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伊8(艦これ)


ヨミ: ハッチャン
掲示板をミル!
295カキコ!
■im3785454(静画)

ハト……いえ、「はち」です。
うん、提督が言いやすいなら、もう「はっちゃん」でもいいよ。うん。

伊8(い -)とは、大日本帝国海軍所属の巡潜3潜水艦2番艦「伊8」をモデルにした、ブラウザゲーム艦隊これくしょん~艦これ~」に登場する魔法少女艦娘(かんむす)である。な通称は「はっちゃん」。

担当声優味里。担当イラストレーターショボン


そうね、概要は重要だと思います


2013年11月に行われたイベントにて新規実装された艦娘潜水艦娘としては伊168伊58に続いて、イクこと伊19と同時実装となった。イクは事前ビジュアルが発表されていたが伊8イベントでの実装が初のお見え。潜水艦娘では初の金髪眼鏡っ子で、「艦これ」全体を通して(事前表されていた「武蔵」に続いて)6人眼鏡っ子となり、「これで眼鏡っ子艦隊が組める!」と全眼鏡スキー提督を狂喜乱舞させた。
ちなみに中破すると眼鏡が外れるため、一粒で二度美味しい。

とはいえ、彼女の配布は鬼畜マップであった(中には最終面より難易度が高いという提督もいた)イベント4面のクリア報酬のため、イベント期間中は彼女を手に入れようと頑提督達で阿鼻叫喚の様相を呈した。
また、彼女実装時点で潜水艦娘では最高レア度のレア(イク、ゴーヤがレア、イムヤがコモン)のため、建造・ドロップに落ちてきてもそれなりの難易度ではいかと恐れられていた。
レア度という点では、後のアルペジオイベントイベントクリア報酬として実装されたしおいホロレア潜水艦娘最高レア度を更新したが、同イベントではイクはドロップ実装されるも(同イベント終了後は通常域5-4で正式実装)、はっちゃんイベントでもドロップ実装されなかったため、しおい共々「一提督に一人だけ」な状態が続いていた。

そして翌2014年1月29日アップデートで、めでたく通常建造(大型艦建造にあらず)に追加されたことがアナウンスされた。しかし伊168伊58と違って、アナウンス当初は通常域では一切ドロップせず、入手経路は通常建造のみだった。そのため先のイベント伊8を手に入れられなかった提督や、伊8を多数保有したい提督がこぞって建造に走ったが、潜水艦の建造率はとにかく低く、連敗数を山のように重ねる提督が続出。今でこそ伊8を保有する提督は増えているが、出ないと嘆く提督も多い。もし手に入れられたのなら大切に育てておこう。

そんな中、2014年3月14日に行われたアップデートで1-5が追加。その1-5のボスドロップ伊8が出る事が判明(中では一切出ない)。これでようやく通常域でもドロップするようになった。1-5はルート固定が出来る事から較的掘りやすい域であり、猛者は伊8に会うため幾度とボスに挑んだ。ちなみに同域では、長らく入手不可であった伊19ドロップするようになっている。
ただし伊8ボスドロップ部(提督)レベル80以上である事が条件となっており、それ以下のレベルではドロップしない。要注意。

はっちゃん潜水艦娘は、艦名が「xx」のためか、皆、自分でニックネームを名乗っているが、「伊8」の場合、自分では「ハチ」と名乗っている。が、呼びにくいなら「はっちゃん」でいいよ、と本人も言っているので、提督達には「はっちゃん」と呼ばれる事が多いようだ。また、ごく一部の提督達からは、本人の台詞にもあるドイツ語の8の読みから、「アハトん」と呼ばれているとも。

その装はイクと同じく体にはスク水のみだが、頭に帽子ちょこんと乗せ、足はサイハイソックスを着用している俗に言うスク水ニーソである(本人は、スク水だけではなく、他のみんなのような制服も着たいらしい)。
本好きらしく、周囲には本が何冊も転がっている。が、はっちゃんの左にある本から魚雷を召喚しているように見える。ゲーム画面では確認できないが、「艦娘録」の中破絵を見ると魚雷を召喚していた本の背表に「Oxygen Torpedo(酸素魚雷)」と書いてあるので、実ははっちゃん魔法少女なのではないか、という説が一部の提督から上がっている。

また、抱えた本はドイツから持ち帰ってきた提供品らしく、表電波探知機「Metox」・背表にSボート用のダイムラーベンツディーゼルエンジンMB501」の名前が書かれている。

お胸の前に本を抱えるようなポーズなのでそのままでは判らないが、中破絵を見る限り、イクさんにも負けない立なものをお持ちのようである。まぁ、はっちゃんは話し方が大変知的で割と大人びてるせいか、イクさんのような変なタグ[外部]を付けられることはなさそうだが。

あと、特徴として、セリフにやたらとドイツ語が混じる。同じようにロシア語が混じる「」は、後にソ連に賠償艦として引き渡されたという史実からだが、はっちゃんドイツ語は、史実の項にあるとおりドイツへのを成功させた一の潜水艦というところから来ていると思われる。はっちゃんが本好きなのも、ここから来ている?
余談だが、伊8は、非常に、ゆったりとした、喋り方を、する。その口調は、戦場カメラマンの、渡部陽一を、髣髴させる、かも、しれない。

他の巡潜潜水艦娘と同様に、Lv50で潜水空母改造できる。イムヤェ…


史実に時間かかりそう…ドックに本をいっぱい持ち込んでもいいかしら


巡潜3潜水艦は、日本帝国海軍の巡潜としては初の純潜水艦である(今まではドイツ人技師が製作したU142潜水艦を手本に建造していた)。潜水艦隊の旗艦として設計されたため通信機と居住性が強化され、1万馬機関によりに匹敵する水上23ノットを獲得した。さらに水上偵察機1機の搭載も可であった。
装備面でも手直しが施され、上部円筒部には53センチ魚雷発射管2門が、下部円筒部には魚雷発射管が4門装備され、合わせて6発もの魚雷が一度に発射可となっている。その代わり後部の魚雷発射管は止された。搭載できる魚雷は全部で20発。そして日本潜水艦では初めて40口径11式14センチ連装が搭載された。従来の潜水艦に搭載されていたのはどれも単装であり、連装を搭載したのは伊8が初である。しかし以降の潜水艦ではまた単装へと戻された。機93式12ミリ連装機2丁を装備し、それぞれ前部と後部に備え付けられた。その後、ドイツからの贈り物で20ミリ4連装対も加えられ、潜水艦としては破格の火力を有するようになった。
上甲も大化され、前部が蓋付きの艦、後部が見所兼測距所となっている。

その巡潜3潜水艦2番艦として、「伊8」は1938年12月5日(15日の説もあり)、川崎造船所で工。以後、横須賀鎮守府に籍を置くことになる。に1番艦「7」がいたが、19436月の第一次キス撤退作戦の過程で喪失。先立たされた。

1941年11月11日、開戦の気運が高まる中、潜水母艦「大鯨」より将旗を移掲し第六艦隊第三潜戦隊の旗艦となった伊8大分県佐伯湾を出航。真珠湾攻撃支援すべく、外洋に出る。途中、補給のため20日にクェゼリンへ寄港した。クェゼリンに到達するまで乗組員にはハワイ作戦の事は伝えられておらず、ここでようやく作戦の意図が伝えられた。これにより乗組員の士気は大いに盛り上がったという。
揮下の7173にはラハイナ泊地の偵察、74にはニイハウ付近で不時着した味方機の回収が命じられ、旗艦の伊8には担当域のを命じられた。24日、伊8はクェゼリンを出港。珠湾へと向かっていった。

1941年12月8日大東亜戦争開戦。真珠湾攻撃の後詰めとしてオアフまで進出。珠湾の近くに配備された第三潜戦隊であったが、9日に僚艦(69)が防潜網に引っかかり、自爆まで考えるも寸前で奇跡的に脱出、70は敵情報告後に消息不明、68は爆攻撃を受けて損傷するなど揮下の潜水艦に次々と損が発生する。
そして第三潜戦隊ジョントン、パルミラ、キングマンリースに対し偵察および撃を行う。18日に帰還命が下され、21日にクェゼリンへと到着。

その後の1942年1月アメリカ西海の偵察任務や通商破壊を行うためクェゼリンを出撃。サンフランシスコ西方からシアトル付近まで遊したが会敵できず、3月に内地へ帰還した。1942年5月6日には、マーシャルのルオット日本軍が占領していた)付近で浮上航行していた伊8は、中の千歳航空隊(味方機)に誤爆されて行動不能になり、まで修理に戻る羽に。修理中、伊8は第六潜戦隊へ編入される。
9月修理を終えてを出航後は、南太平洋戦の支援に当たった。10月20日7とともに甲潜水艦隊を編成し、ガダルカナルの陸軍総攻撃に合わせて米軍の動静を監視した。そして艦隊を追跡し撃を行ったが、重巡1隻に損傷を与えただけで撃沈には至らなかった。
その後、伊8ガダルカナルモグラ輸送(輸送の潜水艦版)の任務に就き、12月26日ガダルカナルへ物資21トンを揚陸している。モグラ輸送は1月末まで続けられたが、米軍の待ち伏せを受けるようになってからは損が出るようになり中止となった。モグラ輸送を終えた伊8は南太平洋を偵察・撃任務であちこち動き回った。19431月23日にはガダルカナル撤退作戦支援をするため浮上、米軍の支配下に置かれていたカント撃している。


長距離航海の錬度なら、誰にも負けません!


そんな「伊8」の最大の見せ場となったのは、遣独潜水艦作戦の第二次遣独艦としての任務だった。
遣独潜水艦作戦というのは、字の通りドイツ潜水艦で物資のやりとりをしよう、という作戦である。折しも状況は独ソ戦の開戦によりシベリア鉄道経由が使えなくなり、さらに日開戦によって路も使用不能になったため、それじゃ潜水艦でやろうか、という謀な作戦だった。
そのルートはというと、日本からマラッカ峡を抜けてインド洋に出て、そこからアフリカを南回りで回って大西洋に出て、そこから北上してフランス(当時はドイツが占領中)の港に至る、というもの。

伊8が選ばれた理由は、元々伊8潜水艦隊の旗艦を務める潜水艦として設計された大艦だからであった。今回、伊8に与えられた任務はヒトラー帝國海軍償譲渡するUボート2隻のうち、1隻(U1224)をドイツまで取りに行く事であった。(譲渡されたもう1隻の方のU511はドイツ軍の手によって19437月まで回航された)。
帝國海軍に引き渡されたU1224ドイツから日本まで回航するため回航要員を伊8に便乗させる事になったのだが、これは並みの大きさの潜水艦には狭すぎて不可能だった。大艦の伊8も、魚雷発射管室に回航要員を乗せるスペースを作り、予備魚雷を降ろすなどの工事をで行って、ようやく伊8乗員100人と回航要員約60人が乗れるようになった。他にも食糧や必需品が載せられ、艦内はぎゅうぎゅう詰めだったという。元々伊8の定員は80人であり、倍の160人が乗れば鮨詰めは不可避であった。
ドイツ側からは、コードネームとしてフレッツィアの名で呼ばれた。


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最終更新日: 17/12/23 20:07
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