学園』 (1899年) 青空文庫より[外部]

何だいべらぼうめ、女をこしらえちゃ悪いのかい、女をこしらえねえようなは、人間くず)だい……というような悪口も聞え出す。

中里介山 『大菩薩 みちりやの巻』 (1913年) 青空文庫より[外部]

「不鍛煉(ふたんれん)」は「不覚」が、心掛の沸(たぎ)り足らないところから起るにして又一段と罪の軽いもので、場数を踏まぬところから起る修行不足である。聞怯(ききお)じ、見崩れするほど人間くず)はいが、(さて)大抵の者は聞怯じもする、見崩れもするもので、

幸田露伴 『蒲生氏郷』 (1925年) 青空文庫より[外部]

真壁  は、自分にもさういふところがあるからかも知れないが、快活な悪事といふものには、そんなに反感が起らないんだ。なんにも出来ないで、不ばかり並べてるは、人間だと思つてる。

岸田士 『ホテル(五場)』 (1929年) 青空文庫より[外部]

を回避し又は苦と戦ひ得ない人間は、人類のだ。文学は、さういふ人間の為めに在るのではない。

岸田士 『「明るい文学」について』(1927年) 青空文庫より[外部]

詩人だといふことも、他には何の役にもたゝぬ人間だといふ意味を充分にふくんでゐるのだが、しかも不幸なまはり合せにはくだらぬばかりを書いてゐるので、だんだんにはを書かうとは思へなくなつた。

尾形之助 『障子のある』 (1930年) 青空文庫より[外部]

「K、そんなに、さびしいのか。K、おぼえて置くがいい。Kは、良妻賢で、それから、不良少年ひとのくず)だ。」

太宰治 『記』(『と美について』収録) (1939年) 青空文庫より[外部]

何が「私だって」だ。も、いい加減にしろ。
おまえは、いま、人間、ということになっているのだぞ。知らないのか。

太宰治  『 ――ひそひそ聞える。なんだか聞える。』  (1940年) 青空文庫より[外部]

菊子さん。やっぱり、あなたのおっしゃったとおりだったわ。小説家なんて、人のくず)よ。いいえ、です。ひどいんです。私は、大恥かいちゃった。

太宰治 『恥』(1942) 青空文庫より[外部]

ルンペンの本来の意味は、ボロとかとかいう意味である。つまり、宿なし、失業者、浮浪者といった意味のルンペンとは、人間ボロ人間というわけであろう。宿がないということは、であるということだ。

織田作之助 『夜光』 (1947年青空文庫より[外部]

東京は、人間の、掃溜めのやうな処だと、坂田おばあさんはてゐたけれども、定子は、結局、田舎よりも東京がいゝといふ信念を持つてゐた。

美子 『する人達』 (著作年不明) 青空文庫より[外部]

さて、社内の刷新といふことだが、手をつけるとすれば、まづ、人員整理といふことになる。人間ばかりよくも集めたもんだ。製産コストは上る。販売ルートは塞がる。事務率はめちやめちやに下る。これでいつたい赤字の出ないわけがあるか?

岸田士 『椎茸と雄弁』(1950年) 青空文庫より[外部]


最後に…


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■sm7015605[ニコ動]


最終更新日: 19/12/04 20:10
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