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任天堂


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任天堂ロゴ

任天堂株式会社 (Nintendo Co., Ltd.) とは、京都に本社を置く、日本を代表する世界玩具メーカーである。代表取締役社長古川太郎2018年6月28日~)。

概要

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1889年(明治22年)に「任天堂骨牌」として創業。現在は自社独自のハードソフト一体化ビデオゲームを開発・発売するメーカーとして有名であるが、元々は花札トランプなどのカードゲームを生産する会社として創業しており、こちらの分野でも今なお日本最大のシェアを誇るメーカーとして商業を続けている。

明期の有名な逸話としては戦前花札タバコサイズが一緒である事に気づき、日本専売公社(現JT)と組んで全の流通網にカードゲームである花札を浸透させる事に成功。後に世界で初めてプラスチック製のトランプを製造、これが世界で受け入れられ、現在スタンダードとなった。

社名は創業者である山内房治郎氏(中の祖である山内溥氏の曾祖)が命名したが由来は不明。「運をせる」という言葉が由来という説もあり。ほか「株式会社丸福」「任天堂かるた株式会社」「任天堂骨牌株式会社」などの社名変更を経て1963年に「任天堂株式会社」にめられ現在に至る。

経営指針

任天堂は古くから「娯楽は他と違うからこそ価値がある」という「独創」の精に基づき、オリジナリティの高い独自の娯楽製品を生み出す事を重視している。ニンテンドーDSが同社のメインラットフォームとなった2005年以降は、ゲームプレイするまでの心理的障や抵抗感を撤し、年齢・性別・過去ゲーム経験を問わずにでもゲームプレイしてもらえる環境の構築をす「ゲーム人口の拡大」を基本戦略としてゲーム事業を進めてきた。君島達己社長に就任した2015年以降はそこから更に「任天堂IPに触れる人口を拡大する」方向に進み、自社が保有する世界的に有名なIPの数々を活用して、異業種との提携・コラボレーションキャラクターグッズ販売、イベント開催といった展開を積極的に推し進めるなど、新たな動きを見せている。

1980年代から現在に至るまで、ハードソフト一体ビデオゲーム販売がビジネスの中核となっているが、同社のメインラットフォームがスーパーファミコンからNINTENDO64へ移ろうとしていた時代、64本体の度重なる発売延期3Dの導入による開発環境の複雑化、当時の任天堂のサードパーティ軽視の体制といった数々の要因が重なり、SCEプレイステーションシェアを大きく奪われる事になる。これが結果的に現在でも懸念となっているいわゆる「サード離れ」を起こすきっかけとなってしまった。これ以降、任天堂は自社で一定の販売タイトル数を確保する戦略を取るようになり、外部開発会社等を銭的・技術的に支援したり子会社化(レトロスタジオモノリスソフトなどがこれに該当)するなどして、開発ラインの大幅な拡充を図った。任天堂と外部開発会社共同でソフトを開発する「セカンドパーティ」方式(旧来も各ハードホルダーが行っていた方式だが、それを更に推し進めた)によって「質の維持」も実現し、ソフトの絶対数を増やしていった。しかし近年再びWiiUでも顕在化していたように、ソフト開発規模の肥大化及び継続するサード離れによって起こる、ソフト供給不足の善が大きな課題となっている。

経歴

1949年、弱冠22歳の若さ山内溥社長に就任。

1950~60年代は育児関連用品やタクシー事業やホテル経営、文具販売やら多経営に乗り出そうとした時期があったが失敗した為、即座に切り上げている。社会情勢的にはこれ以降に多経営が流行りはじめ、バブル崩壊まであらゆる大企業が手を出していた中、敢えて玩具専業を突き進んだ。

1966年に『ウルトラハンド』を生み出した後は『ラブテスター』『光線銃』などといった電気電子技術を利用したオリジナル玩具も開発製造するようになった。これらの商品の発展系が後に1980年発売の『ゲーム&ウォッチ』へと繋がる。

1983年にほとんど伝説と化した『ファミリーコンピュータ』を発売、1989年に『ゲームボーイ』、1990年には『スーパーファミコン』を世に送り出し、ゲーム業界の発展に大きく携わり、地位を確立する。

しかし1990年代半ば、スーパーファミコンソフトが高騰を続ける一方、1994年に発売されたセガセガサターンSCEプレイステーションが、本体の価格競争を繰り広げつつ急に販売台数を伸ばす。任天堂も1996年に次世代機のNINTENDO64を投入するが、開発の難しさからソフトわなかったこともあって任天堂は内でのシェアを喪失してしまった。ただし、内では低迷するNINTENDO64も北では好調であり、世界的なハードシェアで負けている時期もしっかり利益を上げていた。

2001年に次世代機のニンテンドーゲームキューブを発売。しかし本ハードNINTENDO64の低迷をさらに上回る任天堂始まって以来の販売不振となり、確保していた北でのシェアすらも失う形となる。またマイクロソフトXbox家庭用ゲーム市場に参入し、世界シェアでも3位に陥落した。経常利益も500億を割ったが、それ以外の年はほとんどが1000億前後である。一方で『ポケットモンスター』の記録的な成功により携帯ハード事業は極めて好調で、この時期の任天堂を支える事となる。またこの時代ですら、経営という夢物語みたいな磐石態勢まで確保しており、手持ちのキャッシュだけで向こう10年全社員の給料を賄えたとかなんとかでとにかく強固。

2002年山内溥が直々に名した岩田聡社長が交代。2004年ニンテンドーDSWiiを発売。これにより市場シェアNo.1の座を取り戻すことに成功。売上高が急速に伸び、連結で1兆円を突破することとなる。これはSFC時代の3倍以上の数字である。この2つのハードはこれまでのゲームハードとは違い、直感的に入できるデバイスコントローラーにすること、および日常生活に直結する分野に関わるソフトを導入することにより、これまでゲームに手を出すことのなかった人たちにも受け入れられ、ゲーム機という存在そのものの寿命を延ばしたとも言われている。

2011年ニンテンドー3DSを発売するも発売直後に苦戦。発売わずか5ヵで1万円の値下げに踏み切りざるを得なくなる。大幅値下げにより価格も逆ザヤ状態となり、2011年決算では式上場以来初の最終赤字を計上することになった。しかし値下げは結果的に功を奏し、その後の3DSの健闘によって翌年には黒字復帰を果たす。しかし2012年に発売したWiiUもまた低調な販売となり、2013年度には再度赤字に転落。

2014年、新規事業領域としてQOL(Quality of Life)向上プラットフォービジネスへの参入が発表された。既存のゲームビジネスのノウハウ活用や相乗効果を狙ったもので、2015年4月以降の事業開始を予定していると発表されていたものの、2018年現在その後の情報はない。

2015年DeNAとの業務・資本提携に合意。任天堂IP活用したスマートデバイス向けゲームアプリおよび様々なデバイスに対応した新たな会員制サービスの共同開発を行うことを発表した。同時に、新たなゲーム機として「NX」を開発中であることも明らかにした(2016年、正式名称を「Nintendo Switch」とすることが発表)。この資本提携で任天堂はDeNAを10%取得し、第2位の大となった(DeNAは任天堂のを1.24%取得)。

同年7月11日岩田が、代表取締役社長在任のまま逝去。2014年6月に胆管腫瘍を患っていたこととその手術を受けたことを表していた。順調に社長業に復帰したかに見え、2015年6月には総会で続投が決定されたばかりだったが、容態が急変したという。その後、常務取締役であった君島達己が同年9月16日より代表取締役社長に就任することが発表され、同時に代表取締役専務である竹田玄洋宮本茂はフェロー(簡単に言えば専門知識に関して社長サポートする役割)と言う役職に就任することになった。

2017年3月にはNintendo Switchを発売。据え置き機と携帯機を融合させた新たなコンセプトの元設計され、発売直後からキラーソフトえたことなどから内では生産が追い付かないほどの好評を得る。本体がプレミア価格となる事態が解消された後も順調に販売が進み、発売僅か10ヵ1400万台以上という記録を達成(推定)。これは歴代ゲームハードの最速ペースである。同年4月に総合卸業のジェスネット子会社化、ならびにジェスネットが同じく総合卸業であるアジオカのビデオゲーム卸事業を買収し、任天堂の内の販売事業を強化することになった(ちなみに現状では任天堂の商品を仕入れる際には大抵ジェスネットアジオカ経由となっている)。

2018年3月期、前年に発売したNintendo Switchとそのタイトル世界的大ヒットにより、連結売上高が7年ぶりに1兆円をえ、営業利益が1775億円となる等、DSWii時代と較すると低迷気味だった業績が大きくV字回復。また、2015年岩田聡の急逝を受けて中継ぎ社長として任命された君島達己が今期を以て社長の座から退き、代わりに現取締役常務執行役員である古川太郎が新社長に就任する事が発表された。

ソフトについて

任天堂はハードホルダーであると同時に、世界最大クラスソフトメーカーでもあり、自社(もしくは直轄の子会社)で制作されるソフトの本数が非常に多い。

同社の看である『スーパーマリオ』や『ゼルダの伝説』、各種メディアと連動した一大ジャンルと化した『ポケットモンスター』といった代表的なメガヒットタイトルを柱に、『メトロイド』、『ファイアーエムブレム』等に見られるコアユーザーが好むシリーズ、そして『脳トレ』や『WiiSports』といった今までゲームに関心を持たなかった(ライト)層をターゲットにした物まで、ジャンルユーザー層共に非常に幅広い範囲を網羅している。

ただ、任天堂の針としてはどのようなタイトルであっても、ただ単純にコア層向け=複雑で難しい、ライト層向け=シンプルで簡単というに切り分けてしまう訳ではなく、しもが楽しめる設計の「万人向け」をしているようだ。実際にコア層向けと言われているシリーズも、多くはゲームを進めていけば自然に操作に慣れるような作りになっているし、かの『スーパーマリオブラザーズ』もルールや操作はシンプルながら難易度に関しては高めである。

ゲーム市場の中心が海外に移った現在でもその地位と人気は健在。全世界市場で歴代ソフト販売本数のランキングを見ると、史上ベスト30PCマルチまで含む)の内20本近くが任天堂発売のソフトとなっている。

このように任天堂が扱うシリーズタイトルには人気・知名度が圧倒的な物もある為、近年では外部のソフトメーカーに『マリオ』や『ゼルダ』等の自社IPライセンスを供与し、サードパーティが任天堂キャラの登場するタイトルの開発・販売を行うケースも増えている。それとは別に数十年前の時代、任天堂も自社タイトルライセンス供与に協的だった時期があり、かつてコレコビジョン日本での販売権獲得のために『ドンキーコング』のライセンスを供与している。これはファミリーコンピュータ発売の前年の話であり、『ドンキーコング』の庭用移植は実はコレコビジョンが最初だったのである(このコレコビジョンの販売権を得る為の交渉が破談した結果、ファミリーコンピュータの開発がスタートしたとか)。また、ファミリーベーシックの開発を依頼するなど交流のあったハドソンに、パソコンへの自社ソフト移植許可を出したりもしている。他にも、幻に終わったスーパーファミコン専用外付けCD-ROMドライブ開発の見返りとして、フィリップス社のCD-i向けに『ゼルダ』のライセンスを供与しているのだが・・・ これがとんでもない問題作なのは一部の層の間では有名であろう。

ちなみに、世界的に高い支持を受けている優良企業でありながら、ブラックユーモア隠語ゲーム内のテキストに堂々と入れていたり、一歩間違えばR指定に繋がるショッキングな描写や、一定のプレイヤーにとってはトラウマになるレベルの恐怖感を煽る演出・設定が用意されているタイトルもあり、ニコニコ動画では「黒い任天堂」としてその片鱗を見ることが出来る。

ハードの特徴

まず、何よりも頑丈に作られている。この設計は、小さな子供が乱暴に扱っても壊れないようにするためだといわれる。そのためかハード寿命が驚くほど長く、長期(20年以上)経過したものでも通常通りに稼動する場合が多い。また、携帯機にいたっては「爆撃されても稼動する」という“伝説”を持っている。

参考記事:湾岸戦争で爆撃を受けて、ボロボロになったゲームボーイのムービー[外部]GIGAZINE[外部]


■sm60413[ニコ動]

また、海外耐久度をテストした動画が多数登場したためか、ゲームキューブ異常な頑丈さは有名である。下の3つの動画が有名だろう。

■sm2714063[ニコ動]
■sm347357[ニコ動]
■sm1223030[ニコ動]

ニンテンドーDSでは、没させても数日かせば再び電が入るといった驚くべき事例も存在する(もちろん防仕様ではないので、壊れる確率の方が高い)。下の動画を参照。

■sm3409846[ニコ動]


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最終更新日: 19/07/10 23:49
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